BS−i のジュリーのコンサートの三回目(2002年)、四回目(2003年)を見た。新しい曲は知らないけれど、昔の曲はほとんど知っているようだった。記憶の地層の陽水よりももっと古いところからよみがえる歌・・・ジュリーはあいかわらず歌が上手かった。声も出ていた。でも、一番好きだった何かがなくなっていたような気がする。うーん。うーん。バックバンドがなんか不思議。ドラムの女の子がすごい・・・リードギターがぴょんぴょん跳ねていてかわいかった。客席は最初っからオールスタンディングだ。そして、ジュリーはステージの上を何回も走っていた。かっこいいおじさんにいくらでもなれそうなのに。ああ。
投稿者 SOKE : 2004年01月25日 23:29なくなったもの・・・それは「色気」か?
ひとことでまとめると哀しいなぁ・・・
いや、違う意味でのかっこいいおじさんではいられる可能性はあるのだけど。
でも、色っぽいおじさんになってほしいよねぇ、やっぱり。
そういえばわたし、一番きれいだった頃のジュリーの金粉塗りたくったセミヌードポスター(雑誌綴じ込みのPARCOの広告)を貼っていた時期があったのだった。
やっぱ、デブはいかんでしょう。デブは。
本人はデブったことについて開き直っているところがあるからたぶん痩せようとはしないだろうけど。
キレイなものって、それだけで人をねじ伏せてしまう力があると思う。昔のジュリーにあって、今のジュリーにないものってそれなんじゃないかなあ。
しくしく。おふたりとも私があえて書かなかったことをはっきりと。そうですよ。デ○ったので○気がなくなってしまったんですよ。それで上着の肩を抜いて歌をうたっても悲しいんですよ。それに比べると陽水の方が色っぽい今日このごろです。きれいとかそういうんじゃないけれど。ずーっと現役でいるってのは大変ですよね。
いや、ほんとにね・・・ふ〜
どのジャンルでもね(笑)