極私的書評

ここには、わたしが読んで、少しでも感銘を受けた本を書いてゆくつもりです。

 

『梶井基次郎全集』全三巻

高校で習って以来、「最も好きな作家」となり、大学入学のお祝いになにをさておき買ってもらったのがこの全集である。当時で一万円くらいだったか。

たとえば「路上」に見るように、ほんの些細な心の動きを、言葉にきちんと写しとれたらばどんなにいいだろう。「しかしまだ本気になっていなかった。」「あの富士の容積、高まりが想像でき、その実感が持てるようになったらどうだろう」…ほんとうだ、そんな風に思う、と思えた。

彼の作品はビジュアル的である。「檸檬」も「城のある町にて」も「冬の蝿」も、ある場面を切り取ってきれいな箱に保管したかのようである。いつ読み返しても、恰も自分が見た情景のように蘇ってくる。

彼の残した言葉−日記の中の悩みなどまでみな美しくて、あこがれた。彼を識った時から、自分の中の考え、もやもやした形而上なものをすべて言葉にするよう、心がけるようになった。今も続いている。

高校で教わった「城のある町にて」は遊女の出てくる部分がばっさりと削除されていた。形ばかり「国語力の低下」をなげくのはどこの誰だか。

 

『文人悪食』嵐山光太郎

近現代の日本の作家が、なにを好んで食べていたか、どんな食生活をしていたかを通し、作家像を描き出したもの。正直にいって、「たかが食生活」から、ここまで作家の個性が現れるとは思わなかった。新しい発見をした作家もあり、すでにその作品を読もうと決意したものもある。こうして興味はどんどん広がってゆく。

筆者の取材や調査も大変であっただろうなあと思わせる力作。

 

『気になる物件』泉麻人

このなかにある物件のいくつかが自宅の近くのものだったので、迷わず購入した一冊。泉麻人は、現代の文筆家の中でも美しい言葉づかいをする一人だと思う。芸術的というのではないが、的確で論理的で、かつ偏見がない。その上興味のわく分野もちょうど重なるので、彼の作品はほとんど読むようにしている。

大きくわけると「トマソン物件」や「VOW物件」に類するものなのだが、これらが「ネタ」つまり物件そのもののインパクトで興味を引くのに対し、こちらの物件はそのものよりもそれについている文章で、笑ってしまう(あるいはほのぼのとしてしまう)という類である。対象を眺める目線に愛があって、読後も気分がよい。

自宅の近くにある、ここに載った物件の一つは、まわりを大型スーパーに取り囲まれることになった。こういった類の本に載るものすべてがそうなのだけれど、物件の賞味期限は短い。

 

『陰陽師』シリーズ 夢枕獏

実は『帝都物語』を読んだころから、安部晴明のことは気になっていた。岡野玲子の漫画も好きなのだが、より淡々と話が進んでゆく小説版のほうが、より好きである。
晴明のスタンスも、ニュートラルでよいのだが、源博雅がとてもよい。ホームズシリーズにおけるワトソン以上に、晴明の魅力を引き出すだけでなく、博雅自身の魅力をも引き出している。
この、好きな小説が映画になり、しかも野村萬斎さんが晴明をやるなんて、願ってもないうれしいことである。公開が楽しみだ。(という期待を裏切らないできであってほしい!)

 

『21世紀への伝言』半藤一利

いまさらながら、20世紀回顧モノに今凝っている。これは、20世紀の歴史とともに、その当時の名言を集めたもの。著者による、発言の背景などの解説もあり、読みやすい。考えてみれば、学校ではもっとも軽んじられる時代。でも、生きた証人が世の中にはたくさんいて、本来ならば、もっとも詳しくてしかるべき時代だろう。
戦争云々、といったことを抜きに、風俗史や文化史の面からも、入門編として読んで楽しい一冊。

 

