花盗人



「捲簾」
 心地良い響きが、捲簾の耳を打つ。
 女とは違う、少し低めの良く通る声。
 この数年で、すっかり耳に馴染んだ声だ。
「捲簾大将」
 半ば夢の中に居るような心地で、捲簾はその声を聞く。
 実際には身体は泥の様に重く、起きるのが厄介だというのもある。
 だが、それ以上に、彼はこの声を聞いていたかった。
「捲簾、いい加減に起きないと、朝議に遅れますよ」
 声に若干の苛立ちが感じ取れるようになると、捲簾は漸く眼を開けた。
 これ以上、何のリアクションも返さずにいると酷い目に会う。
 それは先日、この男によって学ばされたばかりだ。
「あぁ・・・・」
 捲簾は少しだけ掠れた声で、返事をした。
(本当なら、もう少しこうして居たいが・・・潮時かな)
 そんなことを思いつつ、視線だけを声の主に送る。
「天蓬・・・」
「はい、おはようございます」
 にっこりと笑いながらさも爽やかそうに返す天蓬に、捲簾は呆れを通り越して感心さえしてしまう。
 昨夜、あれだけ自分を責め立てた男が、何故こんなに爽やかそうなのか。
(いや、やることヤったから爽やかなのか?)
 埒もない事を考えるのは、頭が寝ている証拠だ。
「ほら、あと30分で朝議が始まってしまいますよ」
「うぅ・・・行きたくねぇ」
 コレは本心。
 面倒な爺共の話など聴くくらいなら、ここで惰眠をむさぼっている方がどれだけ有意義か。
 まぁ、このままここに居るとなると、目の前の男にナンかされそうではあるが・・・
「だめですよ、捲簾。貴方、先日の朝議もすっぽかしているんですからね。これ以上穴をあけると、上級神の方々からまた文句を言われますよ」
「この・・・間って、あれはお前が・・・」
 その日のことを思い出して抗議が口から出かかったが、薄く笑った天蓬の口元を見た途端に声は小さくなる。
「僕が、どうかしましたか?」
 わざとらしいまでの問い。
 こういう時の天蓬には何を言っても無駄である。
 短くは無いが、長くも無い付き合いの中で、学ばされたこと。
 この男には、本当に、色々と教え込まれた気がする。
「も・・・いい」
 諦めた様に再び寝台に突っ伏した捲簾を、楽しそうに天蓬が眺める。
「捲簾。起きないんですか?」
 見た目よりもやわらかな髪を、整える様に手が動く。
「ん・・・・・・」
 朝議に出るなら、いい加減起きなくてはならない。
(仕方がねぇ・・・・・・)
「仕方がないですねぇ」
「へ?」
 自分は確か、言葉には出していないはずだが・・・・・
 そう思った矢先に、天蓬の顔が近づいて、触れるだけの接吻けを受ける。
「このまま、ここで寝ていられる方法を教えてあげましょうか?」
 微笑を浮かべながら、天蓬が問い掛ける。
「あ・・・いや。俺、もう起きるから」
 慌てて起きあがろうとするが、天蓬の腕はしっかりと捲簾を押さえ、1ミリたりとも動かない様に固定されている。
「せっかくですから、僕の話を聴きませんか?」
 顔の表情は変わらないまま、眼だけが笑っていない男の顔を、捲簾はまともに見ることが出来ない。
「そろそろ、行かないと朝議に遅れちまうだろ?」
 視線を泳がせながらそう言えば、
「だから、行かなくてすむ方法を教えてあげると言っているんですよ」
 ・・・・・・はっきり言って恐怖である。
 天蓬がここまで強引に話を進める時は、捲簾にとって嬉しくない状況が待ち構えていることが多いのだ。
「て・・・天蓬?」
「ですからね、貴方は体調が優れないために、今日は一日病床に臥せっていることにすれば良いんですよ。僕が看病すると言う名目で、一緒に居てあげますから」
 天蓬の口から告げられた言葉は、一応まともだった。仮病を使えと言うのである。
 だが・・・
「それなら、副官のお前が朝議に出るのが普通じゃねぇか?」
 捲簾の疑問ももっともである。副官=上官の補佐、と言うのが世の中では普通の図式ではなかろうか。
 それなのに、天蓬の答えはある意味、実に彼らしかった。
「嫌、ですね。面倒くさい」
「て〜ん〜ぽ〜〜〜」
 がっくりと肩を落とし、捲簾がうめく様に名を呼べば、
「なんですか?」
 明るく返される。
「で、お前はここで何をするつもりなんだ?」
 訊いちゃいけないとは思いつつ、つい訊いてしまうところが彼の懲りないところだろう。
「やだな」
 酷く嬉しそうに天蓬は捲簾の上に乗り上げる。
「勿論」
「ちょっ・・・」
 するりと肌に這わされた手に、慌てて抵抗しようと思っても、体はしっかりと固定されたままだ。
「貴方とナニをするつもりです」
「ばっ・・・・!」
 耳に囁かれた、あまりにもストレートな言葉に捲簾の顔は朱に染まる。
 その様子に天蓬は目を細めると、更に捲簾の身体を暴きにかかる。
「こら!やめろって!!・・・・やっ・・・」
「一日中『看病』してあげますから、安心して下さいね」
「ばかやろうぅぅうぅ!!」
 捲簾の叫びが空しく響く、天界の朝であった。




「ちっ・・・やられた」
「え〜?また大将、元帥に捕まっちまったのか?」
「誰だよ、昨日の飲み会の後に大将をあの人に任せたのは!」
「知らねェよ。気が付いたときには二人っともいなかったじゃねぇか」
「ねぇ、朝議まで後15分だよ?」
「そろそろ行かないとまずいですね」
「じゃ、平等にくじ引きでもしますか」
「ちょっと待て!俺は絶対に行かねぇぞ!!」
「俺もこの前行ったばかりだかんな」
「皆そうですって。しっかし、ここまで続くと『副官補佐』を設けた方がよさそうですよね」
「誰があの人の補佐が出来るんだよ」
「名前だけですよ?」
「あの人の従卒、10日と保った事ないの、知ってんだろ?」
「あぁ、この間入った新人、3日で入院ですって?」
「うわぁ・・・」
「で、結局誰が行くんだよ」
「だから籤引き・・・」
「俺はぜってぇ嫌だからな!!」
 ・・・・・・天界で一番苦労しているのは、天界西方軍の方々の様である。



高嶺 宵様からのリクエスト、鬼畜天蓬×捲簾大将です。
どうも鬼畜さが甘い気がするのが・・・(^^;)
実は一番書きたかったのは、最後の台詞の羅列だったと言うことは内緒(笑)
謹んで高嶺様に捧げますので、受け取って下さいまし(^^)



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