★SATOのCGに歴史あり?★


2000年4月29日

今回はSATOのCG遍歴のお話です。

 SATOが今のようにスキャナタブレットを使ってCGを描き始めたのはおよそ3年半前のこと。しかし、正確に言うとそれが初CGではなかったりする。・・・いや、どこまでをCGと言うのかにもよるけど。(・・・今描いてるヤツも厳密にはCGと言うのかどうか怪しいが)

 私の記憶が確かならば、初めて"コンピュータでお絵描き"したのは高校1年の時(いや・・・2年だったかも)授業中、学校のMacで 「マックペイント」なるソフトを使ってマウスで描いた『へべ』(笑)
 知ってる?『へべれけ』。いまや伝説となったあの「ファミマガ」で連載していた4コママンガ。ゲームにもなったんだゾ。へべの必殺技は頭を飛ばす"くびちょんぱあたーっく"(笑) ・・・あ、話がずれてしまった(笑) 閑話休題。

 そう。高校は情報コースに通ってたので、学校にMac(当時はまだン十万もしてた)とPC98があったのだ。んで、授業中の余った時間にマウスでうりうりと・・・。その当時Macはまだ画面が白黒だったので(先生のMacはカラーだったけど) トーンを変えて描いてたっけ・・・。でも、プリンタはレーザーだったから、印刷は黒がくっきりキレイで感動したもんだ(しかし、絵が『へべ』・・・)

 次にやったのは、アレです。「マリオペイント」(笑) あれは「マック〜」とはほぼ同じ時期・・・だったかな?高校時代なのは確か。
 付属のマウスを駆使して描いたのが『血管を流れる赤血球』!!(爆笑) BGMには"宇宙の旅"っぽい曲をチョイス。気分は『驚異の小宇宙・人体』(いや、マジで) 友人に「SATOらしい」と言われた(笑) あと、『地球』を描いた(これもまた"SATOらしい"と言えよう)

 そして、専門学生時代、同級生に無理言ってコピーしてもらった「マルチペイント」。これは、「知る人ぞ知る」と言ったところでしょうか。この時もまだマウス描きで、ここでかなりマウス画が上達したのではと思われる。ここだけの話、「ニュートの冒険」のSTORY"英雄アンフィビオの物語"の挿絵はほぼ全てがマウス画なんですヨ。

 描いたのはまあ、『キャラ絵』が多くてオリジナルファンタジーとか版権物(FF6、KOF、etc...) あとは、アルミ製かステンレス製かと思ってしまうような金属光沢を持つ『紙ヒコーキ』(笑) タイトルはなぜか「空」・・・。これらの絵は以前使っていたDOSパソコンが昇天してしまった時に、一緒にお亡くなりに・・・(泣) 一応、FDにはとってあるけど、なにせ再生できるパソコンがないもので・・・。高校時代に作ったゲーム(3D迷路ものなんだよ)もできないしさ。ちえっちえっ。

 そして、2台目のパソコンを購入。念願のスキャナタブレット、カラープリンタを接続。父親が勤める会社で使われていたソフト「PicturePublisher Ver.5(6かも)」をインストール。父親の部下の方いわく「WIN95環境下で最も優れているグラフックツール」だそうで「え?そりゃPhotoshopだろう」と思いつつ・・・。優れているのかどうかは解らないけど、確かに使いやすかった。「機能もこれだけあれば十分」てなわけで以来ずーっと「PP」。PPを使った初CGは『97年の年賀状』。そのうちHP上に登場するでしょう。

 でも・・・実は二度の「Windows95再インストール」(つまりHDフォーマット)で消えたCGも数点あったり・・・(泣) 一度目の時はバックアップのためにMOを取り付けてる最中だった・・・合掌。
 二度目の際、この機会にと「PicturePublisher Ver.8」を購入。

そして現在に至る・・・と。

 他の描画ツールも使ったりしたけど、特筆するほどでもないので割愛。歴史と言えるかはともかく、これがSATOのCG遍歴です。
 どうでしたか?え?時間のムダだった?そんなあ。  <終わり>

再編集に際して一言(2003年1月):
 こんな話をわざわざ公共のネット上に載せなくとも…とは思いますが、まあ、「こんだけ長い年月CGをやっていてもこの程度の人間もいるんだ」とCG描きの方々に自信を持ってもらう、という意味では価値もあるかと(笑) ちなみに最近はタブレットペンで直描きが多いです。スキャナを使うためには弟をパソコンの前からどかさなければいけないので、自分の部屋に常駐(弟のなのに…)しているノートPCのタブレットが大活躍(苦笑)してるわけです。
あ、そうそう。『97年の年賀状』はたぶん登場しませんので(苦笑)

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