ソウル3泊4日の旅 2/11 2/12 2/13 2/14
2003年2月11日(火)
朝飯を家で食べ、寺田と10:25新宿で待ち合わせ。成田エクスプレスに乗るが、指定席を取れず、立席特急券で成田空港第2ビルで下車。早くも疲労がたまる。
昼食でミックスグリルを食べるが、いきなり頑張り過ぎてしまい胃がもたれる。保険加入手続きなどを済ませ、ミネラルウォーターとカメラを買って飛行機に乗る。たかだか1時間半の移動にもかかわらず機内食が出されるが、腹がいっぱいで食えない&まずい。ケーキを食べてオレンジジュースを飲んだが、残りはほとんど残す。その後は仁川国際空港に着くまで寝てしまった。
仁川国際空港についてTRYツアーのおばさんの所に行くが、同行するはずの他の客がいつまでたっても来なかったため、1時間30分もロスしてしまった。おかげで買物する時間がなくなり、変な買物をしなくて済んだのだが、90分も無駄に待たされたのはだるかった。
ガイドのおばさん(朴さん)の詳しい説明を聞き、その後いったん荷物を置いて再びバスで東大門(トンデムン)へ。そこで日本語表示のある焼肉屋へ入るが、この時はまだこの店の恐ろしさに気づくはずもなかった。カルビを2人前、豚カルビ2人前、プルコギを頼んだところで店員(英語も日本語も通じない)がさらに2,3品勧めてきた。いくつかは断ったが、さすがに足りないのかと思い、松浦がユッケを注文。まんまと敵の罠にはまってしまった。15分後、次々と並べられる料理を前に、明らかに頼みすぎたことを悟ったが、時すでに遅し。キムチが辛すぎる。そして会計の際には何と10万1千ウォン(約1万1千円)。3人分とはいえこの値段は日本と全然変わらず、韓国らしい割安感が全く感じられなかった。この原因は最後に頼んだユッケが1人前だけで4万ウォンもしたこと。これさえ頼まなければまだマシだったのだが、メニューに値段が書かれていなかったばっかりに見事にやられてしまった。これからは値段が明記されていない店に入るのは控えよう。
なくなく10万1千ウォンを支払って店を出た後、Milioreで7000ウォンのネクタイを購入した。非常に安い。さらに通り道の屋台の食べ物も安そうだ。しかし腹いっぱいなので断念し、明日に回すことに。その後、東大門の前で警備でもしていたと思われる警官に声をかけ、写真を撮ってもらった。中々新鮮な体験だった。
帰りは地下鉄で。駅名はハングル文字の他、番号表示もされており、駅名が良く分からない外国人には非常に親切だと思った。さらに料金は600ウォン。20分も乗っていたのに約60円で行けるとは・・・。安いことこの上ない。
ホテルに着く前にセブンイレブンで旅行用シャンプー・リンス・石鹸を買う(ホテルにあるだろうと思っていたが、どうやらないらしかった)。ホテルでコンタクトをはずし(今日は長くコンタクトをつけすぎた)風呂に入って寝る。
ホテルの部屋はもともと二人部屋のところに簡易ベッドを1台置いて3人部屋にしているようだ。明らかに真ん中のベッドだけ小さく、体が休まりそうもない。このホテルに3泊するということで、3人それぞれ簡易ベッドで1泊するということに落ち着いた。初日簡易ベッドとなった松浦は「ベッドが狭い、自分の体よりベッドが小さいとはどういうことだ?ありえん!!」とぼやきを連発する。明日は我が身なれど、今日は他人事。おかしくておかしくて笑いが止まらない(笑)。普段なら消灯後1分で眠り始める寺田も、さすがに笑いをこらえ切れなかったようで、20分くらい簡易ベッドの話で盛り上がる。やはり友人といく旅行は消灯後のトークがなくてはいけない。最終泊に簡易ベッドで寝ることになる寺田に一抹の不安を感じつつ眠りに就く。
2003年2月12日(水)
今朝は8時におきて鮑がゆ朝食をとる。キムチ・カクテキ・イカキムチ・タコキムチ・韓国海苔などの具を入れて食べるのだが、これが非常に美味しい。あまりに美味しかったので自分だけおかわりをした。
朝食の後、南大門(ナンデムン)へ。アン・ジョンファンのTシャツを眺めていたら店員にうまく誘導され1万ウォンで買わされてしまった。これからは買物にも十分気をつけよう。
