≪天上の華≫
ふわりと香る、甘い香りに天蓬の目が留まる。
その視線の先には、花弁の縁が仄かに紅い、牡丹の花があった。
花自体は珍しくもない。この天界ではありふれた花だ。
だが、その花が存在する場所が、天蓬にとっては奇異であった。
瀟洒な花器に活けられた花は、捲簾の床台の脇に置かれていた。
「花なんて珍しい。どういう風の吹き回しですか?」
って、訊かなくても予想はつくんですけど。
そう言いながら、天蓬はその花弁に手を伸ばした。
「あぁ、女官の誰かが置いてったんだろ」
「昨夜の相手が、ですか?」
揶揄うようにそう言えば、捲簾が不愉快そうに眉間に皺を寄せる。
「ちげーよ」
「そう。随分と趣味のいい相手だと、感心していたところなのに」
大輪の牡丹はその花弁を限界まで広げ、限りある生を謳歌している。
百花の王たる牡丹。
百合の清楚でも、蓮華の神聖さでもなく。
艶やかに人目を惹き付けて止まない、その姿。
「貴方によく似ているじゃないですか」
天蓬は愛しむ様に、その花を両手で包む。
「戦場で見る貴方はもっと緋色の花ですけど、そうやって・・・」
両手で花を包んだまま、その腕を床台に横たわる捲簾へと伸ばす。
そしてそのまま、両手に力を込めれば、寝台の上には白い花弁が舞い落ちた。
はらはらと手から零れ落ちる花の骸に、天蓬は満足そうに微笑んだ。
「しどけない姿をしている時なんて、本当にそっくり」
見上げる捲簾のキツイ眼差しと、花弁の縁を彩る紅と。
中心に向かうほどに、決して汚される事の無い白さが・・・憎らしいほどに重なる。
どうせこの手に入らぬならば、誰かの目に触れることを許したくは無い。
だからこの手で引き裂いて、貴方を花の骸で埋めようか―――。
「馬鹿ばっかり言ってんじゃねぇよ」
不意に伸びた捲簾の手が、茎だけになった牡丹の残骸を弾き飛ばし、返すその手で天蓬の胸倉を掴み引き寄せた。
「俺がお花って柄かよ」
ニヤリと笑うさまは、まさに肉食の獣で。
接吻けられた温もりは、確かに人の暖かさで。
物言わぬ花ではなく、抱き締める腕を持つ人の姿で。
意識しないでもそれを告げる捲簾に、呆れにも似た感情が笑みとなって零れ落ちる。
「それもそうですね。花なんて、優雅なイキモノじゃないですよね、貴方は」
寧猛さでは天界中でも右に出る者のいない捲簾が、ただ愛でられるだけの花である筈も無い。
そう言外に匂わせれば、それはそれで面白くないらしく、再び捲簾の眉根が寄せられる。
「もう。何を言っても気に食わないんですね」
寝台に乗り上げ額に口唇を寄せ、仕方の無い人ですねぇと苦笑混じりに囁いて、その身体を抱き締める。
「花ならば浮気の心配もないでしょうし、手元に置くのも楽なんでしょうけどね」
でもそれじゃぁ、貴方じゃないから。
ただ一時でも、この腕の中にある貴方を感じたいから。
愛でるだけの花など要らない。
「でもね、敢えて花に喩えるならば、やはり貴方は・・・・・・牡丹なんですよ」
<おまけ>
「じゃ、僕を花に喩えなら、どんな花を思い浮かべますか?」
「ん〜・・・どくだみ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「白っぽくって、毒にも害にもなりそうなところがそっくり♪」
「・・・・・・本気で言ってます?」
「勿論♪」
「―――今夜は覚悟してくださいね(にぃ〜っこり)」
「なじぇぇぇぇぇぇ?!」
(自業自得だろ・・・)
久々の天蓬と捲簾です。
『牡丹の季節が終わる前に〜〜っ』と思って書いてみたのですが・・・未消化(爆)
まぁ、私の中では各人イメージとする花があるわけですが、やっぱり捲簾は牡丹かな。
天蓬は木蓮で金蝉は蓮華。悟空はオーソドックスに向日葵。ガーベラでもいいか(笑)。
でもイメージする花は、現世と前世では勿論違うんですよねぇ。
その内また、機会があったら『お花ネタ』に挑戦したいです。え?もう充分?(爆)