命名の秘密      


    みーちゃんの名前を考え始めたのは去年の秋の終わり頃からや。でも、まだ産まれるまでに時間が、わりと有ると思うと、そう真剣になかなか考えられへんもんや。思いつきでは色々と浮かぶ。たとえば俺が覚子に提案したのは、「なあ、男の子やったらな、俺の字(洋文)をとって「洋之慎」(ひろのしん)とか「文之介」(ふみのすけ)なんかどうやろう。女の子やったら「姫子」っていうのもええな。みんなから、ひめって呼ばれるで。」この意見はすぐに却下されてしまってん。覚子によると、男の子の名前は時代劇ぽっくていやならしいい、「姫子」は、おはよう姫子みたいでいやや。ねんて。
こんな風に真剣に考えられへんかったけど、去年の冬くらいから、割と真剣に考えるようになってねん。
二人とも覚子のお腹の赤ちゃんを「みーちゃん」って呼んでだから、できれば「み」から始まる名前がええな。ってことで意見が一致してん。でも、この「み」から始まる名前がなかなか頭に思い浮かばへん。名前が思い浮かばへんねんやったら、字から探そうってことになったんやけど、これも漠然とやったら、なかなか探されへん。それで、俺の名前に「さんずいへん」がついてるので、「さんずいへん」で「み」から始まる漢字を漢和辞典を使って探してん。
「この字、いいんちゃう。澪標(みおつくし)の澪っていう字。」っ俺が言うと、覚子も「うーん、いい字やな。」
「澪標とは河川や運河を航行する船の為の道標(みちしるべ)のようなもんや。世の中の澪標になれるような人間に、成長してくれるやろ。それにな、大阪は、みおつくしとは切っても切られへんねんで。大阪市のマークも「みおつくし」っていうからな。これは百人一首からとったって学校で習ったで。覚子は兵庫県出身やから、知らんかもしれへんな。」
「百人一首で大阪の歌? ひょっとして、「知るも知らぬも 逢坂の関」っていうやつ?」って覚子が言った。
「それは蝉丸やろ、たしかに大阪を歌ってるかもしれへんけど、おおぼけやな。」 覚子にそう言ったものの、どんな歌やったか思いでされへん。蝉丸じゃないことだけわかってる。そこで、学生時代に使ってた国語便覧を引っぱり出してきて調べた。
「あった、あった、これや「わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしては 逢はむとぞ思ふ」どやええやろ。百人一首から名前の文字を探すなんて、ちょっとかっこええやん。」

歌の意味はちょっと不倫っぽいけど、そんなんどうでもええねん。ようするに字の意味と、百人一首からの、大阪とのつながりや。
「みお」は決まった。「ひろふみ」の「み」、「おうぎや」の「お」、のこりは「さとこ」の読みを一字いれることにしてん。男の子か女の子かわからへんかったし、「みおと」やったら字次第でどっちでもいけそうやった。ちなみにこの時、出た名前として、男の子やったら「澪人」「澪斗」「澪登」などで、女の子やったら「澪音」「澪乙」「澪都」などや。でも最終的に残ったんは、「澪人」と「澪音」やってん。「澪音」は字もなかなかよくって、川の流れの音の様にさわやかに成長してくれる願いをこめたんや。澪音よ名前負けすんなよ。
   


 
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