● しんでれら ●
あるところに心優しく、たいそう気だての良い娘がいました。その娘の名は悟浄と言います。
「おい、なんで俺が『娘』なんだよ」
・・・私も無理があるとは思いますが、しょうがないじゃないですか。諦めて下さい。さて、悟浄は早くに実母を亡くし、今は継母と二人の義姉と共に暮らしていました。いつの世でも継子は肩身が狭いもの。悟浄はいつも継母と二人の義姉にいじめられていたのでした。
「悟浄悟浄、腹減った〜!」
義姉の悟空は食いしん坊で、いつも悟浄はおさんどんです。
「おい、ここがまだ汚れているぞ。掃除ごときにいつまでもかかってんじゃねぇ。それが終わったら煙草買って来い。あんまり遅いと夕飯は抜きだからな」
ついっ、と窓の桟に指を滑らしたのは継母の三蔵。特に綺麗好きではないのに、掃除のこととなるとやけにうるさいのが玉に瑕。悟浄にいつも無理難題を持ちかけます。
「俺はそこまで狭量じゃないつもりだが・・・」
そのわりにノってるじゃないですか。
「・・・・・・・」
否定できないようですね。さて、今日はお城で舞踏会。三蔵達は身支度に忙しそうです。三蔵は真っ白なドレスを、悟空は真っ赤なドレスを・・・って、あなた達いつもと変わらない服装じゃないですか!
「誰が女装なんかするか」
・・・用意しといたのに・・・
「死ぬか?」
暴力はんた〜い。
「ところで、義姉が『二人』だったよな。一人は悟空としても、もう一人はどうした」
あ、僭越ながら私が。
「一介のナレーターのお前が役付きか?他になり手はいくらでもいるだろうが」
と、思ったんですがね〜。あなたがお義母さんなんで・・・。継母役ならいくらでもいたんですけど、娘役となるとどうも。いっそのこと三蔵さんがやってくれても良かったんですがね、娘役。
「三蔵が『娘』ってのもすごいよな〜」
おや、悟空さん。お腹は満ち足りましたか。
「うん!でさ、継母候補って、他に誰がいたんだ?すっげ〜気になる!」
・・・・・・・玉面公主と観世音菩薩様。しかもダブルキャストで・・・・・・
「・・・・俺、三蔵でイイや」
賢明な判断ですね、悟空さん。それじゃ落ちも付いたことですし、舞踏会へ出掛けましょうか。
バタンッ!
「ちょっと待て!俺はどうなる」
扉を壊しそうな勢いで入ってきたのは末娘(笑)の悟浄。
悟浄さん早かったですね。煙草は買ってきましたか?
「おう、ここに。って、なんでお前らだけ城に行くんだよ。俺に留守番してろってのか?いっつもこきつかいやがって・・・」
そんなに行きたいんですか、舞踏会?アノ菩薩様の主催ですよ?
「・・・いってらっしゃいマセ」
悟浄はすっかり大人しくなってしまいました。観世音菩薩様は強烈な性格の持ち主な上に、上は悟浄好みでも下が首尾範囲外。出来ることならお近づきになりたくない部類の方なのです。しかしそのわりには気に入られているので、会えば何かとちょっかいを出されてしまします。おかげでこれまでにも何度か大変な目にあっているのです。
ちなみにこの国にはお城が二つありまして、東の城が菩薩様の住むお城。西の城が玉面公主のお城です。悟浄はもっぱら西のお城にしか行かないのでした。
それでは留守番よろしくお願いしますね。さあ、行きましょう。
「こいつ・・・最凶・・・」
悟空さんの戯言は聞かない振りをして、一行はお城へ向かうのでした。
「今頃三蔵達は、愉しんでるかね」
一人寂しくお家へ残された悟浄は、お皿を洗いながら呟きます。
「いや、あそこへ行く位なら家にいた方がましだ。何しろ俺の身が安全だからな」
いらぬ心配とは思いますがね。ま、君子危うきに近寄らず、とも云いますか。
悟浄さん、ギョッとして振り返ります。
「・・・なんで城に行った筈のお前がここにいるんだ?」
ナレーターですから。
「・・・・・・・・も、いいや。俺寝るわ」
疲れたように奥の寝室に入っていく悟浄。その背中はそこはかとなく寂しそうでした。
「ほっとけ!」
さて、悟浄がふて寝をして小一時間もたった頃でしょうか。
コンコン、と窓を叩く音がします。
