ソラリラスのその後――



元歩兵少尉のシローマル・ランゼ氏が失踪したという事件から後に、この国がどのような運命を辿ったのかという事を、
一応国学者としての義務として記しておこうと思い、筆を執っている。


結論からいうと、この国は崩壊した。
いや、今はもう存在しないので「かつてのソラリラスは崩壊した」とするほうが正しい。
崩壊させたのは何か、誰なのか、これから可能な限り、分かりやすく簡明に話をしよう。





崩壊させたもの……これは、ソラリラスが3000年以上もの間ずっと続けてきた非人道的行為による自滅といってもいいだろう。

国体ともいうべき「教会」の手によって行われつづけた、いわゆる「首刈り」「悪霊憑き」に対する薬物を使っての生体操作である。
この実態が全世界に暴露され、人道的見地から凄まじい非難を浴びることとなった。
周囲を山岳に囲まれたソラリラスは、すなわち各国とも隣接していて、元来閉鎖的国家である。
この鎖国的軍事国家をとりかこむ隣国たちが、数千年にわたって非人道行為を続けたソラリラスを解体すべく、連合軍を組んだ。

これに対しソラリラス政府は、軍備を整え迎え撃つ強硬派と、国民の命を第一として戦争を回避しようとする恭順派とにわかれ大議論が行われたらしい。
が、そもそも教会への信仰が人心の核を為していたソラリラスにおいて、その教会の非道が暴かれた今、
全国民に宿る「愛国心」という概念が著しく歪んでいったのは確かである。
民衆の中には教会に向かって投石や火炎瓶を投げつけた者もいたらしい。



「ソラリラス」――これは、古代の母国語で「神」を指す言葉である。
そこに生まれ育った彼らにとっては、国そのものが神であり、信じるべき存在であり、生きる指針でもあり、
自己を確立するための拠り所でもあった。
その「神」が、慈愛を注ぎ守護しているはずの人民を欺き、その事実を隠し続けていた。
これは国民にとって、アイデンティティーの崩壊を招くといっても過言ではない。
哀れにも多くのソラリラス国民は、この教会の内情を世界に暴露され猛烈な非難を浴びると同時に、自分自身をすら見失っていった。

この国に生まれ、育ったことを恥じた。

教会を恨み、政府を恨み、軍部を恨んだ。

国民の心はいっきに「ソラリラス」から離れ、母国を非難しはじめた。それはほとんど反乱に近い勢いを呈してきた。




さて一体誰が「教会の非道」を暴露したのか。
これは私の最もよく知る人物で、世界的に有名な歌手であるディア・モーリスという一人の女性である。
彼女は時期を見計らって、世界各国でソラリラス教会と「首刈り」の存在について、その類まれなる美声とともに語った。

音楽とは恐ろしいもので、1ほどしかない情感を十にも百にも高める効果がある。
が、彼女の悲哀のこもった深い声音は、その効果を千倍にも万倍にも膨れあげさせていった。

「私の親友は首刈りという一族を救うため、教会に毒を盛られながらも一身を犠牲にして戦った。
私は彼女の正しい目を持つ勇気と、命を愛する心に応えたい」

世界は彼女の美声に酔いしれ、彼女の発する言葉に心動かされた。
世界の列強も、実態を直接ソラリラス国に問いただし始める。

政府と教会は無論、当初これを否定した。
ところが、そんな権力者の対応をあざ笑うかのような人物が一人、国内にいた。
若くしてソラリラス国立中央病院の副院長をしていた、ネービィ・コヴァという名の医者兼生物学者である。
彼女は首刈りが去った後、教会が代々用いていたという生体操作の毒薬についてひそかに研究を続けた。
そして、ようやくその生成に成功したのだ。
先刻ディアが「時期を見計らって」と書いたのはこの事である。
二人はお互い遠方にありながら連絡を欠かさず、ディアはネービィが揺るがない事実をその手にするまで、世界に訴えるのを待っていたのだ。

ディアの告発により政府や教会や国民が騒然とする中、彼女はソラリラス国立中央病院副院長の肩書きでもって、
「生体操作可能な毒薬の生成は可能」という事を発表したから大変である。
外圧はますます厳しくなる。教会はますます立場を悪くする。これまで教会の所業には一切立ち入らなかった政府はただうろたえ、
国民は国家への疑心暗鬼に不満をつのらせた。


やがてこの国の司法を握る憲兵団が、事実確認のために動き出した。
これまで治外法権として一度たりとも視察の入らなかった教会内部に、このとき初めて3000年の歴史を破り、捜査が行われた。
教会内部は事実隠蔽のため多くの資料・史料を処分しようと右往左往したが、しかしここにも一人、教会にとっては「裏切り者」が現れた。
ディアやネービィと共に「一身を犠牲にして戦った親友」をもち、その親友の一人娘になる「首刈り」の育ての親ともなった、カルア・オーチである。
彼女は教会の目を盗み、絶対極秘とされた教会の内部に入り込んで憲兵団の調査員を招きいれた。
そこで、いわゆる毒薬が発見された。
憲兵団が持ち帰って薬品検査をすると、驚くことにネービィ女史が生成した毒薬と成分が寸分たがわず一致した。


