こんなわずか数行の、クロモズとも分からない切り取られた部分なのに、すごく好きな文体、言い回し、光景がある。この幸せは、私たちの子供の頃か、それとも、もう少し昔、文章や、テレビや、そんなものでいつしか心に刻まれたノスタルジックな夏の風景だと思う。
この文章の手触り、なんだったろう。『ばかな男だ』『ばかな男だ』なんだろう。すごく好きなこの感じ。<それから>とか、<雪国>とか、その辺りかと思って、引っ張り出してみるけれど見つからない。
高野さんの夏のお話とか。
そして、水密桃。水密桃という副題だけで、あっ!夏のシアワセと思う。喉にひっかかった骨を探るように考えてたら、ふと思い出した。田辺聖子が好きなの。若いオトコに逃げられたハイミスが、一緒に食べようと冷やしてあった水密桃を、こんな美味しいもん、食べてから出てったらよかったのに、アホやなあと思いつつ、びっしりと汗をかいた、大きくて、甘くて、汁気たっぷりのそれにかぶりつくとこ。逃げた男はそれとして、ああ、こんな美味しい水密桃食べられて、シアワセやなあと満ち足りている小気味よさ。その桃は、桃ではなく、水密桃でなくてはならないのだという、シアワセの象徴。このお話の水密桃は、なんのことだったの?
全体を読んでると、こんな印象は、全然ないのに、なんだか、すごく好きで、いろんなことがぶわっと頭にわいてくる抜粋でした。
この文章を読んだ時に、なんかくるものがあるんだよね。よっちゃんが言うとおり、私たちが子供だった頃以前の日本の夏の記憶かもしれない。それと、そういうものを大切に思う鵙目の心とか。水蜜桃というと私は竹宮恵子の初期の短編を思い出す。田辺聖子さんは読んでないけれど、それ聞くとこの場面と重なるね。
クロモズの水蜜桃は、黒羽が男鹿刑事に持っていけと鵙目に言ったご進物なの。高級メロンに引き続き水蜜桃。次は葡萄か?と男鹿が聞くと、秋は梨で冬は林檎かもな、と鵙目が答えるの。これは花朗さんのフェイクで、頭の中には、田辺聖子があるのかもよ。わざわざ題名になってるんだから。