･･･ ＫＩＳＳの味 ･･･
「ねぇねぇ、さ〜んぞうさまっ」
何を思い付いたのか、悟浄が猫撫で声で三蔵に絡んでいる。
それはとりたてて珍しい事でもない。
珍しくないから八戒も苦笑だけ漏らして席を立ち、換えのお茶でも用意しようと台所へ向かった。
ここは旅の途中で立ち寄ったとある宿屋で、部屋毎に簡易キッチンがついている代わりに食堂がないという、桃源郷でも珍しいタイプの宿泊施設だ。幸いにして賑やかな町並みらしく、隣家は食堂兼酒場を営んでいる。少々行けば中々の食材も揃うので自炊が出来る者はそれを利用しても良い。便利と言うか合理的と言うか。
まぁ、そんな理由でセルフサービスと言えば聞こえの良い自炊体勢を強要され、いつもの如く八戒が朝食からお茶の用意までしているのだった。
（３歩。）
八戒は心の中で呟く。
それだけ歩けばいつもの通り三蔵の怒声と、７割の確率で銃声が響き渡る。
壁に穴が開くのは頂けないとしても、それが彼らなりのコミュニケーションと言うのだから仕方がない。いつも通り宿の主人に謝って、いつも通り三仏神名義のカードから修理費を支払う。
慣れるにはいささか情けない行状だが、どちらにしろ自分の懐が痛むわけでもない。
そんなことを考えながら流しに辿り付き、薬缶に手を掛けたところではたと止まった。
（あれ？）
先ほど自分は３歩と思ったのではなかったか。
しかし一向に怒声も銃声も響いてこない。いやそれはそれで良い事なのだが、それを抜きにしても静か過ぎる。
一体彼らに何が起こったのか。
八戒はそろりと後ろを振り向き･･･手にしていた薬缶を取り落とした。
ガゴン、グワングワングワン･･････
どうしていつの世でも金物が転がる音っていうのは心の衝撃を表す音として相応しいのだろうか。
そんなどうでもいいことを頭の中で駆け巡らせるほど、八戒は目の前の光景にショックを受けていた。
目の前･･･いや、それは正確ではないだろう。今現在八戒の目の前には先ほどの大きな音に驚愕の表情でこちらを見ている悟浄と三蔵の姿があるだけだ。
正しくはその一瞬前。
「な･･･」
八戒が見てしまったものとは。
「なんでっ、アナタ達がキスしているんですか！！」
しっかりと唇を触れ合わせた二人の姿だった。
カチリという音の後にゆっくりと煙草から立ち昇った紫煙を、八戒はぼんやりと眺めていた。
あの後、自分でも収拾のつかなくなった感情のままに宿の一室に閉じ篭り、こうして普段は吸わない筈の煙草に手を出している。
悟浄のハイライトでも三蔵のマルボロでもない、八戒の煙草。
どちらでもないその独特な味が、苛立つ気分を紛らわせてくれそうで、自然と手元の灰皿に吸殻が溜まる。
（思えば、随分と大人気ないコトをしましたね･･･）
『悟浄が節操なしだとは知っていたつもりでしたけど、そこまで節操なしだとは思ってませんでした！』
感情のままに捲くし立てる八戒の姿に、悟浄はただ目を見開いているだけだった。それが八戒を更にエスカレートさせた。
『三蔵も三蔵ですっ！普段ならちょっと触られるだけでも嫌がるのに、よりによって人前で･･･っ！』
違う。人前で、じゃなく『僕の前で』が正解。
悟浄がスキンシップ過多なのは百も承知。彼が人肌に飢えているコトなんて直ぐに気が付いたから、どこかで女性を口説いて一晩帰ってこなくても仕方がない事だと諦めた。
彼に必要なのは性的な行為そのものではなく、他人の体温から得られる精神的な安定。
だからこそ、彼に温もりを与えてくれる女性に関しては一歩引いた。どちらにしろそれは一夜限りに事でしかない。ソウイウ意味では自分が１番近くにいるのだと･･･自惚れていたのだ。
はぁ･･････
八戒は深く溜息を吐くと、片手で顔を覆った。
（自惚れ過ぎ、ですよね）
悟浄が誰を選ぼうと、自分に拒否権はない。
女好きで男は問題外、と豪語していたから勘違いした。八戒が側にいるコトを許しているのは、八戒が特別な存在だからだと。
だからこそ、悟浄が三蔵と接吻けているのを目の前にして、理性が飛んだ。
悟浄の側にいるのは別に自分でなくてもイイのだと、見せ付けられたような気がして。
頭に血が上って、勢いで罵って、勝手に閉じ篭って。
「もぅ、サイアク」
不意に零れ落ちた言葉が如何にも悟浄が言いそうなセリフで、八戒は自嘲った。
どんなに足掻いても、やっぱり手に入れたいのは只一人。
諦めきれない自分が情けなくて、自嘲った。
コンコン、と軽くドアがノックされ、続いて聞き慣れた声が掛けられた。
「八戒さ〜ん？」
返事をするのも面倒で黙っていたら、恐る恐るというカンジに扉が開かれた。
そこから赤い髪が覗いて、初めて扉に鍵を掛け忘れたコトに気が付く。
そのまま見ていれば、ソロリソロリと歩んで来て、八戒の傍らにぺたりと座る。
