SOKEさん、編集はかどってますか〜(笑)
こんな時に長文ごめんなさい。もっと早く書きたかったんだけど。こっちもバタバタしていて。
「愛すべき女たち」の3話について、おクチ様の感想は興味深く、なるほどそういう解釈もありね、と思ったんですが、私は全然違う感想を持ちました。
以前、こちらに投稿した短い感想でも、あの話は好きって書いたんですよね私。
よくよく考えてみると、好き、というのとはちょっと違うかも知れないけど、あのラストシーンを見て、なるほろ、そういう解決もあっていいわよね、と素直に思ってしまったんです。
この主人公の、「人を好きになるって、人をわけへだてることじゃない」という台詞は、彼女のお祖父さんの「人をわけへだてしてはいけないよ」という刷り込みから来ていますよね。もちろん、尊敬するお祖父さんこう云われたからと云って、誰もが彼女みたいに考えはしませんから、彼女の中には最初からあの言葉にクリックする芽があったんだとは思います。でも、あの言葉は、例えば「天人唐草」の響子さんがお父さんから植え付けられた「女らしく、大人しくあれ」という呪文のように、彼女(名前忘れた)を縛っていたように思います。「天人唐草」のお父さんの云っていることは横暴で男の身勝手ですから、それで縛られた響子さんは最後にああいう風になっちゃいますが、「愛すべき…」の3話の「人をわけへだてするな」は、なまじ道徳的に正しく、他人からも感心されることだけに、かえって呪縛が解ける機会がなかったのかな、と思います。
そんな風に育ってしまった彼女にも、生きる権利も場所も必要なわけで、それが修道院というのは、まったくもって世の中円く収まった、みたいな展開に感じたのでありました。
もっとも、修道院も天国ではないから、おいおい、大丈夫か〜? と突っ込みたくはなりましたが。何せ、私が通っていた学校に併設されてい修道院では、シスターたちは多くが肥え太り、いけずな人も沢山いたし、いじめだってあるだろうし、たまに修道院の翼に入ると、甘ったるいバターをたっぷり使ったお菓子の匂いが漂っていて(クリスマス・バザーに出る修院クッキーは人気がありました)、どこからともなく「太陽にほえろ!」の音楽が聞こえてきたとか、いろんな話がありましたから。
ま、彼女はある意味タフそうだから、幸せに乗り切っていくのではないでしょうか。で、そういう選択を見せてくれたということには意味があると思います。
2話は私も理解に苦しんだのですが(おクチ様の説は大納得しました!)、考えてみると、2話と3話のヒロインは、男性とノーマルな関係が築けない、あるいは一般的な意味での伴侶を必要としない、という点で共通しているのかも知れません。
そして、それはそれでいーじゃん、とも思ったりするわけです。
ただ、2話のヒロインの場合は、暴力的で自分勝手な男と一緒になって、その男に女は自分の言いなりになるものという勘違いを抱かせるでしょう。仮にその男が別の女性と関係を持つ時にもその勘違いをふりまわすようだと、その女性に迷惑がかかることになりますが…。
この更新頻度からもおわかりのように、まだ全く手をつけていません>編集・・・はからずも、よ氏の予言どおりになりそう。「卒業式の前日に徹夜で作業するんでしょ」
Yusaさんの書き込みを見て、いろいろ書いてみたんですが(逃避・・・)どれもしっくりこなくて、本を読み返しました。改めて読むと、とても丁寧に書かれた作品でしたね。第三話。それでもやっぱり最後のオチというか修道院に入るというのは、私には納得できないみたい。この主人公は周囲の人たちの中に、かけがえのない人間として存在してる。娘として、妹として、叔母として、友人として、社会人として、それからお見合いの相手として。突然それら全部を断ち切ることは、誰かに恋してひとを差別することよりひどいことじゃないかしらって、思っちゃう。でも、その言い訳もきちんと描いてあるので、驚いた。ベルリンの壁のところで、長いこと信じていたものを変える勇気があるね、って言ってる。この本の各話の印象って、「みんなネタだったね」って、感じなの。私の場合。すごく丁寧に描かれているのに、細部はすごく納得できるのに。なんでだろ。そのへんが『天人唐草』の切実さとは違うような気がするの。
>男性とノーマルな関係が築けない、あるいは一般的な意味での伴侶を必要としない
でも、結婚願望は強いんだよね〜(と、いう見方をしてしまうわたくし。あ〜、コンジョ悪っ)
「神の花嫁」という最大級の差別をして本人はすっきり〜というオチだが「信仰」がすっぽり抜け落ちているところが日本的というか。
SOKEさんのいう「みんなネタ」というのは納得いたします。
>でも、結婚願望は強いんだよね〜
たしかに! おクチ様するどい!