しばらく南大門市場を歩いたが、Tシャツの他は何も買わずに終わった。しかし眺めているだけでも結構面白い。ここから明洞(ミョンドン)へ行く途中、屋台のトッポギを食べる。予想外に辛く、一緒に出されたおでんのおつゆもうまく飲めない。しかし料金は2000ウォンと安い。最初に中国人のふりをしたのが功を奏したか。正直に日本人と答えていたら値段が変わっていたのだろうか。
明洞へ移動し、明洞ギョージャでカルックスと蒸し餃子を食べる。1人前6700ウォンとこれまた安い。しかし量が多く、またも食べすぎてしまった。
少し休んでから歩行者天国周辺を歩く。その近辺でシルクのネクタイを1万ウォンで購入する。昨日のネクタイよりも良さそうな感じだ。
鍾路(チョンノ)へ移動する途中、大きな本屋があったので立ち寄る。『名探偵コナン』をはじめ、日本の漫画がハングル文字版で売られている。日本と同じような本が多く、単にハングル文字に直しただけのものが目にとまる。ハングル語に直さず日本語のままハングル文字で書かれていたことが非常に印象的だった。まぁそもそも日本語とハングル語で同じ発音になる言葉はいくつもあるので、ありえないことではないが、それにしても全く同じ言葉が多かったのは意外だった。あと、英英辞典は何もかも日本のものと同じであった(これも当然ではあるが)。
鍾路周辺をひたすら探索する。色々なお土産店に入るが、結局買ったのは高麗人参ゼリーだけ。日本語で店員が話しかけてきたが、わざと苦手な英語だけで会話を押し通す。相手も英語は苦手だったようで、下手な英語は聞き取りやすかった。日本語で話さなかったのは、日本人であることを店員に悟られないためであったが、値段の交渉もうまくいき、6000ウォンで購入。まぁまぁといったところだろう。
歩きつかれたのでダンキンドーナツで休むことに。しばらくして再びお土産屋めぐりをした。鍾路周辺のお土産屋は全体的に安さを感じさせない。その後ミュージックランドなる音楽CDショップに入るが、ここにCD・DVDは日本よりもやや安そうである。日本の映画などはほとんどなかったが、踊る大捜査線のDVDがあったのには驚いた。
そうそう、昼飯が多かったにもかかわらず、松浦はたい焼き・ホットック(黒砂糖の揚げパン)を途中で平らげていた。相変わらず松浦は良く食べる。あれで体型が太らないのが不思議でならない。
その後韓国版のユニクロに入るが、ここは日本よりも若干高めで買う気がしなかった。
さて、いよいよ夕飯。かねてから期待のタッカルビ(鶏カルビ)を春川という店で食べたがこれが非常に美味しい。が辛くて量も多い。またも食べすぎとなる。
さすがに疲れてホテルに戻り、3人で酒を飲みながら政治・経済・その他色々な議論が交わされたが、ほとんど水掛け論に終わった。酒が回っている割には意外と今日1日を覚えているようで、まだまだ記憶力が衰えきってはいないことを再確認し、眠りに就くことにした。今日は簡易ベッドの日。明日の朝までに疲れが取れるか不安である・・・。
昨夜は簡易ベッドで寝たが、初日の松浦の苦しみが身にしみてよく分かった。自分の体がベッドからはみ出るので、落ち着かない上に、掛け布団が異様に重く、「ほんとに掛け布団なの?敷布団じゃない?」と言いたくなるような重圧を受けながら寝たので、体がどことなく痛い。しかし逆に身動きが取れなかったこともあって途中で起きることもなくぐっすり眠れた。
今朝は松の実がゆを食べたが、昨日の鮑がゆとの違いは分からない。とにかく美味しかったので今日も自分だけおかわりをした。その後ここのレストランの店員の学生(23歳の女性)からバレンタインチョコと高麗人参ガムをもらったが、高麗人参ガムはすさまじい香り・味だったので、あわててチョコでお口直しをした。高麗人参は体に良いと言われるが、独特の香りがするので、苦手な人も多いと聞く。自分も苦手意識を持つことに・・・。
10時半からは昌徳宮で日本語の説明をガイドさんから聞く。外見からは想像できないほど中が広く、歩くこと90分。2.5kmも歩いてやっと見終えることができた。王朝の文化・王の生活は日本の権力者達と比べると、それほど贅沢ではなさそうな印象を受けた。また使用人の部屋は恐ろしいく狭かった(天井が1メートルあるかないかくらい。部屋の中で立ち上がれない)。
昼食は市庁の全州(チョンジュ)中央会館で石焼ビビンパブ(8000ウォン)を食べる。結構辛かったが、本場だけあって非常に美味しかった。量も多すぎず丁度良かった。食べ終わったところで店員が「ちょっと足りなかったんじゃない?大丈夫?」と聞いてきたこと、昨日の料理などを踏まえると、韓国人は総じてよく食べる人が多いようだ。