初めは風の音かと思い無視していた悟浄も、それが30分以上も続くのでとうとう起き出して確認することにしました。そんなにほっとく悟浄もどうかしてますが、相手も随分な神経の持ち主ですね。暇人でしょうか。
「本当に一度くらい殺したくなる人ですね」
窓の外にいたのは、魔法使いのお婆さん。
「誰がお婆さんですか」
「てめえは清一色!」
悟浄さん一気に戦闘態勢です。この人も天敵ですからねぇ。
「このっ!」
何処からともなく取り出した錫杖を清に振り下ろすが、すんでの所でかわされ、完璧に間合いを取られる。窓から少々離れた位置で、清一色はいつもの構えを崩さずに言った。
「相変わらず乱暴ですねぇ」
その余裕の微笑が悟浄の神経を逆撫でする。悟浄は窓から身を躍らせ、庭に降り立つと錫杖を構える。相手に隙は見付からない。
(どこから崩すか・・・)
どちらにしろ、厄介な相手に違いはない。一歩も動けない緊張の中、悟浄は押し殺した声を発した。
「何をしに来やがった」
そう、この家には今、自分しかいない。しかし清のターゲットが自分とは思えないのだ。
(何を・・・)
眩暈のしそうな緊迫感。お互いに視線はそらせない。
そうしてどれだけ睨み合いが続いただろうか、ふいに清が視線を外した。
「何を?・・・そう、危うく使命を忘れるところでしたよ」
「使命・・・?」
清が一歩前へ踏み出す。
悟浄は構えを解かない。油断は死を伴う。それだけの経験はしてきたのだ。
「そう、今日の私はそこのナレーターも知っての通り」
・・・魔法使いのお婆さん・・・
「ではなく、流しの貸衣装屋なのですよ!」
「ちょっと待て!」
今までの緊張感が一気に消し飛びましたね、悟浄さん。
「るせえっ!なんで貴様が貸衣装屋なんだ!っつーか、そもそも貸衣装屋ってなんだ!!」
「おや、知らないんですか?貸衣装屋というのは様々な衣装をお貸しする職業のことで・・・」
「そんなことを聞いてんじゃねぇ!」
怒りっぽい人ですね。流しの貸衣装屋というのは移動するレンタルコスチュームショップ・・・
「それじゃぁ、そのままですよ」
それもそうですね。じゃ、清さんの使命とやらをお話しした方が良さそうですか。
「そうでしょうねぇ。実はさるお方からの御依頼で、あなたに衣装をお貸ししてお城に連れて行かなくてはならないんですよ」
うってかわった清の友好的な態度に、悟浄は自分のペースを取り戻せません。
清はここぞとばかりに畳みかけます。
「これを着て、お城に行っていただけますね。何せ依頼料全額前金で頂いているんで、失敗は許されないんですよねぇ。こちらもプロですから」
ビラリッ、と取り出したのは深い紺色のドレス・・・と、思ったら特攻服ですか?これは。
「いや、やっぱりあまり見たいものでもないでしょう?体格の良い方の女装は」
それもそうですね。似合いそうにありませんもんね。
「じゃ、着て下さい」
にっこり笑って詰め寄る清一色。
しばし呆然としていた悟浄は、服が肩に掛けられた段階でやっと我を取り戻します。
「だっ、誰が着るか!だいたいお城って事は東でやってる舞踏会のことだろ?俺はぜってーに行かねぇからな!」
そんなことも言ってましたね。でもねぇ・・・
「こちらもプロですからねぇ」
ここは一つ
「問答無用と言うことで」
「てめぇらグルか〜っ!」
失礼な。私はあくまでもナレーターです。
「イイ性格してますよねぇ、あなたも」
いえいえ、アノ御方程ではありませんよ。
「それもそうですね。じゃ、悟浄さん、私の式神直急便で送って差し上げますから頑張ってきて下さいね。ちなみに衣装レンタルは24時までですよ」
いってらっしゃ〜い。
「俺は行くって言ってねぇ〜〜〜!!」
不可思議な雄叫びを残し、悟浄は一路お城へと向かうのでした。めでたしめでたし。
一方こちらは東のお城。城内は雅やかな曲が流れ、なかなかの盛況振りのようです。
ホールの中央には仲良く踊る男女が数人。ドレスの裾を翻す貴婦人は、まるで華のようです。
「三蔵、悟空も。よく来てくれましたね」
爽やかそうな顔の青年が、食べることに必死な悟空とその傍らにたたずむ三蔵に声を掛けてきました。彼は菩薩様の養子で、八戒といいます。実質的にはこの国の王子様ですね。彼は悟浄と同い年で、菩薩様の養子となる前は親しく遊んだ仲でした。
