カレカノ読んでて、漫画の感想評価とは全く別に、やたらと気になったのが、「一番」だの「トップ」だの「インターハイ優勝(笑)」だの、「名門」だの「美形」だのの言葉。有名人とか芸能人とかね。生徒会長、委員長とかもね。『花より男子』もそうだったな。それは少女まんがのお約束で、日常からトリップする鍵みたいなもの。昔もそうだったし、今もそうなんだね。大人になる前の結界の中で、いまだにそれが基本設定になってるんだな。そして孤独の中にいる男の子を女の子が素手でいかに取り戻すかというのがお話のテーマ。でも主人公も読者も華やかな環境というのが嫌いじゃない。そういうものに取り囲まれる暮らしにあこがれつつ、本当に大事なものは心なんだよという話になる。どっちも本当。
描いている漫画家さんは確実に読者層より年が上なわけで、描かせている編集はそれよりももっと上。需要があるから供給があるんだろうけれど、からくりを承知した上で、どれくらいのほんとうを混ぜることができるのかが勝負。それが無理になったら、次はレディースにいくんだろうな。
そのよしあしを言うのは野暮というものなんだけれど、いくつか作品を読んで、児童虐待とかトラウマとかそういったものも、お約束になってきてるのがちょっと心配・・・。いや、これも昔からあった要素のひとつかもしれないけれど。いつの時代にも傷ついた子供はいて、その子たちに、大丈夫だから安心して生きていっていいんだよ。というメッセージをこういう漫画は送り続けているんだろうか。
もうそういうお年頃から遠く離れ、心の傷・・・もない私が読んであれこれ言うのはそれこそ野暮なんだろうなああ。だからお話の本筋よりも、名前を呼び合って照れてる二人・・・とか、最初の頃の、裏表の激しい雪野さんとかがすごくおもしろい。でー第六巻の最後のエピソードとかにちょっとどきどきしちゃうよ。ああ、かわいいね。ほんとにこういうのは初々しくていいなあ(←これってほとんどオヤジですか?)
他のことでマット・ソーンさんのHPを見ていたら、藤本さんの評論があって、
それがここでもぴったり当てはまるのでご紹介。
すごいなあ。そのとおりなんだけれど、結論の方向にまだいろいろ再考の余地があるかも。
http://www.matt-thorn.com/shoujo_manga/love_illusion.html