沽券の男、涙を流す?!


 前回、「男の沽券」で紹介した、家族を愛する彼の、大切な娘の結婚式がこのたび行われた。

彼は娘を非常に愛しており、絶世の美女と思っており、掌中の珠と思っており、そんな彼が、結婚式・披露宴と平静で過ごせるのか?というのが、我々列席者の注目のポイントでもある。

彼は、はたして涙を流すだろうか?
それとも「男の沽券にかけて」そんなみっともない真似はしない、だろうか??


そんな彼の感情のせめぎあいを捉えるべく、我々「男の沽券特捜班」はビデオカメラで彼を追い続けた。



結婚式。教会式。娘とともにヴァージンロードを歩いてきた彼は、半ば過ぎのところで、迎えにきた花婿に娘を手渡さなければならない。花嫁にとっては誇らしい瞬間だが、彼にとってはさぞや屈辱であろう。いい滑り出しだ。


披露宴。新郎新婦入場で、彼は美しい衣装に身を包んだ娘を見て、そっとため息をついた。いい傾向だ。

仲人挨拶。彼女をよく知る者にとっては当たり前の台詞「お父さんのようなヒトと結婚したい」が仲人から紹介される。彼の顔がちょっとゆがむ。がんばれ!

お色直し後のキャンドルサービス。微笑んだ彼が新郎新婦とおさまる。ちょっと痛々しくなってきた。

模擬裁判、裸踊り(!)と余興が続き、やや緊張感が薄れた。


そ・し・て……


いよいよ披露宴のハイライト「両親への花束贈呈」である!
実はここで、彼には内緒だったが、新婦からの「手紙の朗読」があるのだ!
両親が後ろのステージに上がる。さあ、どうか?!

新婦の感動的な手紙が読まれる。内容は「お父さん、お母さんの娘で本当によかった」というようなことであるが、非常に感動を誘う表現がされている。

彼の顔が神妙になる。やがて、崩れる、と思いきや、顔が固まる。固まる。固まる。
表情のなくなった顔で、目だけが涙を湛えはじめる。瞬きでこらえる。鼻をすする。こらえる。こらえる。


…しかし、ここまでだった。
その後の「花束贈呈」でも、大泣きする母親を尻目に、彼は平静に戻っていた。
結局、「特捜班」は、彼が涙を流す場面を捉えることができなかったのである。



しかし、我々は彼が心で涙を滂沱と流しているのを、たしかに見た。
それは「男の沽券」の勝利だったかもしれない。でも、非常に美しい勝利だった。
「男の沽券」を座右の銘にし続けるためには、かくも意志が強くなければならない、
これぞ、男だ!……この中年男の姿に、そんなことを改めて学んだわたしであった。




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