
私が通っていた高校は当時、文系理系の区別がなくて、芸術系の選択の単位でクラス分けされていた。今はどうなんだろう。文系理系の区別がないということは、文系の生徒は数3や理科の2まで、理系の生徒は歴史や地理を履修させられるので、受験を考えると無駄だと学校に改善を求めるグループもいたりしたが、今にして思えばちょっとかじっておくのも役に立つことが多いと思う。そして、クラスの連中もバラエティに富んでいておもしろかったように思う。卒業してから25年以上たっているのに17人出席という出席率のよさ。担任の先生も出席されて、久しぶりに楽しい時間を過ごした。私が同窓会に出席するのは二度目で、前に来た時からもう15年もたっている。それなのに、昨日別れたばかりのような、この感じはなんだろう。
先生は今年80才になられたそうだが、全然お変わりなく、ご自宅から電車で会場に来られたくらいお元気だ。驚いたことに、顔を見た途端、「sokeさん、金沢からわざわざ来られたのね。ご苦労さま。」と、おっしゃった。私の顔も、私のこともきちんと覚えて下さっている。どころか、参加した元生徒たちの昔のことや、近況にいたるまで、全部把握されていた。もと悪い男の子連中が、「先生ぼくは○○です。」とウソを言っても、「何言ってるの××君。あいかわらずね。」と軽くいなされてしまう。
このクラスはけっしてまとまりのよいクラスではなく、高校生の頃は、どうしようもないなあと見ていたことも多かったのだが、25年以上の時間を経て、その悪ガキ連中が大人になり、おじさんになり、お父さんになり、(あんなにご迷惑をかけた担任の先生に)労わりの言葉をかけ、横に座り込んで話をしているのを見ると、時間のもつ力をしみじみと感じてしまう。私は高校生の頃、本を読み漫画を読み映画館に通い、心ここにあらず、といった生活を送っていたので、高校生活の細部なんてあんまり覚えていない。それなのに、クラスにいた頃は口をきいたこともないもと男の子たちが、いろんなことを覚えているのだ。そして親しい友人のように会話をしてくれる。女の子たちは、全然変わっていない。彼女達は性格も趣味嗜好もわかっているので、その延長上で把握できるので楽だった(茶香さんがおっしゃったとおり)そして、今度会うときも「あら、soke、何やってんの?」と声をかけてくれるだろう。そんな友達に、「面白いねえ、男の子達すっかり大人になったねえ。」と言うと、「そうそう、でもね、三次会くらいになると、だんだん地がでてきて、全然変わってないことがわかるよ。そんなもんよ。」と答えた。そうだね、そういうものだし、そのほうが面白い。私は列車の都合で二次会で別れた。別れ間際に全員で記念写真を撮ったが、誰もが全開の笑顔で写っていて、出席してよかった、また来ようと思ったのだった。