― SWEET SWEET,ICE CANDY ―




「だ〜〜、あちぃ・・・・」
 心底ダルそうに悟浄はぼやいた。
 空を見上げれば、これ以上はないって位の上天気。
 太陽は燦燦と降り注ぎ、地上を焦付かせかねない勢いだ。
 桃源郷には珍しい、かんっぺきな、真夏日であった。
「あ〜、こんなことなら八戒について買い物に行けば良かったか…」
 なぁ、ジープ。そう呟いて傍らに視線を向ければ、これまたダルそうにジープが細い首を持ち上げた。
 この暑さの為に流石のジープもオーバーヒートを起こし、一行は停滞を余儀なくされたのだった。
 幸いにして近くに村があったために、悟浄を残した面々は買出しに出掛けてしまった。
 何故悟浄がこんなところでジープと仲良くお留守番をしているのかと言うと・・・単に暑気当たりで動けなかったからだ。
「もう少し日が落ちたら、一緒に水浴びでもするかぁ?」
 眼下には、この時期には珍しく澄んだ川が『泳いでください』と言わんばかりに広がっている。
 せめて、気温があと3度くらい下がってくれれば・・・
 そんな埒もないことを考えながら、悟浄は地面に寝転んだ。


「悟浄」
「ひゃぁっ!」
 急に首筋に感じた鋭い冷気に、悟浄はらしくもない叫び声をあげて飛び起きた。
 ばくばくする心臓を押さえながら振り向けば、苦笑を浮かべた八戒と目が合う。
「お待たせしてすみませんでした」
「八戒かよぉ・・・・」
 先程何かが触れた首筋を撫でながらそう言えば、八戒が目の前に細長いビニール袋を差し出した。
「お土産です。急がないと、溶けちゃうもので」
「なに?」
 もしかして先程押し付けられたのはこれか?と、訝しげに手を差し出せば、案の定、冷やりとした空気が掌に流れる。
「珍しいでしょ。氷菓子ですよ」
 辺境において、氷は保存どころか製造する手段もないところが多く、大概は貴重品である。
 ましてや氷菓子となっては、都の方で僅かに売られているくらいだ。
 それが、どうしてこんな辺鄙な村に・・・?
 そう考えた悟浄の思考を呼んだように、八戒がこの村に洞穴があることを教えてくれた。
 どうやら氷室代わりになるそこで、この村の人々は氷を工面しているらしい。
「悟空にせがまれまして。でも、これで少しは涼しくなるでしょ?」
 八戒はにっこり笑いながら悟浄の手に、氷菓子の棒を握らせた。
「さんきゅ」
 素直に受け取りビニールを剥すと、辺りに甘い匂いが広がる。
「なんか・・・随分と甘そうだなぁ」
 ほんのりと薄青色の氷菓子を見やれば、青りんご味だそうですよ、との言葉が返ってきた。
「ふ〜ん・・・・・・」
 ま、甘いのも偶にはイイか。
 そんなことを思いながら、ジープの様子を見ている八戒を横目に、悟浄はそっと、舌伸ばした。
 舌先に触れる冷気は熱しきった身体に心地良く、少しだけ気持ちが凪いだ。
「結構、美味いな」
 垂れ落ちそうになる雫を舌で舐め取りながら、素直に言えば、八戒が穏やかな目でこちらを見た。
「そういや、三蔵たちは?」
 一緒に出掛けた筈の二人の姿が見えないのを尋ねれば、茶店で涼んでいると言う。
「げ〜・・・俺も行けば良かったぁ・・・・・・」
「あの状況じゃぁ、行けなかったでしょ」
「う・・・・・・」
 確かに、この村に着いた時点では一歩も動きたくない状態ではあった。
 しかし、それとこれとは別である。
 こんな木陰ではなく、ちゃんと屋根の下で休みたかった・・・・・・。
 そう思いながらも声には出せなくて、仕方なくまた、舌を動かす。
 ぼんやりと目の前の景色を眺めながら、舌の上の冷たさを楽しむと、何だか現実から切り離された気分になってくる。
 思わずこの旅の目的まで忘れそうだ。
「・・・っと」
 あまりにも呆け過ぎたらしい。
 解けた水滴が手に付いたのに気付いて、悟浄は慌てて舌で拭う。
 すると、横にいた八戒と目が合う。
 その眼は明らかに、笑っていた。
