● ラプンツェル ●




『ラプンツェル、ラプンツェル。お前の髪を垂らしておくれ』


 とある国の片隅に、大きな森がありました。
 その森の丁度中央に、たかいたかぁい塔が建っていました。
 誰も近付かないその塔には、それはそれは美しい髪の長い娘と、歳をとった魔法使いがたった2人で暮らしているのでした。

 お久し振りですね、悟浄さん。
「あ〜。久し振りなのはイイんだけどさ、やっぱり俺は相変わらず女役なのね?」
 仕方がないじゃないですか。童話なんてお姫様と王子様が出て来るのがセオリーなんですから。特に今回の適任はアナタくらいしかいないんですよ。
「・・・偶には割り切ってみるかね」
 諦観ってヤツですね♪悟浄さんが素直だと、私も仕事がはかどって助かります。
「テメェ・・・邪魔したろうか・・・」
 あぁ!そんなイケズを仰るんですか?!って、私達が喋ってても仕方がないので物語を進めましょう。丁度八戒さんが帰ってきた事ですしね。
「あぁ?もうそんな時間か」
『ラプンツェル、ラプンツェル。お前の髪を垂らしておくれ』
 悟浄が窓の外を見るのと、その声が聞こえたのはほぼ同時でした。
 声の主は八戒という、この塔を建てた魔法使いです。
「お〜。今降ろすから待ってろよ〜」
 悟浄は下にいる八戒に声を掛けると、器用に編んでいた髪をほどき、窓の鍵に巻き付けました。
 実はこの塔、地上からの出入り口はおろか階段すらありません。ですから、悟浄は八戒が帰って来る度に自分の髪をザイル代わりに降ろしてやるのでした。
「っつ〜かさ、“魔法使いならここまで飛んで来い”とか“外に出掛けるついでに縄梯子でも買ってくりゃいいのに”とかは言っちゃいけねぇコトなのか?」
 ・・・きちんと理由があるんですから、余計な突っ込みは入れないで下さい。
「なにそれ」
 まぁ、色々と深い理由が・・・・・・。あ、八戒さんですよ!
「へ?」
「ただいま、悟浄」
 振り向けばいつのまに昇ったのやら、八戒がにっこり笑顔で窓枠を乗り越えるところでした。
「・・・オカエリ」
 悟浄は何度言っても慣れない言葉を言いながら、八戒に手を貸して部屋の中へと迎え入れました。
「遅くなってすみません。寂しくなかったですか?」
「・・・・・・」
 八戒にぎゅっと抱き締められて悟浄は顔を真赤にしましたが、いつものことなのでそのままじっとしていました。
 そんな悟浄を八戒は幸せそうに見詰めます。
 この2人には血の繋がりはありません。あえて世間的続柄を言うのなら、養い親と養い子というところでしょうか。
 悟浄は物心付いた時から、八戒と2人、この塔で暮らしています。
 ただそれも、悟浄が幼すぎた為に細かな事を忘れているだけなのです。
「そうなのか?」
「・・・お腹が空いたでしょ?すぐに食事にしましょうね」
 上目遣いで問いかける悟浄ににっこりと笑うと、八戒は窓の鍵から悟浄の髪をそっと外し、そのまま台所へと向いました。
 その背中は、全ての答えを拒絶しているようにも見えました・・・。
「ま、いっけどね」