「おう」
軽く片手をあげて応える三蔵。三蔵はこう見えてもこの国の重鎮でもあります。
「悟浄は・・・また欠席ですか」
「・・・済まんな」
彼は舞踏会の度に悟浄に招待状を送っていたのです。しかし悟浄はこの城を訪れることは滅多になく、自然、彼等の仲も疎遠になりつつあるのでした。
「たまには素直に来て欲しいのですが・・・仕方がありませんね」
八戒は悟浄が菩薩様を苦手に思っていることを知っています。ですから、いつも欠席されても強くは言わないでおくのでした。
「悪気はないんだがな。奴も出来ることならお前に会いたいだろうし」
三蔵がらしくもなくフォローを入れます。ばつの悪そうな三蔵に微笑み掛けると、八戒はバルコニーの方へ足を向け「でも、今日は例外なんですよ」と、呟き、立ち去ってしまいました。後に残された三蔵は訳も分からず、ただ、八戒の後ろ姿を見送ることしかできませんでした。
「悟浄・・・」
バルコニーで風に当たりながら、八戒は夜空を眺めます。
(あなたに会わなくなってからどれだけの月日が流れたことか・・・でもそれも今宵まで。打てる手は打ちましたからね)
目を細める八戒に、綺麗な夜空は映っていません。
(清一色・・・失敗したら、命はありませんよ)
さすが強烈な性格の菩薩様の御養子。その性格のよさは国で一番なのでした。
「そろそろ、時間ですね」
八戒の目には、カボチャの馬車ならぬ、飛行する式神の姿が映っているのでした。
「し・・・死ぬかと思った・・・」
悟浄は息を切らしてその場に座り込んでしまいました。
直急便とはよく言ったもの。マッハに近いスピードで飛ぶ式神はあっというまに悟浄をお城に連れてきてしまいました。しかし降ろされたのは城の中庭。お城から出るには大広間を通らなければなりません。つまり誰にも気付かれずに帰ることは不可能となってしまったのです。
「さて、どうすっか・・・」
いかにして速やかに家に戻ろうかと考える悟浄。そんな悟浄の上に、不意に影が落ちてきました。
「悟浄」
顔を上げると、満面の笑みをたたえた八戒の姿があります。
悟浄は見知った姿に安心し、腰を上げました。
「八戒・・・」
「どうしたんですか、そんなところで。今日は欠席と聞いていましたけど」
空々しいまでの八戒の言葉にも、悟浄は気付きません。
「いや〜、変な奴にとっつかまったと思ったら、こんなとこに連れて来られてさ。丁度よかった。八戒、あいつに気付かれないように外に出られないか?」
あいつとは菩薩様のこと。心底苦手がっている悟浄の様子に苦笑しながら、八戒はバルコニーへ上がらせるために悟浄に手を差し伸べます。
「それなら、案内しますよ」
「わりぃ」
片目を閉じて謝る悟浄に微笑み、八戒は中へと促します。今ならば菩薩の目に付かず、大広間を抜けられるはずです。
「急ぎますよ」
八戒は悟浄を伴い、自分の私室へ、玄関とは逆方向へと進むのでした。もちろん悟浄にそのことを知る術はありません。悟浄は素直に八戒の後ろを着いて行きました。
「とりあえず、ここへ」
そういって通されたのは城の奥まったところにある一室。しかし殆どお城に来たことのない悟浄には、ここが何処なのかは解りません。ただ、使われていない客室などではないことは確かなようです。
「ここはなんの部屋なんだ?」
悟浄は物珍しげに辺りを見回しながら、八戒へ問い掛けます。
「僕の私室ですよ。今、城の外へ出るのは不可能ですから、少しここで時間をつぶした方が良いでしょう」
八戒はお茶の用意をすると、悟浄に席を勧めます。
「サンキュ」
悟浄はお茶を一口飲むと、やっと人心地着いたように深く息を吐き出しました。
「色々と世話かけちまうな」
「いいんですよ」
にっこりと微笑まれて、悟浄はこうして八戒と向かい合うのも随分と久しぶりなのを思い出しました。
「城の生活は、どうだ?」
そんなことが聞きたいわけでもないのに、他に言うことが見付からず、悟浄は当たり障りのない話を持ち出します。
「別に、退屈なだけですよ。三蔵達の姿は相変わらずよく見かけますし」
悟浄が会いに来ないことを言外に言われ、この話題を振ったことに後悔を覚えます。