『大東京三十五区 冥都七事件』物集高音

本屋でみかけて、思わず「装丁買い」(なんて言わないか?)しそうになった一冊。 (でも知らない作家だし、安全を期して図書館で借りた)
舞台は昭和7年くらい。明治時代の新聞に載ったおかしな事件や、怪奇な事件を、早稲田の書生阿閉万とその大家、間直瀬玄蕃が解き明かすという、短編集。
大家の老人、間直瀬玄蕃は「安楽椅子探偵」ならぬ「縁側探偵」だそうで、店子に調査をさせて、自分は動かずして謎を解いてしまう。
私はホームズは好きだが、ミステリマニアではないので、あくまで私見だが、
せっかく当時の文体(ただし同じ時期の小説とは異なるので、本当に「当時の文体」なのかは疑わしい気がする)で書いてあり、新聞記事までちゃんと書いてあるのに、トリックそのものがちゃちすぎる気がする。ついでに最後に明かされる「物語通しての謎」も途中でわかってしまうし、さらにいえばこの謎は、別に明かされなくてもよかったと私は思う。
この作家が「大東京」にすごく詳しくて、自然とこういった文体でこういった内容を書いてしまった、というよりは、一生懸命調べて書きました、という感じの「いっぱいいっぱい」さが出ている気がして、イマイチのめり込めなかった。自分自身もこういう題材にものすごく興味があるので、ぜひ頑張って楽しい作品を作ってほしい作家である。

 

『新版 大東京案内』(上・下)今和次郎

以前図書館で復刻版を借り、ずっと手に入れたかった本が文庫になって帰ってきた(ちくま学芸文庫)!
考現学の始祖?である今和次郎による、昭和四年に出された東京のガイドブックである。 銀座・浅草などの盛り場案内、グルメガイド、百貨店ガイド、そして住宅地の特色、市電をはじめとした公共機関、細民の生活、そして忘れてはならない「花柳街ガイド」など、当時の東京の様子が手にとるようにわかる。しかも、当時本の中に印刷されていた広告も図版もそのままなので、例えば
「青山脳病院(院長:斎藤茂吉)」
「お買い物は三越 三越の品はお品が良くて値段が低廉」
など、見るだけでも楽しい。

震災復興後の東京の様子や、モボ・モガ、エログロナンセンスの東京に興味のある方には、必読の書である。

 

『偽書百撰』垣芝折多(かきしば・おれた)著・松山巖編

正体はわからねど博覧強記の作家・垣芝氏が紹介する、明治・大正・昭和の珍書や奇書を集めた本。
なにしろいきなり最初の本が「掃除のすゝめ」。著者は「拭座愉吉」。ん?「ふくざ・ゆきち」?
ご想像通り、これは「学問のすゝめ」のパロディになっている。ちなみに掃除の極意は「壊してしまう」ことだそうだ(!)
他、樋口一葉が小説で描写した料理や好んだ料理を紹介…するが、一葉は貧乏だったため、たいした料理がなく、結果的に「ダイエット本」になっている「一葉の料理」、昭和元年(たった一週間)のドキュメンタリー「昭和初年」など、タイトルだけで読みたくなる本ばかり。著者もバラエティに富んでいて、例えば「犬の眼原理」の著者が「銘験拉史」(読んでみて欲しい。めいけん…らっし?)などなど。
中には、あの名作「金色夜叉」の続編とされる、尾崎新緑(紅葉じゃないぞ!)の「新続続金色夜又」なんていうのもある。どうも終わらないと思ったら…「やしゃ(夜叉)」じゃねえねーか、「よるまた(夜又)」じゃん!

中で一番面白かったのが「捨丸成育につき」(明治18年)。ある若い女性が洞窟で見つけ、密かに養育した「捨丸」なる生物のお話である。その生物は「トカゲの巨大なの」で、「背中に三角のヒレのようなものが並んでいる」…それって恐竜?と、思いきや、女性はそれに「捨丸」と命名。…って、「ステゴザウルス」って知ってるんじゃんか!
ちなみに女性の描いた「捨丸」のスケッチがあるのだが、太陽がバカボンのほっぺみたいなぐるぐるで、地面にはチューリップが咲いている絵。

そろそろ賢明なみなさんはお分かりだろう、この本の趣旨が。ここではあえて暴露しないが、編者のあとがきにて、ちゃんと垣芝氏の正体も明かしてあるのでお楽しみに。

けれども明治の本はちゃんと明治らしく、大正は大正の文体で「原文」が書かれていることに感動した。実際、国会図書館で探すと、おかしなタイトルや内容の本がたくさん見つかる。もしかしてもしかすると、この中の一冊も…

 

Home