昼食の後は梨泰院(イテウォン)でショッピング。といっても買ったのはBoAのカセットテープ1本だけなのだが。途中夫婦茶碗を「親への土産に買っていたらどうだ?」と誘われるが、そのおばあさんの説明がどうもうさんくさく、冷静に買わずに店を出た。
歩き疲れたので、ケンタッキーで一休み。そして次は韓国村へ。忠武路駅で降りてすぐの所なので迷わないはずだったが、手前に「韓国ハウス」という似たような名前の所に入りそうになる。その脇道を入ったところが韓国村。ここも結構広く、歩いているうちに自分がどこを歩いているのか分からなくなった。歩き続けてやっと出口に着いたと思ったら、そこは韓国ハウス。どうやら韓国村と韓国ハウスはつながっていたらしい。
夕方6時から焼肉と決めていたので、それまでマックで一休みする。メニューの名前は日本とほとんど同じだが、値段は日本のほうが安い。日本のデフレ状況を改めて認識させられた。
いよいよ待望の焼肉。一昨日はありえない店で失敗したので、今日はソッチョコルというガイドブックに載っている店に。値段も明記されており、無難で分かりやすい。カルビ2人前・ハラミ1人前とライス3つで24000ウォン。一人800円程度と非常に優秀。一昨日とはえらい違いだ。
夕飯後は南大門市場に再び行くことに。一昨日10000ウォンで買わされたアン・ジョンファンのTシャツを松浦・寺田は値切りに値切って6000ウォンで買っていた。それから韓国海苔の大量18パック詰め合わせを14000ウォンで購入し、6パックずつ分ける。さすがに3泊目ということで買物も慣れてきて、提示された金額をそのまま支払うことはしなくなった。売り手は日本人の足元を見て高い値段をふっかけてきているのだから、こちらも相当の対応をしないと損をする。「〜ウォン以下でないと買わない」くらいの強気の姿勢が必要で、今日は比較的安い買物ができただろう。
ホテルに帰ったら一気に疲れが出たのか、3人ともあっという間に寝てしまった。案の定、寺田は消灯後1分足らずで眠っていたようだ。いつもなら「先に寝られた」と気になって、その後2時間くらい眠れないのが自分のパターンであるが、今日はよっぽど疲れていたのだろう。
2003年2月14日(金)
今日は日本に帰る日。たった3泊4日でも色々なことを学べたように思う。今振り返っても初日はありえなかった。そう思えるだけでも少しは成長したのだろう。
今朝は集合が7:40と早いため、7:00にはレストランに降りてきたが、まだやっていなかった。それで朝食は近くのセブンイレブンの手巻き寿司に。松浦・寺田はカップラーメンをすすっていた。特に変わったものではなく、ただ辛いラーメンなだけらしい。自分の手巻き寿司は、ハングル文字の説明の意味が分からず(音として読めるだけでなく、意味が分かるようもう少し勉強しておくんだったと反省)、開け方に失敗するが、キムチ・きゅうり・プルコギの入った手巻き寿司と、ツナの手巻き寿司は中々の味だった。
ガイドの朴さんが迎えに来てくれ、バスで仁川国際空港近くのキムチ専門店へ。そこでとうもろこしのお茶と色々なキムチを試食し、「キムチの王様」なるもの500gを15000ウォンで購入した。中に色々な具(タコ・イカなど海鮮もの)が入っていて、1ヶ月以上もつらしい。
その後は、空港へ移動し、朴さんに挨拶してお別れをする。お土産屋でオレンジチョコレートを5$で購入し、ウォンを円に両替した。余った小銭ウォンでミネラルウォーターでも買おうかと売店でミネラルウォーターを探し回るが、2000ウォンと非常に高いので、買わずに余った硬貨は記念に取っておくことにした。
機内食は和食と韓国料理のセットのようなものが出され、まぁまぁ美味しかった。
卒業旅行にしては3泊4日と短かったが、この3泊4日はかなり充実した旅行だったように思う。3泊4日往復航空券がついて29800円は格安だった。下手に国内旅行するよりもよっぽど安い。時代は変わったなとしみじみ思った。機会があれば何度でも韓国は行ってみたいと思う。
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