ほんの少しだけ眉間に皺を寄せて、それでも八戒の顔を見上げて来る様子は、まるで叱られるのを待つ子供の様だ。
「あの、さ」
「さっきはすみませんでした」
手に持っていた煙草を灰皿に押し付け、八戒は悟浄の言葉を遮る。
「貴方が何をしようと僕に口を出す権利なんかないのに。勘違いをしていたんです」
その言葉に、悟浄の眉間の皺が更に深くなった。
それを見ていられなくて、八戒は再び煙草の箱に手を伸ばす。
「貴方にも三蔵にも酷いコトを言ってしまいました。本当にすみません」
言いながら煙草を一本取り出す。
火を点けて咥えてしまえば、これ以上何も言わなくて済みそうで。逃げたい衝動に駆られている卑怯な自分に嫌気がさした。
しかし火を点ける前に、悟浄の手が八戒の手を捕らえた。
抵抗する間もなく口唇が塞がれ、伸し掛かる様に悟浄が身体を寄せる。
突然の行動に呆けていれば、悟浄の舌がぞろりと舐め上げ、離れて行った。
「キツ･･･」
身体を僅かに離して悟浄が呟いた言葉は、八戒には理解できないものだった。
「悟浄？」
「何喫ってんのかと思えば･･･偶に喫うにはキツ過ぎねぇ？ベロバカになりそう」
三蔵のも合わねぇとは思ったけど、やっぱ他の煙草はダメだわ。
まるで無関係そうなコトを並べ立てて行く悟浄に、八戒は困惑を隠せない。
それを愉しそうに見遣り、悟浄はにやりと笑った。
「味比べ」
「はい？」
「さっき三蔵とはね、味比べしてたんだよ」
あんだけ喫ってたら、口の中に味残ってるっしょ？
ふと思い付いたらどうしても試したくなって、三蔵に我侭言ったというのがコトの真相。
そう悟浄の口から告げられても、八戒は素直に喜べなかった。
例え悟浄がそう言ったにしても、通常ならばそれを三蔵が受け入れるとは思えないのだ。
その考えが顔に出たのか、悟浄の瞳に悪戯な光りが浮かぶ。
「妬けた？」
全てを見透かしたようなその言葉。
「妬いてなかったらあんなコト、言いませんよ」
本気になった方が負け、なんて古い歌の文句みたいだけど。
（そしたら僕は負けっぱなしってコトですよねぇ）
ほんのり情けなくなりながらも、八戒は悟浄の腰にしっかりと腕を回す。そして見上げれば、嬉しそうに微笑む悟浄の顔が目に入った。
「･･･なにがそんなに嬉しいんですか？」
声が拗ねているコトに気が付いて、八戒は悟浄の胸元に顔を埋める。その頭を、悟浄が緩く抱き締めた。
「いやさぁ、俺ってば愛されちゃってんじゃん？」
「もう、何とでも言ってください」
八戒は悔し紛れに、目の前のボタンを口で外し始める。
こそばゆさに身を捩る悟浄の動きを腰に回した腕で封じ込めながら、八戒は一つ一つ作業を進める。この人には何を言っても無駄なのだ。
自由気ままに生きて、他人を翻弄する。
それが悟浄の、持って産まれた性質なのだ。
「こ〜んな朝っぱらからサカちゃった？」
クスクスと笑う悟浄に腹も立つけれど、それでも。
（俺がこういうコトユルシちゃうのは、八戒だけだぜ？）
僅かな言葉で優越感を与えてくれるこの人が、好きだと思った。
「んで？もうイイのか」
上機嫌で部屋を出て、コーヒーまで淹れ始めた八戒に、新聞から目をあげないまま三蔵が興味なさそうに聞いた。
その三蔵の前にカップを置きながら、八戒はにっこりと笑う。
「えぇ、お陰様で」
僕、今ものすご〜く、寛大な気分なんです。
と、語尾を弾ませながら言う八戒に、三蔵は眉根を寄せた。
その向かいの席に気だるげな悟浄が腰かけ、当然というような顔で八戒からカップを受け取る。
そして台所へと引き返す八戒の背を見送ってから、三蔵は押し殺した声を発した。
「お前、随分と･･･」
「ん？」
「･･････いや、何でもない」
随分と八戒の扱いが上手くなったと続けようとした言葉を、三蔵は飲み込んだ。
別にコイツらが仲違いしようがくっついていようが、ウザイことには変わりない。
今回のことに関しては己の気紛れが招いたことでもあるし。
基本的に旅を続けるのに支障がなければ、自分はどうでもイイのだ。
三蔵はちらりと悟浄を眺め、溜息を紛らわせるように紫煙を吐き出した。
「うぜぇヤツら」
睦言は二人きりの場所で。
それが世の常識である。
な、なんでしょうねぇコレは（汗）
りな様からリクエスト頂いたのは『三蔵と八戒と悟浄の絡みで、八戒＋三蔵×悟浄』･･････ワタクシ、何か間違った気がしてならないのですが。
三浄はどこかに行ってしまうし、旅の途中なはずなのに悟空は欠片も姿を見せないし。
一応三蔵様と悟浄は秘密の関係ってコトで！そんなことをここで言っても許されないって？（はぅっ！）
え〜とえ〜と、りな様。こんなものでも受けとって頂けますでしょうか？ってか、これで勘弁してやってください。ゴメンナサイ〜と、謝りつつ逃走致します（爆）