西炯子さんが描いたフジミのイラストをできる限り収録したイラスト集。美しいです。こうやって並べてみると、カラーイラストよりも白黒のイラストがシャープで私は好きでした。JUNE本誌には載ったけれど、文庫には載らなかったカットも見ることができます。私は長い間、西さんの作品を食わず嫌いしていて、漫画を読んだことがないので、フジミを読むことで初めて大量のイラストを目にしました。独特の描線と、画面の切り取り方。かっこいい桐ノ院。かわいい悠季。男前な女の子たち。(奈津子さんも小夜子さんも三条さんもかっこいい。)そして主役以上に脇役の絵が素晴らしい。中年や老人のシワのリアルさ。このシリーズに西さんのイラストを得たことはラッキーだったのでしょう。だけれども1999年、第三部完結を機に、西さんはフジミのイラストを降りました。その後は後藤星さんがイラストをつけています。西さんの降板をめぐるいきさつは、このイラスト集の巻末の、原作者の秋月さんと西さんと編集者との対談で詳しく語られています。対談の中で、西さんは思い切りをつけたはずなのに、まだ迷っている、と言います。フジミに他の人の絵がつくということは寂しい、といいます。それでも体力と時間の限界の中で、この仕事は重すぎるので、降りることを選択したと。それに対して秋月さんも、西さんに去られるのは本当は残念だし、引き止めたいけれど、人にはそれぞれ転機がある。選択しなくてはならない時があるので、西さんの選択を受け入れると語ります。
四部以降の桐ノ院のキャラクターの変化は西さん描くところの桐ノ院という重しが外れて、なかなか調子が出なかったのかも・・・と私は思います。ビジュアルのイメージは作者にさえ影響を与えるんじゃないかしら。それで離れた読者も多いと聞きますが、私は25冊出たところで読み始めたので、そんなに気にならなかった。後藤さんのイラストは、やっぱり桐ノ院が若すぎる感じがするけれど、表紙イラストはだんだん、彼女のフジミの世界を作り始めたように見えて、結構好きです。
イラスト集には富士見のメンバーが舞台に立っている大きなポスターがついています。全員正装して楽器を持って、観客に挨拶をしている図。中心は指揮者。コンマスが横に立っています。全員克明に書き分けられたメンバーのイラストは感動ものですよ。
さて、対談の中ではこのシリーズのラストについても語られていますが、当初は主人公の葬式まで書いて終わりの予定だったとのこと。音楽葬にするところまで、もうできあがっていたそうです。でも時間がたつにつれて考え方も変わり、必ずしも死で終わりになるとは限らないらしい。西さんの予想では、圭が生き残ったって、自分の中に閉じこもるばかりで話にならないから、悠季がものすごい悲嘆にくれて、そこから立ち直る話になるのでは?と言います。しかし、秋月さんはそういうラストは一番書きたくない、というのは置いていかれる経験からまだ立ち直っていないからと返事をします。
実は私は、フジミを読みながら、ふたりのラブラブっぷりを読みながら、どうしても背後に死のイメージを感じて仕方がありません。ラストに死を置いたら、これまでのお話がかなり違って見えるだろうと思うんですが、既にそのカケラは見え隠れしてる。秋月さんが自分の体験を昇華して、そういうお話を完成させるのを読みたいのかもしれません。