「きゃーーーーっ♪」
「きゃははははは♪」
ダダダダダダダダッ・・・
「きゃっきゃっ♪」
ダダダダダダダダッ・・・ドデッ!

「・・・・・(おやおや・・・)」浩瀚はやれやれと目を細め苦笑し、
「!?・・・」景麒は何事かと固まり、
「わっ!?」陽子は驚きに声を上げた。
いきなり目の前に飛び出してきたかと思ったら次の瞬間派手に転倒したを見て、浩瀚はただただ苦笑するしかなかった。

「おい、大丈夫か?
すぐ後からやってきて、呆れながら声を掛けたのは金の髪を持った少年、六太だった。
「いったーーーい(涙)」
「あっはは、また派手に転けたな。あ!おーい陽子、遊びに来たぞ〜」
陽子という言葉にビクリと反応し、顔を上げると景王陽子が口をポカンと開け、立っていた。
「げっ!しゅ・主上〜っ!」
は慌てて立ち上がり礼をとる。
少し遅れて延王尚隆もやってきた。
「陽子、久しいな」

「六太くんっ!延王!相変わらず神出鬼没ですね」(苦笑)
「これは延王君に延台輔、突然のお越し痛み入ります」(冷静且つ丁寧だが嫌味)
「ようこそおいでくださいました延王、延台輔」(脱力、そして溜息)

「随分お楽しみのようでしたが・・・?」
浩瀚はニッコリと笑みを浮かべながらも、言外に「一体何をしている、騒々しい」と呆れている。
「あぁ、これで遊んでたんだ。な、
「・・・は・はい。あの・・・その・・・」
全く悪びれた様子もなくニタッと笑ってみせる六太とは対照的には冷や汗を掻きながら言葉がない。
そんなを気にするでもなく、陽子は六太の手にしている物を見て目を輝かせた。
「あ、それ水鉄砲じゃないか!うわぁ〜、懐かしいな」
「だろだろ?陽子も一緒に遊ぼうぜ」
「うん!」
「じゃ、さっきの続きな。が鬼だぜ」

尚隆はを見てニヤッと笑う。
「ほ〜、お前がか。噂には聞いておるが、剣はなかなかの腕前だとか・・・。それに美人だな。一度お手合わせ願いたいものだ」
「そ・そんな、私など・・・」
言いながらは浩瀚をちらっと見る。
尚隆の言葉ににっこりと微笑む浩瀚は依然穏やかな表情だったが、その瞳の奥が鋭く冷たい光を放ったのをは見逃さなかった。
それを見て取ったは氷のような汗が背中を伝うのを感じた。
その場から逃れようと後ずさりながら、
「あ、あの、私はこれで・・・」
失礼させて頂きます、と言いたかったが背後から近づいてきた太い声に遮られてしまった。

「そこまでだ
ギクーッ!!
「しょ・将軍。。。し・失礼致しましたっ!、直ちに持ち場へ戻りますっ!」
兵士らしくビシッ!と直立し、そのままくるりと踵を返そうとしただったが、桓たいが逃すはずもなく・・・。
「待・て・!」
にひょいっと首根っこを掴まれ観念する。
「・・・はい(涙)。申し訳ありませんでした。。。」

「なぁ、オレが無理矢理誘ったんだ、許してやれよ」
「そうだぞ。うちの六太が悪いのだ、勘弁してやれ。なかなか元気があって良いではないか」
六太と尚隆が庇うも虚しく、桓たいは首を横に振る。
「延王、延台輔、お心遣い有り難く存じますが、そうもいきませんので。さあ、来いっ」
ズルズルズル・・・
首根っこを掴まれ引きずられていくを浩瀚はただただ苦笑しながら見ていた。

「うちの朱衡には負けるけど、慶の将軍の笑顔も相当怖いのな。に悪いことしちゃったな〜」
「そう思われるのでしたら今後このようなことはお控え頂けると有り難いのですが」
あくまでも丁寧に浩瀚は言う。
「え、あははは・・・陽子行こうか(汗)」

「主上、お待ちください。まだ政務が残っております」
「ああ景麒わかってるよ。ちょっとだけだから」
景麒は溜息で、浩瀚はにっこりと微笑みながら陽子と延王、延麒の後ろ姿を見送った。





