クリスマス特別企画
…マッチ売りの悟浄…




 吐く息も凍る年の暮れ。
 既に辺りは薄暗く、道行く人々はコートの襟を掻き合わせ、足早に家路を辿ります。
 性別も年齢も格好も、全てバラバラな人達。でも、思う事は暖かい家と、家族の事ばかり。
 一刻も早く家に帰りたい思いが、彼等の足を更に速めます。
 何故なら今日は、クリスマス・イブ。
 どんなワーカホリックでも、この日ばかりは家族と聖夜を祝うのです。
「マッチ・・・マッチは要りませんか?」
 しかしどんな時でも例外はいるものです。
「マッチ・・・マッチは・・・・・・」
 この寒空の下、街頭で健気にマッチを売る少女が・・・
「だ〜っ!!こんなことやってられっか!!」
 少女が・・・・・・
「大体、この御時世にマッチなんぞ使うやつがいるかっての!ゑっちぃ広告の入ったティッシュ配りの方がまだ儲かるってもんだ」
 ふぅ・・・。
「・・・おい、なに溜息なんか吐いてんだよ」
 自分の発言も省みず、悟浄さんがマッチの沢山入った籠を手に、こちらを睨んでいます。
「なんだよ、それ」
 だって、時代考証とか考えてくださいな。ガスがやっと復旧してきたとは言え、この時代の主な暖房器具は暖炉なんですよ?だからこそマッチが売れるというものではないですか。なのに、言うに事欠いて『テ○クラティッシュ』とは・・・嘆かわしい。
「だれもそこまでは言ってねぇだろ」
 同じことです。大体、貴男という人はさっきからまだ1個も売ってないじゃないですか。
「だ〜か〜〜ら、今時マッチなんて買うヤツ・・・」
 買わせるのがあなたの仕事でしょ!
「・・・・・・・・・」
 睨んでも無駄ですよ。
「いや、なんで俺はマッチなんか売ってんのかと思って・・・」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・愚問ですね。
「知ってるのか?」
 ふっ・・・仕方がありませんね。それならば教えて差し上げましょう!それは・・・。
「それは?」
 クリスマスだからです!
 あ、悟浄さん?そんなところで寝ると、風邪を引きますよ?
 とりあえず、さっさとその籠いっぱいのマッチを売らないと、親方にセクハラされてしまいます。
「・・・『折檻』じゃなくって?いや、それも十分イヤだけどさぁ」
 いいえ『セクハラ』です。なにしろ親方はあの!観世音菩薩様ですから。
「納得・・・」
 では、気を取り直して。
 悟浄は寒さに震えながら、道行く人々にマッチを差し出します。
「マッチは要りませんか・・・?」
 しかし皆、悟浄の声に耳を傾けることなく、足早にその場を過ぎ去って行ってしまいます。
「マッチ・・・」
はぁ・・・
 悟浄は真赤になってしまった手に息を吹きかけ、そっと両手を握り込みました。
「寒・・・」
 冷たい風は容赦なく悟浄の身体から体温を奪っていきます。
「うぅ・・・このままじゃマジに凍死しちまうよなぁ。・・・あ!そうだ♪」
 手元には沢山のマッチがあります。火を点ければ、ほんの少しでも暖まる事が出来るでしょう。勿論、商品であるマッチを使えば親方(菩薩)には怒られるのですが、今は自分の身体の方が大切です。
 悟浄はマッチを一本取り出すと、身体で風を防ぎながらマッチを擦りました。
 ポ・・・という微かな音と共に、明るい炎が悟浄の頬を照らします。僅かな温もりに、悟浄は詰めていた息をゆっくりと吐き出しました。
「ふぅ・・・・・・・・・ん?」
 すると、炎の中に何やら不思議な影が見えます。目を凝らすと、それは次第にはっきりとし、人の形になりました。
「よう」
「・・・・・・三蔵?」
 炎の中から現れたのは、三蔵さんでした。三蔵さんは袂から煙草を取り出すと、ちらりと悟浄の方を見ました。
「火、貰うからな」
 悟浄が返事をする暇もなく、三蔵は自分の煙草にマッチから火を移すと、満足そうに紫煙を吐き出し、そのままマッチの炎と共に消えてしまいました。
「な・・・何だったんだ?」
 悟浄は呆然とマッチの燃え滓を見詰めました。
「寒さの見せた幻覚か?」
 いくら問うても答えが返ろう筈もありません。
 悟浄は不可思議な表情を作りながらも、やっぱり寒さには逆らえず、再びマッチを取り出します。
シュポ・・・
 今度は先程よりもほんの少し、大き目の炎が辺りを照らし・・・
「こ〜んば〜んはっ!僕の研究室によおこそ、うさぎちゃん♪」
バンッ!ガッ!!ザザザッ!!
