【 始まりのない物語 】




 映画を、見ていた。

 明かりを落とした部屋の中に、二人だけ。
 その前で、なんてことはないラブロマンスが延々と流れていく。
 数年前に流行った映画。さして興味のなかった悟浄は、そんな映画があったことさえ忘れていたのだが。
 偶々通りかかったレンタル屋で、投売りされていたテープを見た八戒が言ったのだ。
(あぁ、この映画……懐かしいですねぇ)
 目を細めて、本当に懐かしそうに呟いたその表情に何故かムカついて、次の瞬間悟浄はそのテープを掴んで店の扉を潜っていた。
 リズミカルな音楽に合わせ、チカチカと忙しなく移り変わる画面。
 その中で、そこそこに見目の良い女と、少しだけ年のいったオッサンが手に手を取って走り回っている。
「そうそう。この後に車が通って、二人が離れ離れになって……」
「ふーん」
 自分で買っておきながら言うのもなんだが、興味のない物を見させられることほど退屈な物はない。しかも、ご丁寧な解説付き。
 サイアクだ。
 急降下する機嫌を誤魔化すように、悟浄は温くなりかけた缶ビールの中身を呷った。
「マズ……」
 眉間に皺を寄せて呟いても、隣りの八戒は画面に夢中で聞いちゃいない。
 内容なんてたいしてない、クソつまらない映画なのに。
 薄く彩られた微笑が、癇に障る。
 俺は何がしたかったんだ。
 自責の念が津波のようにドッと押し寄せてくるのに任せて、悟浄は首を垂れて溜息を噛み殺した。
「それで………悟浄?」
 恐らく話のついでにこっちを見て、俯いている悟浄に気が付いたのだろう。
 どうしたのか、という響きを含んで八戒が問い掛けてくる。
 本当に、何がしたかったんだ、俺は。
 これ見よがしに「八戒の思い出の映画」とやらを見て?
 八戒に誰かさんのことを思い出させて?
 ソイツがもういないことを再認識させて?
 それで、今は俺がいるよとでも言うつもりか?
 我ながら陳腐過ぎて泣けてくる。目の前の映画よりもサイアクじゃねぇか。
「ベタだよなぁ…」
「あぁ、そうですよね。でもそのベタさ加減が癖になると言うか……」
 そうじゃねぇだろ。
 勘違いして言葉を繋げてくる八戒に、腹の中で突っ込みを入れた。
 自己嫌悪。
 見なきゃ良かった。っつーか、初めから買わなきゃ良かったんだ。
 ポケットにテープ代が十分出るくらいの小銭が入ってたのが悪い。いや、レンタル落ちなんか店頭で売ってたあのレンタル屋が悪い。そもそも八戒と一緒に買い物なんかに出た挙句、ちょろっと呑んでた俺が悪い。
 アルコールと八戒の笑顔が、ご機嫌だった俺の気を増徴させた。
 そーか、俺が悪いのか。
 ビデオテープはビデオラックに置く決まりになっているから、テレビの前に来る度にきっとこのテープが目に入る。
 センスのない黄色い背表紙に、日に焼けてちょっとだけ薄れた茶色の文字。生憎と俺のコレクションは黒と赤を基調としているもんが多いから、嫌でも目を奪われる結果になる。並べてもみない内から簡単につく想像に、辟易した。
 どうにかしてビデオテープを抹消したくても、恐らく八戒は見終ったテープを大事そうにケースに戻し、ラックにしまうに違いない。
 そうすりゃ持ち出してこっそり処分、なんてことは不可能だ。
 もしも今夜しまい忘れてこのまま寝てしまっても、この家のゴミ箱に捨てたら絶対にバレる。だからと言ってテープを持って家を出たりしたら、普段何も持たずに出歩く俺に八戒は疑問を持つに違いない。見咎められて、詰問されたらそれでアウト。いっそ誰かに無理矢理貸してしまうというのはどうだろう。そんで、口裏合わせてもらって……。
「……じょう?………悟浄!」
「あ……なに?」
 不意に飛び込んできた八戒に声に、悟浄はビクリと身を竦ませる。
 考えに没頭するあまり、何度呼ばれたのかも解らなかった。
 それでも八戒は上の空の悟浄の気を引く事に成功したのに満足したのか、小さく笑って画面を指差した。
「ほら、もうクライマックスシーンなんですから。折角買ってくれたのに、一緒に見てくれないなんて酷いですよ?」
「………ワリぃ」
 そうだった。このテープの所有権は、八戒にある。
 テープを持って歩くのが嫌で、つい八戒に渡してしまったのだが、それでも八戒にくれてやったのには違いない。
 悟浄は諦めたように溜息を吐くと、視線を画面へと移した。
 そこには先程走り回っていた男女がしっかりと互いの身体を抱きしめ合い、いつのまにやら勝手に育った愛とやらを再確認している最中だった。
『もう君を離さない。ずっと、一緒にいてくれるね』
 甘ったるい男の言葉に、鳥肌が立つ。
 だが女は嬉しそうに微笑んで、頷いた。
 あー、なんか、わかる。
 マジにこんなこと言われたら鳥肌立ち捲くりでぶん殴ってるかも知れねぇけど。
「イイかもしんねぇよな……」
 ダルい頭を傾けて、コトンと八戒の肩に乗せてやる。
 そうすれば八戒も頭を傾けて、頭同士が折り重なるような格好になった。
「羨ましい、ですよね」
「言われてみたい?」
「いいえ?」
 八戒は悟浄の手からビールの缶を取り上げると、テーブルの上に移動させた。
「僕は、頷いて欲しい方ですからねぇ」
 さっきよりも僅かに体重を掛けながら囁いた八戒の言葉に、一瞬だけ反応が遅れる。
 誰だよ、思い出の映画なんて言ってたの。後ろ向きだったのは俺だけか。
 クスクスと伝わってくる笑いの波動に引き摺られ、悟浄の口から笑いが零れた。
「そうだなぁ」
 考える振りをして肩で八戒の身体を押せば、八戒の腕が緊張するのが解った。
 この手に何度、触れたことか。
 この手に何度、触れられたことか。
 数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの時間が、ここにはあったのに。
「あの大根役者の真似を千回やってくれたら、頷いてやってもいい」
「……なんですか、それ」

 画面の真ん中にアニメの羽根ペンがクルクル踊って、白抜き文字でエンドマークを描き出す。
 映画は漸く、終わりを告げた。





カヅキ様よりリクエスト頂きました67000HIT記念……って、いつの事でしょう。(滝汗)
お待たせしすぎです。すみません。しかも八浄ラブラブな筈が、最後しかラブラブじゃない気が……。
ごめんなさい!苦情受け付けます!ちなみに悟浄に大根と呼ばれた男優はショーン・コネリーあたりで。(なんのことだ)
こんなサイトですみません。精進します。リクエスト、ありがとうございました。


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