 朝、目が覚めると八戒の作った朝食を食べ、八戒が出掛けてしまった後はぼんやりと彼の帰りを待つ。それだけが悟浄の毎日でした。
 八戒は外の事はあまり話してくれませんし、決して悟浄をこの塔から連れ出そうとはしませんでした。
 まだ悟浄が小さな頃、たった一度だけ八戒に『外に行ってみたい』と言った事がありました。でも、八戒は何も言わずに悟浄を抱き締めただけでした。その顔はとても辛そうで、寂しそうで・・・悟浄は二度とその言葉を口にしないと、幼い心に刻んだのでした。
「とは言っても俺も健全な成人男性だからねぇ。遊びたい時もあるのよ。・・・・・・ほら来た」
 悟浄が窓の方を振りかえれば、そこからひょっこりと顔を出すものがあります。
「悟浄!遊びに来たよ〜♪」
「よ、毎度お疲れさん」
 明るい声と共に現われましたのは、この森の直ぐ外に住む悟空という名の少年です。彼は悟浄にとって唯一の友人でした。
「それにしても、よくウォールクライミングでここまで上がって来れるよなぁ」
「へ?簡単じゃん」
 悟浄が感心したような声を上げるのに対し、悟空はきょとんと答えます。
 そう。常ならば窓から悟浄の髪を頼りに登って来るしかないこの塔を、悟空は自力で攀じ登ってくるのです。
 始めは死ぬほど驚いた悟浄でしたが、話をする内にすっかり打ち解け、今ではイイ友人だと思っていました。
「流石サル・・・」
「サルって言うな〜〜っ!」
 八戒以外の人間と触れ合う事のなかった悟浄には、悟空との他愛のないじゃれあいさえも楽しいものです。
「悟浄、悟浄っ!今日は何する?」
「ん〜、ポーカーもブタのしっぽも神経衰弱も七並べもやり飽きたし。いっそのことチンチロリンでもするか?」
「それっ!俺知らないっ!」
「はいはい、今教えてやるよ」
 悟浄はどこからともなくどんぶりとサイコロを取り出します。
 暇潰しに八戒の本を片っ端から読んでいた悟浄は、意外なまでに物知りでした。
 好奇心旺盛な悟空にそれらを教えるのは、八戒以外の人間と触れ合った事のない悟浄にとって新鮮でもありました。
 教えれば悟空は素直に覚えます。そして悟浄は毎日、悟空との遊びを考えます。
 塔から出る事の出来ない悟浄にとって、それは何よりも楽しい時間となっていました。
 ・・・それにしても、容赦ない勝ち方しますねぇ、悟浄さん。悟空さん1勝も出来てないじゃないですか。
「あぁ?当然だろ。勝負の世界は厳しいんだって」
 憐れなり、悟空さん(チーン)。


