■遠くへ行こう■ 目が覚めて、不意に遠くへ行こうと思った。 その言葉だけが頭の中を埋め尽くし、いてもたってもいられずに服に着替える。 闇雲に歩き出さなければいけない衝動に駆られ、何も言わずに家を出た。 ポケットにはいつもより多めの小銭と、煙草とライター。 それしか入ってなかったけれど、それでいいと思った。 いつもの街へと続く道じゃなく、正反対の方向へただ歩く。 歩く、歩く、歩く・・・・・・ 時には道を外れ、細い道を辿り、誰にも会わずに一瞬前よりも遠くに身体を運ぶ。 それは機械的で、なんの感情も込められていない。 足が、いや足だけじゃなく心までが・・・違うものになった気がする。 それでも止めることが出来ずに。 いつまでも歩き続ける。 歩いて、歩いて、歩いて。 どれだけ歩いたか判らなくなった時、目の前が急に開けた。 あまりの明るさに一瞬視力を奪われる。 そして。 恐る恐る開いた先には、崖があった。 崖だ。 これ以上進むことは出来ない。 いや、迂回すれば進むことも出来るだろうが・・・。 見上げれば、太陽は中天よりも尚西に傾いていた。 帰ろう。 するりと、その言葉が入り込んでくる。 帰ろう、一刻も早く。 今引き返すと、あの家に辿り着く頃には陽も暮れてしまうだろう。 でもきっと、明かりが燈され自分を迎えてくれる。 帰ろう、今直ぐに。 今度はその言葉に支配される。 その時始めて、水が染み込むように理解した。 俺には帰る家がある。 そこで待っている人がいる。 昔、否定し続けた望みが・・・叶えられたことに。 他人から見れば小さすぎる幸せが、自分に訪れていたことに。 そのことに気が付いたら、無性に泣きたくなった。 嬉しいのに泣くなんて変だと思いながら、煙草を咥える。 紫煙を吐き出せば、視界が曇るのは煙草のせいにしてしまえる。 この1本を喫い終わったら、帰ろう。 「はは・・・帰ろ。」 無意識のうちに呟いて、悟浄は八戒の待つ家へと歩き出す。 もう遠くへ行く必要は―――ない。 これが、ジオでの最後の作品となります。 よりによってエイプリルフールに(苦笑) 2年間お世話になった、この住処に感謝を込めて。 |