■ 2004年01月14日 ■ <本>村上”ポンタ”秀一『自暴自伝』

井上陽水の名ライブ、「クラムチャウダー」のツアーの際にドラムをたたいた村上ポンタ氏の語り下ろし自伝。聞き書きは真保みゆき。いろいろなミュージシャンと仕事をしてきたポンタ氏の陽水評は絶賛に近い。

「この俺が、空中を漂うような気分で演奏できたなんて、後にも先にもこのツアーの時だけよ。我ながら自分に翼が生えたみたいだった。俺がこれまでやってきた数あるツアーの中でも五本の指、それどころか三本の指に入りますよ。それもこれも、陽水の歌がすごいからなんだけれど。」(p180)
「もうひとつすごいと言えるのは、歌っている時の力の入らなさ加減だね。あそこまで冷静にパワー配分して歌える歌手といったら、陽水以外だと忌野清志郎くらいしか思い浮かばない。」(p184)
「陽水に関して言えば、最近やたら積極的にライヴをやっているのが目立つようになった。歌える間、自分の声が許す限りは、思う存分歌っておきたいと思っているんじゃないかな。いいことだと思うよ。陽水ほどの歌手であっても、永遠に歌い続けることだけはできないんだから。」(p185)

と、ほめているところばかり拾って読んでしまうんだけれど(笑)
ポンタ氏は剣道家の家系で、親戚は皆教育者という固い家に生まれた。祖父の意向で政略結婚をさせられた母親のもとから離され幼少時を祇園の芸妓さんのもとで育てられた。(その芸妓さんの名前がポンタ姐さん)五歳で実家に戻り、全国大会で一位になるような吹奏楽のさかんな中学校の部活でフレンチホルンを吹くことから音楽活動が始まり、部活の顧問の先生の友人の朝比奈隆氏に手首がいいからティンパニをやりなさい、といわれ打楽器に変わった。(でもほんとは今でもフレンチホルンとかの方が好きなのだそうだ)大阪教育大学に入学するも、三日で退学して実家から勘当されてバンドボーイとして仕事を始めて・・・そこから現在に至るまでのミュージシャンとしての生活が始まる。
綺羅星のごとく、いろいろなミュージシャンについて言及されている。私の知っている名前はその半分くらいだけれども、ジャンルを超えて新しい音楽をやりたいという人たちの交流や活動を知るには面白い本だと思う。
赤い鳥、シュガーベイブ、YMO、沢田研二、ピンクレディー、松岡直也、矢沢永吉、山下洋輔・・・
フォーク、ロック、ジャズ、歌謡曲、演歌、ポンタ氏の活動範囲はジャンルにとらわれない。いろんな人たちと一緒にセッションし、楽しみ、集まっては離れ、離れてはまた集まり、いろいろな音楽を生み出してきた熱気のようなものをこの本から感じることができる。

私は、1970年代〜1990年代の歌謡曲のベストテン番組を、欠かさずみていたので、その頃の歌手の歌が上手下手にかかわらず、なにか言葉では表せないパワーがあったことを知っている。毎月のように新作が出されて、手をかえ品をかえ演出し、売り上げの順位に一喜一憂するあの熱気の影に、ポンタ氏の語るような、いろんな交流があったと思うと、さもありなんと妙に納得してしまった。その頃は、作曲作詞編曲やバックバンドの構成について考えることをしなかったので、「すごい」とか「かっこいい」とかだけで通りすぎてしまったけれど。
もう自分達のようなミュージシャンは生まれないだろう、とポンタ氏は豪語する。大村憲司や村上秀一のように、自分の力で新しいものを作り出そうとするミュージシャンは。
うーん、彼らが出てきたのは、出てくるべくして出てきた、そういう時代だったということだと思う。
今はそういう時代ではないんだな。20世紀後半のあのよくわからない熱気は一種独特だったというべきじゃないかしら。

投稿者 SOKE : 2004年01月14日 23:45
コメント
■ Posted by: しあん : 2004年01月15日 07:11

へぇ!朝比奈翁がねぇ!
いや、吹奏楽やってたのは知ってたけど、打楽器転向のきっかけが朝比奈翁だとは知らなかったわ。朝比奈さんの音楽界への貢献はいろいろ言われるけど、最大の貢献はこれだな(亡くなった人の悪口みたいでヤだけど実は朝比奈さんの指揮ってあんまり・・・^^;)。

■ Posted by: soke : 2004年01月15日 07:43

うへへ、私は聞いたこともないんだけれど、名前だけは知ってるんで、一応書いときました。なんかーいろんな海外のプレーヤーの名前も出てきたんだけれど、誰がどういう人かわかんないのよーポンタ氏はいろんな人とツーカーのようですが、もしかしてすごい人なの〜?クラプトンに向かって、「憲司ほどじゃないが、おまえのギターはうまい」って言ったという話はほんとかな?

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