 バサバサバサ・・・
 鳩の群れが大きな羽音を立てて窓の向こうを飛んで行きます。
 既に時刻は夕暮れ時。鳥達も巣に帰る時刻です。
「あ、こんな時間か。もう帰らないと。んじゃ、またな!」
 そうして散々遊んだ悟空さんは、来た時同様窓から自力で飛び降りると森の中へ消えて行きます。
 その素早い行動を、ちょっとだけ感心しながら悟浄は暫く窓から手を振っていました。
 悟空の完全に姿が見えなくなると、悟浄は窓に頬杖をついてぼんやり八戒の帰りを待つ事にしました。
 この時間ならば八戒は小さな明かりを燈して、森を抜けて来るでしょう。
 その明かりを一番に見つけたくて、悟浄は目を凝らします。
 八戒は自分がこうやって帰りを待っている事を知ったら、どんな顔をするでしょう。
 驚いて、次には幸せそうな笑顔を悟浄に向けてくれるでしょうか。
「へへ・・・」
 悟浄は自分の想像が何だかくすぐったくて、こっそり笑いました。
 それは見ている者がいたら、幸せな気分になれそうな、そんな笑顔でした。
「あ・・・っれかな?」
 よぅく目を凝らせばチラチラと、星の輝きよりも尚弱い、微かな明かりが見えます。
 悟浄は窓から身を乗り出すようにして、その明かりを確かめました。
「う〜ん・・・あ!やっぱりそうだ!」
 ゆらゆらと揺れる明かりは塔の前まで来ると、ぴたりと止まります。
 悟浄には朧げでしたが八戒が上を見ているのが解かりました。
「八戒!今降ろすからな!!」
 悟浄は窓の下に手を振ると、いつものように髪を窓の鍵に巻き付けます。
 しかし八戒は直ぐに昇ろうとせず、暫くその髪を手にしたまま佇んでいました。
「?」
 悟浄は不思議な事もあるものだとその姿を眺めていましたが、八戒が漸く登って来たので安心して窓から離れ、八戒が現われるのを待ちました。
 案の定、部屋に降り立った八戒は驚きを隠せない表情で悟浄を見詰めました。
「一体どういう風の吹き回しですか?貴方が出迎えてくれるなんて」
 言われてみれば、あんな風に八戒の帰りを待った事など殆どありません。
 悟浄は照れくさくなって後ろを向くと、「別に」とそっけない声音で答えました。
「晩飯、何にしようか。偶には俺も手伝うぜ」
 味の保証はしないけどな。
 悟浄は軽い口調でそう言うと、台所の方へと歩き出しました。ですから、八戒が自分の手を掴むまで、彼がどんな表情をしているのか気付く事が出来ませんでした。
「な・・・なんだよ」
 いつになく暗い表情と、腕を締め付けるような強い力に、悟浄は不安に狩られます。こんな八戒は、初めて見るのです。
「どうした?何かあったのか?」
 悟浄は眉根を寄せながら、八戒に問い掛けます。
 でも、八戒から返された言葉は、とても冷たい響きを持っていました。
「何かあったかですって?何かあったのは、貴方の方じゃありませんか?」
「痛っ・・・」
 掴まれた腕に更に強い力が掛けられ、悟浄は痛みの為に小さく声を漏らしましたが、八戒はそれに気付く様子もありません。
「何かって、なんだよ!俺は別に・・・」
「嘘を吐くのが、上手くなりましたね」
「?!」
 遮るように吐き出された言葉は、悟浄には理解できないものでした。
 しかし八戒は、悟浄の驚愕に見開かれた目を見て、自分の言ったことが真実であると確信しました。
「森の外で、少年に会いましたよ?貴方はとても嬉しそうに彼を見送っていましたね」
「それはっ」
「彼とここを逃げ出す算段でもしたのですか?お生憎様。僕が貴方をここから出すと思いましたか?」
 八戒はうっそりと嘲笑います。
「貴方がここより他で、生きていけるわけないじゃないですか。そんな赤い髪と瞳で・・・・・・」
「っ・・・」
 悟浄の息を飲む音が、不自然なほどに部屋に響きました。
 この世界では、赤い髪と瞳を持つ子供は不浄の者として忌み嫌われます。滅多にない色彩故に、人々から蔑まれてきたのです。それは悟浄とて例外ではなく、彼も親に殺されそうになったところを八戒が助けたのでした。ただ、悟浄はその時の事を覚えていません。ですから八戒は、悟浄が塔の外に出る事を、固く禁じていたのでした。
「そんなこと、知ってる・・・・・・」
 搾り出すように紡がれた声に、今度は八戒が目を見開く番でした。
「俺が知らないと思っていただろ?でもさ、俺も俺なりに外の事勉強してたわけよ。なんでお前が外に連れてってくれないのか。なんでお前が、俺の髪を伸ばさせたのか・・・」
 悟浄は自分の長い長い髪を、ぎゅっと握り締めました。
 八戒と暮らし始めてから一度も切った事のないこの髪は、悟浄にとって彼と暮らした証のような物でした。
 悟浄の髪がこの塔へ入る唯一の手段となった時から、悟浄は自分が絶対に必要とされている事が嬉しくて仕方がなかったのに・・・・・・。
「こんだけ伸ばしときゃ、足枷代わりになると思ったんだろ?俺はさ、それでもイイと思ってた。正直、ここから一生でなくてもイイかと思ってた!」
 俯いた悟浄が零した涙の雫が、床に小さな染みを作ります。
 悟浄は八戒が好きでした。自分に必要なものの全てを与えてくれた八戒が、誰よりも好きでした。だから八戒が、この髪を伸ばさせた意味を考えたくありませんでした。
「でもさ、何年経ってもお前に必要なのは・・・“俺”じゃなくて“禁忌の子”なんだろ?」
 八戒が過去に禁忌の子とどういう関わりを持っていたのかは知りませんが、それでも悟浄は彼が自分の髪に自分以外のものを見ている事に気が付いていました。そして悟浄は、彼が自分だけを見てくれる日をずっと待っていたのです。
「もう・・・なんか疲れたわ」
 悟浄はそれだけ呟くと、傍らのテーブルに載せてあったナイフに手を伸ばしました。
「悟浄っ!」
 それに気付いた八戒が止める間もなく、悟浄はナイフを閃かせます。
 ザクリと、鈍い音が室内に響き・・・悟浄の手には、切り取られた長い長い三つ編みだけが残りました。
 そしてそれを投げるように八戒に押し付けると、悟浄は一歩だけ下がります。
「それ、やるよ。ホントはさ、出て行くつもりなんてこれっぽっちもなかったんだけど・・・もぅダメみたい」
「悟浄・・・なんで・・・・・・僕は貴方の事を思って・・・・・・」
 八戒は唖然としたまま悟浄を見詰めていました。
 しかし悟浄はそんな八戒を見ると、くしゃりと顔を歪めて言いました。
「違うだろ?俺の為なんて」
 そう言われて、八戒は手の中の髪に目を落としました。
 その真赤な髪は、八戒の拭いきれない記憶を呼び起こします。
「確かに、始めはそうでした。僕は見殺しにしてしまった子供の罪滅ぼしに、貴方を引き取ったんです」
(やっぱり)
 悟浄は心の中で呟きます。
 やっぱり八戒が見ていたのは、その子供であって自分ではなかったのです。
「始めの頃は貴方の髪を見る度に、その子供の事を思い出していました。その色を見る度に、今度こそ貴方を護らなきゃって・・・」
「お前が護りたかったのは、俺じゃなくその子供だろ?」
 冷ややかに言い放つ悟浄の声に、八戒は弾かれた様に顔を上げました。
「違いますっ!僕は確かに貴方を護りたいと・・・!」
「なら!髪じゃなくて俺を見ろよ!!」
 悟浄の怒りに燃える瞳が、八戒を射貫きます。
「護りたいんなら、そんな髪じゃなく、俺自身に誓えよ」
 傲慢なまでの悟浄の言葉に、八戒はその身体を強く抱き締めました。
「ごめんなさい」
「謝るなよ」
 溜息の様に呟かれた言葉に、悟浄は少しだけ怒った声音で答えます。
「ごめんなさい・・・」
「だからぁ」
 繰り返される言葉に困りながら、悟浄はそっと八戒の背に腕を回し、八戒の口唇に軽く接吻けました。
「これからは、ちゃんと俺を見ろよ?」


