フェラーリ312B3
Ferrari 312B3
*3度も生まれ変わったマシン:フェラーリ312B3*
-* Ferrari 312B3 *-
(発表時)
1972年の秋に、73年用としてこのマシンが発表された時には、そのデザインに驚きました。今まで見たことがない、新鮮な驚きがありました。それを見た記者たちには、サーキットのラッセル車とか、ショベルカーとかいわれましたが、当時幼かった私には、まるで仮面ライダーかキカイダーでも見るかのようにカッコよく思えたものでした。
フロントノーズはとても幅広く、そこにラジエターへの空気取り入れ口として、これまた大きなNACAダクトが2個、コックピット用と思われる小さなNACAダクトが中央に1つあり、その両端にはウイング?スポイラー?がついていました。その形状はノーズと一体になって、まるで、ラッセルカーのショベルのように空気を跳ね上げるかのような形状でした。
前輪と後輪の間は、規定いっぱいまで広げられたボデーで埋められていました。その中、前輪すぐ後ろにラジエターが収められ、ボデーサイドにはそのエアアウトレットが設けられていました。
ちょうど、スポーツカーとフォーミュラカーの合いの子、スポーツカーからホイールハウスを取り去り、フォーミュラカーに、というコンセプトで作られていたようです。フェラーリは、72年の3リッター・スポーツカーのシーズンを11戦出場中10勝という圧倒的強さで戦っていた最中であり、スポーツカーの強さに自身を持っていたのでしょう。
でも、このマシンは73シーズンがはじまっても、サーキットには現れませんでした。テスト実施後、開発チームは突如解散させられ、サーキットに現れたのは、赤いロータスといわれた、イギリス製のフェラーリだったのです。
-* Ferrari 312B3 *-
(レースデビュー時)
ラジエターは通常のサイドラジエターの位置に移され、フロントノーズも常識的な形状にされました。(といっても、スポーツカーノーズともウイングノーズとも言われない形状でしたが。)この年、フェラーリはJ・イクスがチャンピオン・シップ・ポイントで9位になるのがやっとでした。
そして、フェラーリは'73イタリア・グランプリに、またも、新しいマシン(312B3S)で現れました。ボデーが広げられ、ラジエターはまたも、フロントタイヤ直後に、前屈みに置かれました。そこを通過した空気はボデー上方に抜かれるようになってました。ノーズは薄く削られ、その上に一枚のウイングが載せられていました。この、一枚ウイングと、幅広ボデーが、のちのフェラーリのアイデンティティーのようになりました。
-* Ferrari 312B3 *-
(最終仕様)
翌年(1974年)、フェラーリは312B3Sの発展型・312B3でサーキットに現れました。ニキ・ラウダとC・レガッツォーニのゴールデンコンビと共に・・・。この年、フェラーリの二人は大活躍をしました。ニキ・ラウダは15戦中9回のポールポジションと2回の優勝でランキング4位、C・レガッツォーニは1回の優勝とコンスタントな入賞でランキング2位になりました。
ここまで、型式を変えなかったのはフェラーリの意地だったのでしょうか?この3台の変化は、95年式312Tが312T2へ変わった時以上の変化を感じたのですが、型式は『312B3』のままでした。成績が残せないまま、次の車に変わるのを拒んでいるかのように思えたのは、私だけでしょうか・・?
全長 | 4335〜4140mm |
ホイールベース | 2500〜2518mm |
トレッド(フロント) | 1625〜1510mm |
トレッド(リヤ) | 1605〜1530mm |
重量 | 578kg |
ホイール(フロント) | 13x11 |
ホイール(リヤ) | 13x17 |
タイヤ(フロント) | 9.2/20.0−13 |
タイヤ(リヤ) | 14.0/26.0−13 |
エンジン | フェラーリ312B |
エンジン型式 | 水平対向12気筒 |
バルブ型式 | DOHC 4バルブ |
総排気量 | 2991.8cc |
ボアxストローク | 78.5x51.5mm〜80x49.6mm |
圧縮比 | 11.5〜11.1 |
出力 | 495PS |
燃料供給装置 | ルーカス間接噴射 |
点火装置 | Marelli Dinoplex |
ギヤボックス | フェラーリ |
ブレーキ | ロッキード |