転 寝 うたたね



「おや?」
 洗濯物を庭に干し、戻って来た八戒は、居間のソファに寝転ぶ人物を発見した。
「よくこんなところで寝られますねぇ」
 ソファの奥行きは肩幅ぎりぎりだというのに、その人物は身体を横向きにして器用に収まっている。
「身体が痛くなりませんか?悟浄」
 そう話し掛けても、熟睡中の悟浄が応える筈もない。
 昨夜の夜更かしが原因なのか、はたまた八戒に気を許しているのか、悟浄の睡眠はそれほどに深いものであった。
「困りましたねぇ」
 これから掃除をしようと思ってましたのに。
 八戒は思案顔で、悟浄の背中を見詰めた。
 その様はまるで「休日のお父さんは粗大ごみ扱い♪」しているお母さんのようだ。
(でも、起こすのもちょっと可哀相ですし・・・)
 仮にも悟浄は家主である。対して八戒は同居人といえども居候の身。
 無理に起こして家主の不興を買うのは、本意ではない。
 そして・・・ソファに丸くなって眠る悟浄の姿は、そのまま鑑賞したくなる程に・・・実に可愛らしかったのである。

「ご〜じょう?」
 奇妙なイントネーションを付けて、八戒は悟浄の顔を覗き込む。
 悟浄は八戒の呼びかけにも気付かぬまま、実に気持ち良さそうに寝入っている。
 普段はその色彩の為にきつい印象を与える瞳も隠され、男にしてはやけに長い睫が彼を優しく見せていた。
 寝乱れ、頬にかかる髪を掻き上げてやれば、整った顔立ちが露になる。
 安らかに眠る様は、まるで・・・
(昔話のお姫様、みたいですよね)
 悪い魔法使いに騙されて、王子様が目覚めさせてくれるまで待ち続ける、薄幸の姫君。
 そんな話を思い浮かべて、八戒は忍び笑いをもらす。
(まぁ、この人なら黙ってやられてないで、自力で起き出した挙げ句に敵討ちまでしそうですけどね)
 生命力なら人一倍。しぶとさには定評がある上、売られた喧嘩は借金してでも買う性格の悟浄だ。
 こんな姫君では魔女の方が分が悪かろう。
(顔だけなら、文句無しに合格、なんですけどねぇ)
 そう考えること自体、八戒も既に終わっているのだが・・・
「ん?」
 しげしげと悟浄の顔を眺めていた八戒は、不意に笑みを深めた。
 よく見ると悟浄の薄い唇が僅かに開かれ、桃色の舌先が覗いている。
 いつもなら酷く淫猥に見えるその口元も、今は幼さを残していて微笑ましいくらいである。
(猫の仔みたいですね)
 八戒は孤児院にいた、茶色の仔猫を思い出した。
 その仔猫は時折、だらしなく舌を仕舞い忘れて眠っていた。
 その様が、あまりにも今の悟浄と重なって、八戒は笑いを殺しきれない。
「ほんっと、可愛いですよねぇ」
 目を細めて悟浄を見詰める八戒は、幸せそのものと言う顔をしていた。
 くすくすと零れる笑いにも、悟浄は未だ気付かない。
「あ・・・」
 不意に八戒は悪戯を思い付いた子供のような顔をすると、そっと悟浄に顔を寄せる。
 そして自らも軽く舌を伸ばし、悟浄のそれに触れた。
 外気に触れている為に乾いた感触のする舌が、一瞬だけ感じられる。
 こんなことをすればいくらなんでも目を覚ますかと思い、八戒は少しだけ身体を離し、悟浄を観察した。
 しかし、悟浄は相変わらず夢の中だ。
「本当に起きませんねぇ」
 半ば感心しながらも、八戒は次なる悪戯を思い付く。
 そして再び顔を近づけ、今度は乾いた舌先を湿らすように舐め上げる。
「ん・・・」
 今度はさすがにくぐもった声が聞こえたが、やはり起き出す気配はない。