またやっちゃった。。。今日も一人で鍛錬場に居残りだ。
己の失態を一応反省しながら、それでも体を動かすことが何より好きなは罰というより楽しんでいるようにも見える。



日も沈みかけた頃、延王と延麒を見送り戻る途中、鍛錬場には一人残っているの姿があった。
「なあ、は腕も立つし頭がいいのに何故小臣のままなんだ?」
ふと陽子は立ち止まり、桓たいに問うてみる。
「ええ、確かには剣の腕もいいし器用で俊敏・・・ああ、なんと言っても猫ですからね、瞬発力、身のこなしのしなやかさは見事なものです。その上頭脳明晰、度胸もあります。強いて言えば腕力がもう少し欲しいですがね」
「それだけ揃っていれば充分じゃないのか?」
「そうですね、ですがそれだけでは駄目なんですよ。あの通りのお転婆ぶりですからね、威厳の欠片もない。第一、本人に野心が全くない。上に立っても下がついてこなければ意味がないんです」
「そういうものなのか」
「ええ、そういうものなんですよ。は麦州にいた頃、浩瀚様に拾われましてね。恩返しをしたいから剣を教えてくれ、と。浩瀚様は『相手を切ってやろうなどと思うな、自分が切られない事だけを考えろ』と教えておられましたね。元々素質があったのでしょう、今では私でさえ気を抜くと一本とられてしまいますよ」
「そんなに強いのか!?なるほどな、剣の扱いが他の者達とは違うと思っていた。浩瀚流剣技というわけか」
「それに・・・」
はふと地面に視線を落とす、細めた目に一瞬影が差したようだった。
「浩瀚様はを二度と危険な目に遭わせたくないから、と・・・」
「危険な目?」
「ああ、これは失言でした。浩瀚様が逃亡なさってた頃の話ですから忘れてください」
「それは、私が浩瀚を罷免しなかったら防げたのだろうな」
陽子の表情が僅かに険しくなった。
「いえ、それは違うと思いますよ。以前の慶でしたら浩瀚様は殺刑になっていたでしょう。浩瀚様は主上に感謝しておいでですよ。それにその事が無かったら、あの二人はお互いの気持ちに気づかなかったでしょう」
「そうだろうか」
は俯いている陽子に微笑みかけた。
「ええ、そうですよ。まあそんな訳でいつも私の目の届く範囲に置いておきたいのでしょう。本来ならば下級の兵士は麦州に残るか、柴望様について和州に下るかですからね。余程離れたくなかったのでしょうね。言ってみれば私はお守り役ですかね」
は苦笑しながらポリポリと頭を掻いた。
「そうか、が側にいれば安心だからな。うちの敏腕冢宰もには甘いんだな」
陽子は、あの浩瀚にそんな意外な一面があったとは信じられないな、とくすくす笑った。





日もすっかり暮れ、はくたくたになって浩瀚の待つ邸宅へ戻ってきた。
浩瀚はいつものように残った書類の山を片づけているところだった。
「・・・・・ただいま戻りました」
浩瀚は優しく微笑み「うむ」と頷く。
「怒って・・・る?」
浩瀚はくつくつと笑い、
「今更だな、主上と台輔は驚いておられたようだが。それにおまえのことは上官であるに任せてある。たっぷりと絞られてきたのであろう?ならば私は何も言う必要はあるまい」
「・・・はい」
えへへ、とは照れくさそうに肩を竦めて笑い、浩瀚の膝の上にちょこんと座る。
そのまま浩瀚は再び書類に目を通し始めたが、くりんとした愛らしい目で上目遣いに覗き込まれると、浩瀚は愛おしさに思わず口元が緩んでしまう。
「書類まだたくさん残ってるのね。私、向こうで本読んでるわね」
にこっと微笑んではストンと浩瀚の膝から降り、臥室へ入っていった。

いつもならば浩瀚の仕事が終わるまで待っているが、居残りをした日は気づくと朝になっていることが多い。
それは今日も例外では無かった。
浩瀚は牀榻ですやすやと眠っているを見て微笑み、手に持ったままの本をそっと抜き取り、はだけた衾褥をかけてやる。
「今のままでよい、側に居てくれるだけでよいのだ。、愛している」
そう囁いてそっと口づけると再び書卓へと戻っていった。



さあ台輔、戻りましょう