 ・・・何もそこまで力入れて踏み消さなくても・・・。
「うるせぇっ!俺は今、真っ剣に身の危険を感じたぞ!!」
 まぁ、相手はニィ博士ですからねぇ。うっかり引き摺りこまれたら、愉しい実験が待ち構えている事は必至でしょう。
「だ〜〜〜っ!一体このマッチは何だってんだ!変な薬でも混ざってんじゃねぇだろうな」
 悟浄はガシガシとマッチの残骸を踏み躙りながら叫びます。
 随分とエキサイトしたせいで、暖まったみたいですね♪
「てめぇ・・・」
「おや、悟浄じゃないですか」
 ナイスタイミング・・・。悟浄に声を掛けたのは、孤児院からの幼馴染みの八戒でした。
「どうしたんですか、こんなところで?」
 八戒は自分のマフラーを外し、悟浄の首に掛けながら言いました。その暖かさに、悟浄の気持ちも少しだけ和らぎます。
「ん〜、マッチ売り」
 悟浄は複雑な表情で答えます。何しろ本気でマッチを売っているわけでもなく、また売れてもいないのですから。更に言うと、何故自分がマッチを売らなければならないのかも判っていません。
「マッチ売り・・・ですか?」
「そうらしい。」
 すごく真面目な顔で答える悟浄に、八戒も困惑顔になります。
「それって・・・アレと同種の職業・・・ってことですか?」
「へ?」
 八戒が指差す方向には、やはり悟浄と同じように街角に立つ人影があります。どうやらその人物は花の入った籠を手に掛けているようです。
「おい・・・アレってば・・・」
 どうやら春を売る人のようですねぇ。あら、よく見ればあちらこちらに・・・。
「この辺、結構多いんですよね」
 さらっと、八戒は言いますが、悟浄にとっては初耳です。
 一瞬にして頭の中が真っ白になり、言葉が出てきません。
「・・・・・・・・・っっの」
「悟浄?」
「ばばぁ〜〜〜〜!」
 やっと怒りが口元まで上って来たようですね。
「俺に春を鬻げってのか?!こんな寒い中、売れもしねぇマッチ売らせるなんざ、変だと思ったんだ!大体そのマッチだって、けったいな代物だしよ!」
「・・・どういう事なんですか?」
 あまりの剣幕に、八戒さんも少々腰が引けてます。
 いえね、寒さを凌ごうとマッチを擦ったら、幻覚が見えたらしいですよ?
「てめぇっ!」
 はいっ!
