木幡神社の狛犬
 皆さんは、木幡神社にある「狛犬」を見たことがありますか。
  私がこの狛犬を初めて見たのは、昭和56年のことでした。当時、栃木市在住の茶道家近藤京嗣氏は、毎日新聞社から依頼をされて、県内の古窯を調査されておりました。本市にも度々足を運ばれ、平野焼を始め、成田焼や沢焼(共に近藤先生が命名)などの釜跡を発見されて間もない頃でした。
  地元の案内には、故渡辺久作先生があたられ、私は専ら運転手兼助手として手助けをさせていただいておりました。ある時、渡辺先生から木幡神社の狛犬を見ていただこうということになりました。狛犬というので、石造りで神前を護る厳しい顔立ちをしたものを思い浮かべておりましたら、何と陶製でしかも極めて小型(高さ19cm)、その上何ともユーモラスな顔立ちをしておりました。
   近藤先生は、「室町頃に瀬戸周辺で焼かれたものでは」ということで、結論は避けられましたが、「私の知人に全国の狛犬を研究している上杉君がいるので、写真を送って鑑定してもらいましょう。」ということになりました。
  それから間もなくして、上杉さんから鑑定書が届きましたが、写真だけで原稿用紙9枚にも及ぶ所見をいただき、「さすがは専門家」と感心をしてしまいました。以下、その中から集約して紹介して見たいと思います。

 
 

拡大します。   まず特徴的には、吽型は口を前だけ閉めていて、奥の方には紐を通したと見られる穴がある。阿型の方も、開いた口の奥が丸く削ってあるために、どうも簾の紐を咥えた鎮子の役目を果たしていたものではないか。耳は小さく立っており、目は丸く同心円で瞳全体が引っ込んで見え、眼と額との間のクボミは眉のように見える。たてがみは先が丸くなっていて単純である。前肢は肩の辺りより前に投げ出すようにくっついている。

拡大します。   阿型には角と見られる突起が頭上部にある。顔は鼻筋が通り、吽型の方は埴輪の馬を思わせる。全体に奇怪な顔で、更に剽悍なおかしさがある。手法から見ると、量産ではなく、手作りで一個一個丁寧に作られたものである。 また、陶製狛犬の発生時期は鎌倉時代と見られ、形態的には香取型、深川型(深川神社−瀬戸市)及び伊勝型(伊勝神社−名古屋市)の3種類に分けられるが、木幡神社の場合にはこの3つには入らず、強いて言えば深川型と伊勝型の中間ということである。


  以上のような点から総合して、「室町中期に瀬戸周辺で作られたもの」と結論付けられました。ただ、上杉さんは、これまで関東地方には、千葉県の香取神社、茨城県の鹿島神社、山梨県の浅間神社でしか確認されておらず、しかも北限と思われていた鹿島神社より以北にあったということに驚かれておりました。
  とにかく、栃木県では唯一のものということになり、県の文化財にも指定される価値が充分あると言えるのではないでしょうか。

 

掲示板    - back -