・・・真昼の月・・・



 照り付ける日差しの中、2人の少年が剣を交えている。
 少年達は一見しただけでかなりの年齢差があった。
 一人の少年は、15〜6。この年の少年にしては、体格も良い方だろう。張り詰めた若い筋肉は、彼が何がしかの武術を鍛錬していることを窺わせる。
 そして。
 もう一人の少年は、彼に比べてあまりにも小さく、そして幼かった。
 年の頃なら十にも満たない。幼い四肢は細く、頼りなげに見える。
 しかし、その剣の力量は、年嵩の少年に迫るものがあった。

「せぃっ!」
 幼い方の少年が、気合と共に渾身の力で切り込む。
 しかし、その切っ先は難なく躱されてしまう。
「!?」
 その少年の勢いを殺さずに軽く背中を叩くと、彼はバランスを崩し、地面に転がってしまう。
 たいして力を入れたようにも見えないのに、少年は勢い良く地面を転がり、やがて止まった。
「いてて・・・」
 眉を顰め、痛みを堪える様は、微笑ましくもある。
「大丈夫か?」
 あまりにも思い切り良く転がった少年を心配して、もう一方の少年が駆け寄る。
「へーき!」
 少年は元気良く応えたが、差し出された手に捉まろうとして再び眉を顰めた。
「なに」
「いや・・・足、捻ったみてぇだ」
 見れば少年の細い足首は、既に赤く腫れ上がり始めている。
「仕方ねぇなぁ」
 苦笑いを浮かべると、幼い少年に背を向け、乗るように促した。
 少年も素直に、彼の肩に手を伸ばす。
「わりぃ、爾燕」
「兄上と呼べ、『兄上』と」
 この事ばかりは素直になれない少年に、苦笑しながら立ち上がる。
「誰がそんなサムい呼び方が出来るってんだ」
 悪態ばかり突くが、少年が本心から言っているのではないことを、爾燕は十分に承知していた。
(素直じゃねぇのは、誰に似たんだろうな)
 そんなことを思いながら、彼は背中の弟を揺すり上げた。
「ほら、帰るぞ。悟浄」
ちぇ・・・
 悔しそうな舌打ちが聞こえたが、あえて何も言わずに、爾燕は家路へと歩き出した。


「ま、時間的には丁度良かったかも知れねぇな」
 辺りを見回せば、既に陽も傾きはじめている。
 しかし爾燕は、ゆっくりと歩く。
 その足取りは、悟浄の傷に負担をかけない程に静かだった。
 悟浄は爾燕の首にしっかりと腕を回し、その肩に頭を預ける。
 普段は滅多に見せない義弟の甘えた様子に、爾燕は自然と笑みが零れる。
「眠くなったら、寝ちまえ」
 爾燕がそう言うと、「眠くなんかない」と拗ねた声が返される。
「そうか」
「そうだよ。子供扱いすんな」
 怒ったように悟浄が言うが、その頭は依然として爾燕の肩にある。
「お前は立派な子供だよ」
 笑いながら体を揺すり上げてやると、悟浄の顔が、肩から離れた。
 感じていた温もりが遠くなったことを残念に思いながらも、爾燕は悟浄とこうして語り合えることが嬉しかった。
 全てを諦め切った瞳を持つ子供は、いつも爾燕と一線を置こうとした。
 赤い、瞳と髪。
 それは混血児の証。
(『禁忌の子』・・・か)
 誰が名付けたのか知らないが、全く以って余計なことをしてくれる。
 片親とはいえ血を分けた兄弟なのに、悟浄の境遇は、この年の子供にしては辛すぎた。
 迷信が民衆という肉体を持ち、悟浄を迫害する。
 爾燕は幼い弟を、出来る限り守ってやろうとした。
 しかし・・・・・・
 ふと視線を落とすと、悟浄の細い腕が目に入る。
 その頼りなげな腕には、不自然なまでに多くの痣が散っていた。
(母さん・・・・・・)
 彼を一番に傷つけたのは、世間でもなく、爾燕の実の母親であった。
 少なからず父の面影を持つ悟浄が、彼女の精神を少しずつ狂わせている。
 しかし爾燕には、その母を完全に止めることが出来ないでいた。
「すまない・・・」
「ん?」
 不意に零れた言葉を、悟浄は聞き止めた。
「俺が、もっとお前を守れたら・・・」
「な〜に言ってんだよ!」
 悟浄は爾燕の視線の先から、その言葉の意味を悟ったらしい。
 そして、遮るように爾燕にしがみつく。
「兄貴には十分良くしてもらってるよ。それに・・・」
 悟浄は爾燕の肩に額を押し付ける。
「俺はもっと、強くなるから」
 自分は自分で、ちゃんと護れるから。
 誰も泣かないように、強くなるから。
 そう告げる義弟に、爾燕は泣きたい衝動にかられる。
(お前はもう、十分に強いよ)
 せめて、この優しすぎる義弟の支えになりたいと、爾燕は心に誓う。
 少しでも、この幼子が安らげるように。
 楯になるくらいなら、きっと出来るから。
「あぁ、そうだな」
 爾燕はそれだけ告げると、少しだけ顔を綻ばせた。
 それに気付いた悟浄も、つられたように微笑む。
「兄貴は苦労性だなぁ。その内禿げるぞ」
「うるせぇ」
 誰のことで苦労してると思ってんだよ。
 そう言ってやろうかとも思ったが、頬に触れた感触に思考が止まった。
「サンキュ」
 小声で囁かれる言葉。
 まったく、こんなことをどこで覚えて来たのか。
 次第に赤くなる顔を自覚しながら、爾燕は精いっぱい眉根を寄せる。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
 そんなことを言っても、項まで真っ赤に染まった状態では何の迫力もないだろう。
 悟浄は肩に額をつけて笑っている。
 その小刻みな振動を、どこか嬉しく思いながらも、爾燕は憮然とした表情で家路を辿るのだった。


紫苑様よりリクエスト頂きました、爾燕と悟浄のお話です。
御要望が『行ってもキス止まり』とのことでしたので、こうなってしまいましたが・・・
爾燕15歳と悟浄8歳・・・どうしても子悪魔悟浄が・・・(汗)
紫苑様、謹んで捧げますので、笑って許して下さい(^^;)



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