SOKEさんも「みんなネタ」とおっしゃっているけれど、
これってやっぱりよしながさんがいろんな女性の生き方のバラエティーを模索してるってことなんでしょうかね。そうすると、よしながさん(独身?)に潜在的な結婚願望があるのかな。特に3話はいちばんページ数が割かれているので、何か深い意味を探ってしまいそうになります。
結婚願望うんぬんは、よくわからない。ただ、よしながさん自身は、作品を描くことによって埋めなくちゃいけないような欠落を自分の中に持っているようには見えないかな。だから作品のラストはけっこうまっとうな普通の終わり方が多いみたい。同人誌でいくらハードな描写をしても、最後は夫婦みたいな関係になっちゃうし。小野は刺されて死ななかったし(笑)幸せな子供時代を送った人だろうなあと思っています。
ネタというのは、自分の好きなものや、自分の本気から離れて話を作り始めたって感じです。だからよしながさん、本気でそんなこと思ってないでしょ。という読者のツッコミを許す隙があるよね。どの話もこういうのもありだけれど、作者はそんなの本気で思ってないよね、って感じ。なまじエンタティメントにしないで、ああいうシリーズにしちゃったからネタで描くのはだめだと思うんだけれど。
よしながさん本人には結婚願望はないようにみえるけど〜。勝手な想像だけど、きっかけがあれば結婚してもいいかな、というタイプ? なんせ映画「ピンポン」を別の役者目的で見に行って、すっかりスマイル(メガネ君)にメロメロになって帰ってきた人だから〜(←どういう根拠よ)
第3話の彼女のことを日記ではメラニーみたいと書いたけど、「細雪」の雪子の方が近いかもしれません。雪子は自分の考えはほとんど口に出さないんだけどね。
「愛するって差別よね」ってだめですか。
いや、私はそのとおりと思ってしまいましたよ、実は。
まあ、それがいいか悪いか、幸か不幸かはさておいて、、若林さん、結婚願望が強いってのは私は全然発想できなかったです。コンジョ悪の問題ではなくって。自分のただひとり愛すると断言できる伴侶をもつことより、そいういう人をもたないこと(万人を愛するというのでは、あまりに傲慢だし)を選ぶというのは、彼女の思想上ありではないかと。修道院っていうのも、信仰というより、この設定ではとりあえず今の世の中で、そいう位置づけが認められているところっていうことでしょうか。
結婚に固執してたのも、彼女自身の願望というより、それがよき道だと思ってたという感じ。固執してたんだから、そういう意味では願望が強いかったといえば強かったのかな。
でも、友人の雪子さんが、彼女はすがすがしい顔をしていると思ってくれたのはよかったです。
そのほか、4話あたり結構近い話題なんでおもしろかったです。でもよしながさん、きょうび、雪子さんの業界で、おむつも替えないだんなさんの方が珍しいっすよ。雪子さんのだんなさんくらいの家事担当も、結構あたりまえってのも多いよ。しかし、だんなさんの順ちゃんが1話目で最初にでてきたとき、ほんとにただのオヤジ同僚だったのに、そのままその1話の中で雪子さんと結婚しちゃうところが、よしながさんすごいと思った。
>ほんとにただのオヤジ同僚だったのに、そのままその1話の中で雪子さんと結婚しちゃうところが、よしながさんすごいと思った。
しげさん、するどいっ! ↑のことはこの作品で一番すごいことかもしれない。
いや〜、「神の花嫁」のことで「信仰」だのなんだの言いたくなるのは、わたくしがプロテスタントのミッションスクールに通ってたからかもしれない。 Yusaさんはカソリックの学校だから、また受け止め方が違うと思うの。