「な〜に、人の顔見て笑ってんだよ」
 まるで、品定めをするような視線。
 口元がいつもとは違う笑みを浮かべているのが、気に障る。
 そう思いながら再び氷を口に含むと、八戒が楽しそうに口を開いた。
「いえね」
「ん?」
「悟浄がそうやって氷を食べているのを見ていましたら・・・」
「うん」
「昨夜のことを思い出しただけなんですけどね」
「ふ〜ん・・・・・・・・・ぶっ!」
 うっかり聞き流しそうになった悟浄は、『昨夜のこと』を思い出して、一気に赤くなった。
 それはもう、真紅の髪と顔の色が同化しそうなほどに、真っ赤であった。
「な・・・な・・・・・・・」
 にっこりと笑う八戒を前に、悟浄は言葉が出てこない。
 『昨夜』・・・ほんの少しアルコールの入った悟浄はなんとな〜く盛り上がってしまい、八戒を誘った挙句に準備は自分がやると言って八戒のモノを口に含み・・・・・・・・。
「しんじらんねぇ・・・・・」
 つまり八戒は、その時の仕種が今と似ていると言っているのだ。
 悟浄はすっかり氷を食べる気力をなくし、八戒を横目で睨み付ける。
「おや?もう食べないんですか?」
 しれっ、とそんなことを言う八戒に、悪びれた風情はないから、更に性質が悪い。
「そんなこと言われて、誰が食えるって言うんだよ」
「意外と繊細なんですねぇ」
 悟浄の言うことも尤もではあるが、いかんせん相手が悪い。
「も、いい・・・」
 すっかりくたびれて悟浄がそう言えば、仕方がありませんねぇ、と八戒の手が伸びてくる。
 そのまま悟浄の手首を捕らえたかと思うと、握られた氷菓子ごと八戒の方へと引き寄せられた。
カシリ・・・
 氷を砕く音が聞こえたかと思う間もなく、悟浄の唇は冷たいもので塞がれる。
「っん・・・・・」
 歯列を割り開き進入してくる八戒の舌と共に、氷の欠片が口腔に送りこまれる。
 絡み合う舌先で氷は次第に溶けていき、飲み下しきれなかった唾液と共に顎へと伝った。
「ふぅ・・・ん・・・・」
 思うさまに蹂躙され、舌に乗った氷もすっかり無くなった頃に漸く解放されると、悟浄はそのまま八戒の肩口に顔を埋めてしまう。
「卑怯者」
 乱れたままの息の下から、悔し紛れにそう言えば、
「何のことですか?」
 と笑いながら返される。
 この暑い日に、自分は一体何をやっているんだか・・・。
 多少情けなくなりながらも顔を上げれば、八戒の肩越しに赤く染まる街並が見えた。
 呆けているうちに、大分陽は傾いていたらしい。
「だ〜〜っ!もうっ!!」
 悟浄は振り切る様に気合を入れて、一息に立ちあがると、踵を返して走り始める。
 目的地は、目の前の川。
「あ、何処へ行くんですか」
 慌てたような八戒の声に、水浴びして来るんだよ!と乱暴に答えながらも足は止めない。
 三蔵達が帰ってくる前に、この顔を冷やしておかなければ、何を言われるか解ったもんじゃない。
「てめぇは来るなよ!」
 くるりと降りかえって八戒に怒鳴れば、身体を丸めて笑っている姿が目に入った。
「笑ってんじゃねぇ!!」
 そうは言っても、最早逆効果の様だ。
「ちっ・・・・」
(恥ずかしい奴、恥ずかしいヤツ、はずかしいやつ〜〜〜〜〜〜っ!!!)
 薄紅に染まる世界を、悟浄はひたすら走り続ける。
(ほんっとーーーにっ!恥ずかしいヤツ!!)
 日の残光を浴びても尚、真っ赤な悟浄の顔は、当分の間元の色を取り戻せそうになかった。



黒翼楼さんのサイトへの投稿用に書かせて頂いたものです(と、言うより書くように依頼された…)
今回、許可を頂いたので、こちらにもUPしました。
お題は「棒アイス」・・・『棒アイスってエッチだよね〜』という話題の元にお鉢が回ってきてしまった代物。
ほんの少し甘々を目指してみましたが・・・やっぱり八戒さんは鬼畜ですね(^^;)




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