―パジャマのままで貴男と モーニングコーヒー飲みたい
      パジャマのままで貴男と おはようKISSをしてみたい―




 悟浄が八戒と一緒に暮らし始めて、3日がたった。
 同居当初の条件通り、3度の食事は八戒が作っていた。
 生来、家事一般を得手としてきた八戒は、むしろ嬉々として台所に立っている。
 しかし彼が台所にいる間、本来立っていた場所をなくした悟浄はやることもなく、ほんっと〜に手持ちぶたさであった。
 その暇さがふとした気紛れを呼んでも、仕方のないことだろう。
 3日目の昼。正しくは昼食後。
 悟浄は後片付けのために立った八戒を追って台所に行くと、こう言ったのであった。
「皿洗いぐらいなら、俺も手伝うぞ」


 後ろから突然掛けられた声に、八戒は内心かなり動揺していた。
 声ではなく、その内容にである。
 悟浄は人に仕事を任せると、相手の領域を侵すようなことはできないタイプである。
 基本的に過干渉を嫌う性質であるから、一度分担を決めるとあくまでも不可侵を貫く。
 しかしその悟浄が、あえて八戒の仕事に加わろうとしている。
 複雑なものを感じつつも断る理由もなく、八戒は笑顔を作ると
「それじゃ、お願いします」
 とだけ言った。

 いくら台所が一般御家庭用だとしても、大の男が二人揃って並んで立つと、かなり狭く感じる。
 しかし、お互いにそのことには目を瞑った。
「ほい」
 悟浄が洗った皿を、横の八戒に手渡す。
 八戒は受け取ると、丁寧な作業で皿の水滴を拭い、手頃な場所に重ねていく。
 横目で見る悟浄の姿はなかなか堂に入っていて、以外と手慣れていることが判る。
 くわえ煙草で皿を洗う様は絵になっていて、ほんの少しだけ、見惚れてしまう。
 男の自分でさえこうなのだから、彼の元に通う女性が多いのも理解は出来る。
 理解は出来るが・・・何だか釈然としないものを感じるのもまた事実。
(きっと、こまめに色々と作ってさしあげていたんでしょうねぇ)
 悟浄は気配りのきく男だ。自分の家まで来た相手しかも――女性ならば、いかなる時でも最大限のもてなしをするに違いない。
「・・・・・・・」
「ほい・・・どうした?八戒」
 突然手の止まった八戒に気付き、悟浄が首を傾げる。
「いいえ、何でもありませんよ」
 八戒はそう応えながら、差し出された皿を受け取ると、再び手を動かし始めた。
 見知らぬ女性がこの家で、悟浄と楽しそうに食卓を囲む。
 そんな想像をしただけで、何故だか心が暗くなる。
 訳の分からないもやもや感が、自分を圧迫する。
(これはやっぱり、嫉妬というものなんでしょうかね)
 たかだか想像だけなのに、自分の居場所を取られたような錯覚。
 自分で自覚している以上に、悟浄に捕らわれているらしい。
 もう、離れることを考えられないほどに。

 悟浄の鼻歌は2曲目に入った。
 皿を拭きながら、八戒は再び悟浄を盗み見る。
 シャープなラインの頬は、改めて見ると大変なめらかそうだ。
 そのまま触れてみたい衝動に駆られた八戒は、ふと悪戯心を起こした。
 二人の距離は約1歩。
 その距離を、八戒は首を延ばすことで埋めてしまう。
 そして・・・頬に触れるだけの、接吻。
 
「★○△☆●◇〜〜!!」
 ガシャガシャ、ガシャンッ!
「悟浄っ?!」
 不意打ちを食らった悟浄は声にならない声を発しながら皿を放りだし、片手で頬を押さえながらその場にへたり込んでしまった。
 しかも、半分隠されたその顔は真っ赤である。
「え・・・っと、驚かしちゃいましたね。ごめんなさい」
 まさか、たかがキス一つにここまで過剰な反応を示すとは。
 あまりにもらしくない悟浄の反応に、八戒はとりあえず謝ってしまう。
 手に持っていた皿を置き、悟浄を立たせようと手を差し伸べた。
「謝りゃいいってもんでもねぇだろ」
 表情を隠しながら、しかしうなじまで真っ赤に染めた悟浄は、八戒の手に掴まろうともしない。
「悟浄?」
 かと言って、自分で立ち上がる気配さえ見せない悟浄に、いぶかしんだ八戒が名前を呼ぶと上目遣いの視線が返された。
「・・・立てねぇ」
「はい?」
「腰が抜けて、立てねぇんだよ!大体俺はああいう不意打ちに一番弱いんだよ。全く、驚かせやがって・・・」
 威勢のいいのも最初だけ。最後の方は殆ど独白である。
(か、可愛いかもしれない)
 八戒は口元を押さえると、堪えきれずに悟浄の傍らに座り込んでしまう。
「おい、笑ってんじゃねぇぞ」
「ご、ごめんなさい」
 そう言いながらも八戒は肩の震えを止められない。
「人が立てねぇっていうのに・・・なぁ、皿も割れてんじゃねぇのか?」
「そう、ですね・・・」
「いい加減笑い止め」
「え、えぇ」
「・・・泣くほど笑うかぁ?普通。人の不幸をなんだと思って」
「ごめんなさいってば」
「そう思うんなら、笑うの止めろって」
「・・・・・・・・」
「ったく、お前がこんなに笑い上戸だなんて、初めて知ったぞ」
「意外ですか?」
「いや、何となく納得」
「僕も悟浄がこんなに可愛い人だとは、初めて知りましたよ」
「・・・イイ性格してやがんな」

 そうして二人がやっと立ち上がれたのは、およそ小一時間も経った頃。
 互いの意外な一面を発見しあった、同居3日目の昼下がりであった。





テーマ;ほっぺに「ちゅっ」(←死)
もう、すっごく馬鹿な話なのは自分でも自覚しております。
でも悟浄って意外とこういうのに弱そうですよね。



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