【 穴 】
穴 を 。
掘ろうと思った。
何故か不意に、やらなければならないと思い込むことがある。
それが今日の八戒にとって、穴を掘るということだった。
気が付くと移植鏝を手に、表へ出ていた。
どこを掘ろうか。くるりと見回せば、一本の木が目に入る。そこそこに大きなそれは、緑がそれなりに茂っている、どこにでもあるような木だった。
ここがいい。八戒はそう思って、木の下まで歩いた。
ここなら、あの家へと入る扉が見える。
何故、そんなことを考えるのか。その理由すら解らないままに、八戒は木の根元に腰を下ろした。
大地に手を当てれば、僅かに湿っている。その手の直ぐ横に、移植鏝を突き立てた。
ザクリ
案の定、土は柔らかい。
八戒はそのまま何度も移植鏝を振り下ろし、穴を広げていった。
どうせなら、穴は大きい方がいい。
全てを飲み込めるほどに、深くて大きな穴が。
地面に突き立てる度、八戒の望みのままに、穴は大きくなった。
「なに、してんの。アンタ」
「…………あ。」
不意に落ちてきた言葉に顔を上げれば、西陽の中に黒い影がいた。
朱く焼け付くような眩しさに、咄嗟に目を閉じ、俯く。そしてゆっくりと目を開ければ、真っ黒な穴が自分を待ち構えていた。
「穴をね、掘っていたんですよ」
答えながらも、八戒の手は止まらない。
手を止める事を恐れるように、穴を掘り続ける。
それを見下ろすように、悟浄もまた、その場に立ち続けた。
「なんだか、大きな穴を掘らなきゃいけないような気がして……」
何時間、こうして穴を掘っていたんだろう。そんな時間感覚も麻痺するくらい、この場にしがみついているのに。
まだ、満足するような穴は掘れない。
もっと。
もっと大きく、そして深い穴を掘らなければいけない。
「………それで、何を埋めるつもりなんだ?」
「え?」
頬に当たるピリピリとした風。この痛みが、寒さなのだと感じるまでに、時間が掛かる。
だから、悟浄の言葉が、中々脳に浸透しなかった。
そうか。穴は掘ったら、何かを埋めて元通りにしなくてはならないのか。
初めて気が付いた事実に、八戒は目を見開いた。
「……全然、考えてませんでした」
「なんだよ、それ」
「掘る事しか頭になくて……そっか、何かを埋めなくちゃならないんですね」
「っつーか、埋めるために掘るんじゃねぇのか?」
だけれども、埋めるものが見付からない。
何かを埋めたくて掘り始めたわけじゃないから、それが当然なのだが、今は無性に不安になる。
埋めるもの……埋めるもの………。だけど僕は、何も持っていない。
「あぁ……」
八戒は自分が持っている数少ないものを順番に思い浮かべ、最後に一番ふさわしいものを見付けた。
多分あれなら、丁度いい。
この深くて大きな、虚無の穴を充たせるくらいの、もの。
「貴方への恋心、とか?」
「……生ゴミにしとけ」
「変わりませんよ」
翌朝。
その穴は元通りに、塞がれた。
だからなんだという気が。副題『八戒、落とし穴を掘り損ねる』。