「知ってたんだろ!」
 勿論でしょ?!だって、私はナレーターですよ?いわばこの世界の管理人〜♪
「ブッッコロス!」
「まぁまぁ」
 あわや激情のままに犯罪に手を染めようとした悟浄を、八戒が苦笑しながら宥めます。
「この人(?)を殺したところで、何が解決するわけでもないですし」
 あ、ひど・・・・・・。
「どうせなら、もう少し建設的な方向で物事を考えましょう?」
 八戒はにっこり笑うと悟浄の冷えた右手を掬い上げ、自分の手袋をそっとはめました。
「建設的?」
「はい。とりあえず、僕の家に来るっていうのはどうでしょう?」
「お前の家に?」
 悟浄は小首を傾げながら問い返します。その様子はあまりにも可愛らしく、八戒は微笑を浮かべながら頷きました。
「えぇ。僕の家なら寒さも凌げますし、クリスマスの御馳走も用意してありますよ。少なくとも、こんな街頭にいるよりは、よっぽど有意義だとは思うのですが・・・」
「それも・・・そうかな」
 とりあえずこの寒さから開放されるのなら・・・と、ちょっと思考が鈍っている悟浄は安易に納得しようとしています。
 でも、そのマッチはどうするんですか?親方、怒りますよ?
「あ〜、やっぱ、拙いか」
「放っておきなさい」
 ほんの少しの理性を取り戻しそうになった悟浄の言葉を、一刀の下に切り捨てましたね。
「悟浄にこんな事をさせようとするなんて、万死に値しますけどね・・・まぁ、マッチなら僕が全て買い取ってあげますよ」
 ニヤリ、と嘲いを作って八戒は悟浄を抱き寄せ・・・
「悟浄ごと、ね」
 じ・・・人身売買・・・。
「人聞きの悪い事を言わないで下さいよ。僕はあくまでも悟浄の為を思っているんですから」
 結局やっていることは一緒じゃないですか。大体、買い取る事によって貴方の個人所有物となった悟浄さんを、どうなさるおつもりで?
「そりゃぁもう♪・・・って、何を言わせるんですか。まぁ、やることはやるでしょうけどね」
 やっぱり・・・
「あのお・・・俺の人権って一体・・・」
 なんだか性格にブラック(笑)が入ってしまった八戒の様子に、悟浄は恐る恐る声を掛けます。
 って、貴方の人権なんて、あの菩薩様に引き取られた時点で無いも同然な気がするんですけど・・・。
「余計な事を言わないで下さい。―――悟浄」
 先程とはうってかわった優しい笑顔で八戒は悟浄に向き直りました。
「貴方さえ良ければ、これからずっと、僕と暮らしてくれませんか?それとも・・・」
 八戒はほんの少し、寂しそうな目で悟浄を見詰めます。
「僕と一緒にいるのは、イヤですか?」
「いや!そんなことないぞ!!うん、全然っ!」
「じゃぁ、僕と一緒に来てくれますね」
 幸せそうに微笑んだ八戒に、悟浄は勢いよく首を縦に振り続けます。
 何しろ悟浄は、八戒のこの『寂しそうな目』と『幸せそうな笑顔』に無茶苦茶弱いのです。
 そして八戒はそのことを、よ〜っく、知ってます。もう、計算高いと言うか確信犯と言うか・・・
「あまり煩いと、永久に静かにさせて差し上げますよ?」
 春の日溜りの様ににっこりと笑いながらこういうことを仰る八戒さんって・・・いや、滅殺されても怖いので黙っておきましょう。
「では、行きましょうか」
 八戒は悟浄の左手を握ると、自分のコートのポケットに入れてしまいます。
 悟浄はあまりの恥ずかしさに下を向いてしまいましたが、結局その手を離そうとはしませんでした。
 繋いだ手は暖かく、そしてその暖かさが心の中まで満たしてくれる気がしたからです。
 ふわりとした優しい気持ちでいっぱいになっていく自分に気がついた悟浄は小さな笑みを零すと、八戒の手を引いて彼の足を止めさせました。
「どうしました?」
 不思議そうにこちらを見る八戒に極上の微笑を投げかけると、悟浄は1歩だけ八戒に近づきます。
 街を彩る電飾で作り出された二人のシルエットが、一瞬だけ重なり・・・
「Merry Christmas」
「・・・最高のクリスマスプレゼントですね」
 そして二人は再び歩き出しました。
 聖なる夜に、共に在ることを喜びながら。


―――聖しこの夜、愛しい人に幸いあれ



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