 そうして森の奥深くにある塔は一応の平和を・・・って、悟浄さん!何やってるんですか?!
「へ?旅の準備」
 悟浄は手頃なザックに必要最低限なものを詰めていきます。
 短くなってしまった髪はバンダナで覆われ、この辺を出歩いても支障のない様になっています。
「悟浄!思い直してくれたんじゃなかったんですか?!」
 こちらはちょっと情けない声を出している八戒さん。
「・・・絞め殺してあげましょうか」
 ・・・遠慮しておきます。あ、悟浄さん、荷造り終ったみたいですよ?
「な・・・」
 見れば悟浄がザックを背負い、荷物の加減を見ています。
 本気で旅に出る様です。
「悟浄っ!」
「あ〜、うるさい」
 酷い言い様ですね、悟浄さん。それにしても、本気で出て行くつもりですか?
「あ?うん、出てくよ?いつまでもこんなところにいたら、勿体ないだろ。囲われ者ってのもなんだしね〜」
 ケラケラと笑いながら、悟浄さんは仰います。
 確かに世界は広いです。悟浄の様に赤い髪と目を持つ子供が、普通に暮らせる場所もあるでしょう。
 でも、八戒さんはイイんですか?なんか泣いてますよ?
「おいおい、いくらなんでも泣きはしないだろ・・・。八戒っ!お前も早く仕度しろよ!!」
「悟浄?」
 いきなり掛けられた言葉を理解出来ずに、八戒は困惑顔を悟浄に向けます。
「“俺を”護るんだろ?一緒に行かなくてどうするんだよ」
 悟浄は意地の悪い顔でにやりと笑い・・・八戒に向って手を差し出しました。
「行こうぜ、一緒に」

 こうしてこの森には誰もいなくなりました。
 寂しい魔法使いも愛されなかった子供も、もうどこにもいません。
 そしてこの世界のどこかには、とても仲の良い2人の青年が、今も旅をしているのです。



さて、久々の童話ネタでしたが如何でしょうか?
一度はやってみたかったラプンツェル。元はすっごく短いんですよね〜。
そして王子も出ないうちのパロって・・・(汗)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです(--;)




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