― 言 霊 ―
いつもの睦言。
寄せては返す波の様に、繰り返される言葉は飽きる事もなく、慣れる事もなく。
「お前ってさ、言葉を欲しがるタイプだよな」
「どちらかと言えば、そうかもしれませんねぇ」
薄闇に熔ける緋色を鬱陶しそうにかきあげながら、悟浄が思いついた様に口を開いた。
あまり多くはないが、稀と言うには少々多い頻度で、悟浄はこうして話をしたがる。
そう、こういった・・・月明かりの眩い晩には、特に。
「僕は言うのも言われるのも、好きですし」
(悟浄はあまり言ってくれませんけどね)
言外に含まれたニュアンスを感じたのか、悟浄の瞳が八戒を捕らえた。
「本気の言葉は・・・怖い?」
コトバが、滑り落ちた。
次の瞬間、八戒は自分が言った事自体に驚いていた。
常ならば決して言わない筈の、互いの内側に食い込むコトバ。薄暗い過去を曝け出すほどには・・・近くない二人。
「貴方を見ていると『言霊』というコトバを思い出しますよ」
だからこれは、月明かりが招いた幻。
『この息は我が息にあらず』
「悟浄は、古の巫女のように・・・言葉に神性を感じているんですか?」
『入るも神の御息、出るも神の御息』
「自分の言ったコトが、現実になるのが怖い?」
刹那、二人の脳裏を駆けるのは、紅い幻影。
フラッシュバックする、女の姿―――・・・
「どう、だろうな」
ゆっくりと、時間をかけて瞬きを一度すると、悟浄は震えそうになる息を吐き出す。
「お前は―――怖くない?」
その瞳の奥に揺らめいた昏い影はもうナリを潜め、いつもと変わらぬ悪戯な光が燈る。
性質の悪い、幻惑に捕われた気分。
八戒はクスリと笑うと、シーツに流れる赤の一房を手に取り、接吻けた。
「いいえ。むしろ僕は、自分の気持ちを確かめる為に使っていますから」
移り変わる感情なんて、信じない。だから今をコトバで形作る。
その答えにか、はたまた頤に添えられた手の感触にか、悟浄の瞳が満足そうに細められた。
「じゃぁ、俺に言って欲しい?」
濡れた唇が弓の形に歪められ、言葉を誘う。
だから八戒は、蜜に誘われる羽虫のように、口唇を寄せた。
「そうですね・・・でも、無理に言わなくてもイイですよ」
そんなに意外だったのだろうか。悟浄の眉が、僅かに跳ね上がる。
「貴方の困った顔を眺めるのも、愉しいですからねぇ」
余計なコトバを封じる為にもう一度接吻け、意識を乱すように舌を絡めた。
貪り尽した後に残るのは、息も整わぬ口元をしどけなく曝す・・・媚態。
「・・・イイ性格」
掠れる声でやっと言ってのけたのは、まったくもって彼らしい言葉だった。
「ありがとうございます」
「誉めてないって」
クツクツと、咽喉を震わせ笑いあう。
―――さて、言霊に縛られているのは・・・誰?
『言葉の行方』の、もう一つのお話です。
この中でちょっと凄い嘘を吐いてますが・・・解かってやっている事なので
気付いた方は突っ込まずにこっそり笑ってやってください(爆)。
・・・だって使いたかったんだよぅ(T-T)