「俺だってお前に会いたくないわけじゃないんだけど・・・」
「解っていますよ」
思いの外責めている様子もない八戒に安堵し、悟浄はお茶をもう一口。
「あの方は、僕も苦手ですから」
笑いを含めて言われれば、昔に戻った気もしてくる。お互い何にも囚われずに遊んだ、あの日に。
悟浄の脳裏には、木陰で本を読んでいた、今よりも幾分幼い八戒の姿が描き出されていた。あの頃と変わらない幼なじみの笑顔。でも自分達の立場は随分と違ってしまった。
「悟浄?」
暗い思考に落ちかけていた悟浄を訝しむように、八戒が声を掛ける。
はっとして悟浄は、その考えを振り落とした。
「あぁ、なんでもない。そういや、今何時だ?」
お城の舞踏会は日付が変わる頃に最高潮を迎えます。しかし広間と離れたこの部屋では、あちらで何が起こっているかは解らないのです。
「そろそろ12時ですよ」
八戒は時計を見て、答えます。部屋の置き時計は11時55分を指しています。
「そうか、まだまだだな・・・って、げげっ!!」
いきなり品のない叫びを放って立ち上がる悟浄。
「どうかしたんですか?」
「いや、俺をここに運んだ奴が妙なことを言ってたんだよ」
そう、悟浄の着ている物はレンタルです。そして期限は24時・・・
悟浄はここに連れて来られた経緯を、事細かに八戒に聞かせます。
「時間が過ぎたら、どうなるってんだよ」
頭を抱えた悟浄はそのままテーブルに突っ伏してしまいました。
八戒はその頭を軽くなで、髪を一房持ち上げながら、
「大丈夫ですよ、心配いりません」
と、静かに言います。
「その貸し衣装屋の名は?」
「清一色」
「なら、彼の貸衣装は時間が来れば自動回収されるでしょう」
「ってーことは」
『着替えさせられた』ということは、時間が来れば一糸纏わずということで・・・
「うそだろぅ〜〜」
悟浄は世にも情けない声を出してそのままテーブルと仲良しになっています。
期限は刻一刻と迫っています。ストリップは目の前です(笑)
「だから、大丈夫ですよ。なんのために僕がいると思っているんですか」
「八戒」
ああ、持つべきものは親切な友。
と、悟浄が感動したのも束の間、
「時間が来る前に全部脱いでしまえば同じ事です。幸いこの隣は僕の寝室ですし」
にこやかに宣告し、悟浄を抱え上げる八戒。
悟浄の頭の中は真っ白になってしまいました。
(今、こいつなんて言った・・・?)
「は、八戒?」
「時間はまだまだありますし、帰る服がないなら、一生帰らなければ良いんですよ」
そう言いつつベッドに悟浄を降ろすと、八戒は自分の服を弛め始めました。
「そろそろ、タイムリミットですね」
そして八戒が手を掛けるまでもなく、悟浄の服は跡形もなく消え去り・・・
「会いに来てくれない、あなたが悪いんですよ」
その言葉に、悟浄は全てを悟ったのでした。
怒りを抑えつつ、悟浄は確信を口に出します。
「八戒、おまえ、俺をはめたな?」
「なんのことでしょう?」
悪びれずにそう返す八戒に、多少の罪悪感を覚えていた悟浄は、もう何も言う気を無くしてしまったのでした。悟浄は昔から、この八戒の笑顔に弱いのです。
そう、忘れていたけれどこの友人は、何でもない顔をしてさらっと悪事を働くイイ性格の持ち主でした。そしてそれは今も変わっていなかったのです。
(ま、しょうがないか)
悟浄は間近に八戒の顔を見つめ、自分から接吻けます。
「あとで、覚えていろよ」
その言葉に、にっこりと笑った八戒の顔は本当に幸せそうで、悟浄は一生見ていても良いかな、と考えてしまいました。
さてそれから数日後、悟浄は八戒の側にいるため、正式に入城してしまいました。
継母の三蔵と義姉の悟空も一緒です。彼等はお城で末永く幸せに暮らします。
「悟浄〜腹減った〜〜」
「おい、煙草が切れたから後で買ってこい」
「って、俺の生活にはほぼ変わりは無しか?!」
「ははは・・・」
変わらない生活が、一番の幸せということもありますよ、悟浄さん。
み・・・未消化・・・ごめんなさい。
改訂版書きたいけど・・・いつになるんだろう(泣)
またしてもキス止まりだし。でも童話シリーズで本番はやりたくないの・・・