 八戒はそのまま唇を合わせ、悟浄の舌を誘い出し、絡める。
 始めはゆっくりと形を確かめるように。
 そして次第に、奥まで探るように。
「・・・くぅ・・・・」
 息苦しくなったのか、悟浄の舌が震える。
 逃げようとする舌先を、今度は逆に追いかけ、八戒は悟浄の口腔を犯す。
 歯列を割り、上顎を舐め上げ、舌を伸ばして奥歯まで確かめる。
「ふ・・・・んく・・・」
 苦しげに喉が鳴り、眉根は寄せられて苦悶の表情を示す。
(やっぱり、いつ見てもそそるカオですよねぇ)
 薄目でそれを眺めながら、手は悟浄のシャツの下に潜り込む。
 しっとりと吸い付くような極上の肌。
 筋肉の流れを辿るように手を動かせば、悟浄の瞼が震えた。
「んんっ!」
 今度こそはっきりと目を見開いた悟浄が、混乱を隠せないままに八戒を押し退けようと身動ぎする。
 とりあえずほんの少しだけ身体の間に隙間を作り、八戒は悪びれない笑顔を悟浄に向けた。
「あぁ、起きちゃいましたね」
「起きちゃいましたね、じゃねぇだろ!」
 悟浄は整わない息のままに怒鳴り付ける。
「人がちょっと居眠りしてりゃ、なんつー事すんだ。まったく、うかうか昼寝も出来やしねぇ」
 捲り上げられたシャツを降ろしながら、文句の嵐が吹き荒れる。
「だいたいなぁ」
「貴方が、あまりにも可愛らしかったもので」
「・・・はい?」
 遮るように聞こえた八戒の台詞に、悟浄は思考ごと停止させられる。
 そんな悟浄の様子を楽しげに見ながら、八戒は重心を悟浄の方へと寄せた。
「やっぱり自分じゃ気付かないんですね、寝ている時の媚態なんて」
 くすくすと笑いながら、再びシャツに手をかける。
「無意識でも誘っているようで・・・ソソられちゃいました」
「っ!やめっ・・・」
 耳朶を掠めるように囁かれる言葉に、悟浄は熱くなる。
「何、勝手に発情してんだよぉ!」
 懸命に八戒を引き剥がそうとするが、今度はしっかりと押え込まれ身動きが取れない。
 忍び込み這い回る八戒の手に翻弄されながらも、悟浄は流されないように必死である。
「悟浄、あまり暴れないで下さいね」
 不意に八戒が腕に込めた力を抜いた。
「え・・・うわぁっ!!」
 しめたとばかりに横に動こうとした悟浄は、案の定ソファから落ちかけ、逆に八戒にしがみつく結果となる。
「だから注意したのに・・・」
「だったらこんな場所でヤろうとするんじゃねぇ!!」
 怒鳴り付けるが、その手はしっかりと八戒に回されたままである。
「・・・・・そのまま、しっかり捉ってて下さいね」
「ちょっ・・」
 するりと内股を撫でられ、悟浄は益々腕に力を入れて八戒に抱き着く。
「っ・・・やだっ!止めろって!!」
「悪いのは、悟浄の方ですからね」
 空いた方の手で背骨をなぞり上げられれば、甘い痺れが悟浄を支配する。
「責任転嫁してんじゃねぇ!・・・くぅ・・・」
 溢れる罵声は次第に甘い声に代わり・・・
「好きですよ、悟浄」
「もう、ぜってーお前の前でなんか寝るもんか・・・」
 そうして悟浄の虚しい抵抗も終わりを告げるのであった。



K様よりリクエスト頂きました八戒(鬼畜強め)×悟浄・・・なのに・・・八戒の鬼畜度が低くて申し訳ない。
最近甘目の物しか書けなくて、かなり焦っている管理人で御座います(T-T)
でも、表ではこれが限界ラインかなぁ・・・。すみません、K様。こんなものでも貰って下さいますか・・・?




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