● 金の斧銀の斧 ●
とある森の泉の側で、話し込んでいる二人の男がいました。
「悟空悟空、この泉の噂を知ってるか?」
「へ?なになに?」
「この泉にゃ、精霊が住んでるんだってよ」
「ふ〜ん」
噂を持ちかけた赤い髪の男は悟浄。受けた方は悟空と言い、二人は気の合う遊び仲間でもありました。
「でな、その精霊っつーのがまた美人なんだと」
悟浄は結構な女好きで、しかも美人には目がありません。
嬉しそうに笑いながら言ったのですが、
「それだけ?」
「・・・相変わらずお子様は色気より食い気かよ。男だったら美人と聞いたら顔を拝みたくなるのが普通だろ?」
「ん〜?俺は別に・・・」
悟空は何とも気のない返事。二人はこのことに関してだけは気が合わないのでした。
煮え切らない悟空にしびれを切らした悟浄は、やおら
「黙ってここは一つ俺に協力しろ」
と、言うが早いか悟空を泉の中に蹴り落としてしまいました。
「うわっ!」
哀れ悟空は水の中へ・・・
「さて、これで噂通りなら泉の精とやらが出てくるわけだが・・・来た!」
泉の中央に渦が巻いたかと思うと、中からはそれはそれは見目麗しい乙女が・・・
「観世音菩薩・・・」
もとい、菩薩様が現れたのでした。
「人の住みかに物を投げ込むとはイイ度胸だな、貴様」
尊大な物言いは確かに菩薩様のようです。悟浄は深〜い失意の溜息を一つ付くと、きびすを返して歩き始めました。
「待て」
悟浄はすたすたと歩いて行きます。
「待てと言うに」
菩薩様が人差し指を立てると、何故か悟浄は足を取られ、地面に埋没してしまいました。
「・・・・・・・」
「人の話を聞かないからだ」
いい気味だとばかりの菩薩様の言葉に、関わりたくなかった悟浄も思わず言葉を返してしまいます。
「誰も好きこのんでアンタを呼び出すもんかよ!俺の純粋な探求心を返しやがれ!!」
言うに事欠いて、何を言ってるんでしょう。
しかし菩薩様、全く無視なさって、
「人が落とし物を親切にも返してやろうと言うんだから、素直に聞いていけ」
と、仰います。
そこで悟浄は、はたと思い出します。彼が投げ込んだのは、仮にも友人の悟空です。
その悟空をほったらかして帰っては、ないも同然とは言えこれからの友情に差し障りが出てくるでしょう。
「分かった・・・」
悟浄は断腸の思いで言いました。
「それでは」
菩薩様はこほんと一つ、咳払いをなさった後に続けます。
「お前が落としたのはこの、金の八戒か?銀の八戒か?」
「ちょっと待て!」
悟浄が落としたのは悟空です。しかし菩薩様が連れ立ってきたのは、年の頃は22の青年二人。後光も目映い金色の八戒と、瑞雲たなびく銀色の八戒です。
悟浄は慌てて、
「俺が落としたのは悟空だ。八戒とか言う人間の筈がねぇ」
無理もないでしょう。悟浄が落としたのが八戒という青年だったら、悟空は何処に行ってしまったのか。少なくとも悟空は目の前の青年よりは害が無さそうですし。
悟浄は意を決して、菩薩様に問いただします。
「悟空は何処にやった」
菩薩様は残念そうに舌打ちなさると、
「猿ならほれ、向こうだ」
と、顎をしゃくります。見れば対岸には自力で這い上がる悟空の姿・・・
悟浄はそれを確認すると、よし、とばかりにその場を後にしようとします。が、再び足を取られ地面に埋没。
「だから待てと言っとろうが」
「言ってねーだろ!」
悟浄は仕方なく菩薩様に向き直ります。
「で?」
そんな様子の悟浄に、菩薩様は一つ頷くと、
「うむ。正直者のお前には、ついでに普通の八戒も併せて3人、まとめてくれてやろう。ちなみに性格はどれも同じだ」
「だからどうしてそうなる!」
「いや、だからな」
菩薩様は語ります。
「下働きにと作っては見た物の、ちと性格がきつすぎて厄介でな。あわよくば人に押し付けようかと」
「菩薩様、正直過ぎですね」
にっこり笑って、3人の八戒はつっこみます。
あまりのことに口も利けない悟浄を放って、主従は勝手に続けます。
「しかし本当のことだろう。ま、とにかくお前達はあの男のところに行ってしまえ」
「・・・仕方がありませんね。いくら創造主とはいえ、あなたは僕の天敵のようですし」
「と言うより同族嫌悪に近いかな」
「あ、やっぱり。ま、そういうことでしたらよろこんで、あちらの方のところに行きましょう。幸い、僕の好みでもありますしね。それでは悟浄」
いきなり自分に話が戻ってきたので、悟浄はやっと我に返りました。
岸へと上がった3人の八戒は悟浄を取り囲み、極上の笑みで、
「幸せになりましょうね」
「だからなんでだ〜!!」
悟浄の叫びも虚しく、彼は3人の八戒に連れて行かれてしまいます。
「まぁ、夜の生活だけは退屈しないだろうから、達者でな。悟浄よ」
菩薩様はそう言い残し、さっさと泉の中へ帰ってしまわれます。
「あ、それは本当ですからね。しかも僕ら3人もいますし」
「ただし、譲り合うことが嫌いなんですよね」
「基本的にあの方の性格を引いてますからね」
口々に言い合う八戒に連れて行かれながら、悟浄は泣きたくなる思いで言いました。
「返しやがれ、俺の平穏な日常・・・」
「やだな、僕と一緒になったからには幸せにしますよ」
ぷ・・・プロポーズ・・・
こうして悟浄は末永く、3人の八戒と暮らします。
まぁ、悟浄が幸せかは・・・ご想像にお任せしましょう。
ちなみにこの後暫くは、悟浄が外に出歩けなかったことだけは付け加えておきましょうか(笑)