■ 2005年03月13日 ■ 『水蜜桃』

今日買ってきた小説花丸2004年秋の号に載っていた『黒羽と鵙目−水蜜桃』に、すごく好きな場面があったのでご紹介。

鵙目の姉の夫は借金を抱えて夜逃げしてしまい、離婚したあとで海で死んでいるところを発見された。夫とその愛人との間にできた小学生の男の子が、突然鵙目の姉のところにやってくる。人の良い姉は子供を家に置いて面倒をみてやることにする。ある日、鵙目が姉の家を訪れると、子供がお腹をすかせて庭で遊んでいた。鵙目は台所に立ち、手早くそうめんをゆで、薄焼き卵とトマトとハムを刻み薬味と一緒に用意して子供に食べさせる。一心にそうめんを食べる子供を見ながら鵙目がつぶやく言葉。

(引用開始)
つくづく馬鹿な男だと、鵙目は死んだ男を嘲笑う。
見ろ、この家を。
涼やかな風が吹き抜けて、縁側に明るい夏の木漏れ日が差しているこの家を。午後、台所から漂ってくる甘い菓子の匂い。掃除の行き届いた日本間で畳にごろんと横になって、ヒグラシの声に耳を傾ける夏の夕暮れ。廊下で寝ている猫の揺れるしっぽ。姉の笑い声。几帳面に花を植え終えて、ひと息つく前田の額に浮かんだ満足げな汗。親しい仲間と家族のように囲む夕餉。たわいもない団らん。
そのたわいもない素晴らしいものを捨てて、借金取りに追われ、北の海でひとりみじめに死んだ男だ。その愛人が子供を捨てるのも、似た者同士ということかもしれなかった。
(引用終わり)

作品中、そこここに、こんなふうな描写がある。鵙目のそうめんをゆでる姿とか、とっても真っ当な考え方が好き。この場面の石原さんのイラストも好き。
そして真っ当な生き方にあこがれながらも、ずるずると黒羽の手中におちて溺れて、頼ってくる弱い人間達に冷たくできない鵙目が好き。

投稿者 SOKE : 2005年03月13日 22:35
コメント
■ Posted by: よ : 2005年03月17日 03:21

こんなわずか数行の、クロモズとも分からない切り取られた部分なのに、すごく好きな文体、言い回し、光景がある。この幸せは、私たちの子供の頃か、それとも、もう少し昔、文章や、テレビや、そんなものでいつしか心に刻まれたノスタルジックな夏の風景だと思う。

この文章の手触り、なんだったろう。『ばかな男だ』『ばかな男だ』なんだろう。すごく好きなこの感じ。<それから>とか、<雪国>とか、その辺りかと思って、引っ張り出してみるけれど見つからない。
高野さんの夏のお話とか。
そして、水密桃。水密桃という副題だけで、あっ!夏のシアワセと思う。喉にひっかかった骨を探るように考えてたら、ふと思い出した。田辺聖子が好きなの。若いオトコに逃げられたハイミスが、一緒に食べようと冷やしてあった水密桃を、こんな美味しいもん、食べてから出てったらよかったのに、アホやなあと思いつつ、びっしりと汗をかいた、大きくて、甘くて、汁気たっぷりのそれにかぶりつくとこ。逃げた男はそれとして、ああ、こんな美味しい水密桃食べられて、シアワセやなあと満ち足りている小気味よさ。その桃は、桃ではなく、水密桃でなくてはならないのだという、シアワセの象徴。このお話の水密桃は、なんのことだったの?

全体を読んでると、こんな印象は、全然ないのに、なんだか、すごく好きで、いろんなことがぶわっと頭にわいてくる抜粋でした。

■ Posted by: SOKE : 2005年03月17日 08:10

この文章を読んだ時に、なんかくるものがあるんだよね。よっちゃんが言うとおり、私たちが子供だった頃以前の日本の夏の記憶かもしれない。それと、そういうものを大切に思う鵙目の心とか。水蜜桃というと私は竹宮恵子の初期の短編を思い出す。田辺聖子さんは読んでないけれど、それ聞くとこの場面と重なるね。
クロモズの水蜜桃は、黒羽が男鹿刑事に持っていけと鵙目に言ったご進物なの。高級メロンに引き続き水蜜桃。次は葡萄か?と男鹿が聞くと、秋は梨で冬は林檎かもな、と鵙目が答えるの。これは花朗さんのフェイクで、頭の中には、田辺聖子があるのかもよ。わざわざ題名になってるんだから。

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