こうして、真実は全て暴かれた。
3000年の歴史を誇る「神の国」ソラリラスは窮地に陥った。




連合軍は、「教会の即時解体」と「責任追及による首長の処刑」を要求した。
この首長というのは、教会の大司教を勤めていたレヴォフ・エイローラ、ソラリラス国首相イート・ロブ、国防軍令部長アロック・コークの三名である。
司法を握り軍にも所属している憲兵団総司令部は、教会捜査での公正さを認められて粛清からは除外された。

ここで、政府・軍部は前述の「強硬派」と「恭順派」に割れる。
ただし強硬に反対し戦った所で、連合軍の前では多勢に無勢で勝ち目がないのは目に見えている。
兵隊自体の士気も大きく揺らいでいた。
信じてきた国家の非人道性を糾弾され、ここに至っているのだ。ここで国家を守って戦えば、国家の非人道性をも肯定する事になる。
国民を騙してきた教会とその神を、バカ正直に信じ続ける事になる。
愕然というか唖然というか、軍事国家を誇ってきたこの国の軍人・兵隊たちは、もはや為すすべを失っていた。


「いいよ、私の首ひとつでこの国が生まれ変わるなら」
イート首相は軽い口調でこう言って、強硬派の意気を削いだという。
「無駄に戦うよりは建設的だ。向こうは教会の解体と私たちの首さえあれば内政干渉はしないと言ってる。後は若い連中に任せればいい」
「しかし」
と、固い表情で応えるのはイラカ・ダグワス教育総監だった。







「混乱しきったこの国の国民を統括できる人物はあなた以外には居ない」
「お前がやればいいよ」
「私には出来ません」
「どうしてさ、みんなイラカ将軍のこと大好きだよ」
「私も……深く関与しました」
「ん、何に?」
「憲兵団による教会捜査です。私は…知っていた、教会による生体操作の事実を」
「へぇ、初耳だ」
「かつて処刑されたクロック・ランゼ博士をご存知ですか」
「うん、ランゼ少尉の父だ。山賊に地図を横流ししてた」
「彼はランゼ少尉が8歳の時から教会の不正を知っていました。そしてそれを暴こうとした」
「……それ本当?」
「それを、当時トール大学の助教授をしていたレド・オーラン氏によって説得され、断念したそうです」
「ふうん……」
「その時の、クロック博士の原稿が私の手元にある」
「……」
「私はいつか、この時が来るのを覚悟していた」
「イラカ」
「はい」
「お前のいうこの時とは、何の時だ」
「……」
「私や大司教や軍令部長が断罪されて死ぬ時か」
「いいえ」
「イラカ!」
「連合軍には私が説得します。この国にはあなたが必要だ」
「冷静になれイラカ!お前には…」
「あなたには全国民の……行き場を失った国民の魂がゆだねられています」
「許さんぞ、俺は断じて許さん!」
「私はソラリラスを守るために戦ってきた軍人です」
「絶対、絶対許さんからな!」
「ソラリラスという国が崩壊するなら、それに殉ずるのが軍人の本分である」
「イラカ!!」







期限の日時に、三名の生首が揃えられた。
大司教、軍令部長、教育総監――
「違約だ」と連合軍の一部で問題視されたが、天下に名を馳せた軍人でもあり、今後の内政も考慮されて「首のすげ替え」は承認された。
なお当日、教育総監の自宅において、短剣で胸を刺して失血死しているシーナ・ダグワス夫人の遺体が発見された。
彼女からは、主のそれと同じ香水の匂いが漂っていたという。
彼らには一人息子がいる事を知っていた連合軍の軍人が必死に捜索したが、結局は見つからなかった。
今でもその一人息子の行方は不明である。


解体を命令された教会では、内部告発をしたシスター・カルアが、憲兵団によるガサ入れの直後に教会内で粛清された。
分かりやすく言えば暗殺である。
彼女の友人でもあり今回の事件の発端ともなったディア、ネービィの両氏が、
暴露の後は即刻教会を抜け出して逃げるよう説得を重ねたが彼女は一切それを断ったという。

ただ一言、
「私はシスターです。教会の鐘の音とともに生き、一命をささげて神に奉仕するのが私の使命です」
そう言ったという。

彼女の遺体は連合軍により発見され、婚約者だったという男の墓へと葬られ、丁重に扱われた。





かくして、3000年続いた「神の国」ソラリラスは崩壊した。
国名も「人を愛する」という意味の「ラカラ」と改名された。
動揺と混乱を極めた国民は、太陽を自称する首相の健在と、その的確で前向きな指導により案外早く安定しはじめた。









ああ、疲れた。
そろそろ私も筆をおこう。なにやら、いつもこんな役回りをさせられている気がする。
これほどの努力をして、ディアから「腐儒」呼ばわりされるのだから、たまったものではない。
私もこの件に深く関わった者として、新しく生まれ変わったこの国の行く末を見るべき立場ではあろうが、今回ばかりは少々体に堪えた。
どこか南のほうの暖かい長閑な国で余生を過ごそうと思っている。

海の見える、ひらけた国が望ましい。




筆:レド・オーラン