BABY LOVE



 八戒が目を覚ますと、いつも隣にあるはずの悟浄の姿がなかった。
「・・・・・・・・あぁ、そうでしたっけ」
 昨夜、用事があるとかで出掛けたっきりだったのを、ぼんやりとした頭で思い出す。
(いったい何の用事なんだか)
 八戒はごろりと寝返りを打つと、再び枕に顔を埋める。
(誰もいないのに家事をするのって、何だかしゃくですよねぇ。今日はこのままなんにもしないでいようかなぁ)
 ごろごろごろごろ・・・・・・
 ある意味珍しい、怠惰な八戒である。
 悟浄は月に数日、外泊をする。
 どうやらそれが彼の習慣らしく、どこへ行くのか聞いても教えては貰えなかった。
 毎月その数日間だけ、八戒は一人でぼんやりと彼を待つことにしていた。
 半分は当てつけのようなモノ。
 もとより自分一人ではやる気の起きない性格。
(今回は何日、こうやって過ごすんでしょうねぇ)
 他人事のように、八戒はそんなことを考えていた。


 そうして太陽も天の真上に掛かろうかという頃、静寂に包まれた家は異変によってその意義を覆された。
 ガゴンっ!!
 なにやら心臓に悪い音が隣の居間から響き、八戒は驚きのあまり飛び起きる。
(????)
 慌てて扉を開けると、八戒はそこに信じられない光景を見た。
 妖怪となってからは気配に敏感な自分が、いくら寝ていたからといってこの家に侵入者を許すわけがない(実際、妖怪に成り立ての頃は人の気配に敏感になりすぎて、眠れぬ夜を過ごしたことは両手に余る)。
 しかし、目の前にいるのはどう見ても・・・・・・
「ぁあ〜?」
 生後2〜3年のお子様であった。

「ふぅ・・・」
 とりあえず床にバスタオルを敷き、その上に子供を降ろすとそのまま自分も座り込んだ。
 目の前の子供は八戒を見上げ、すこぶる御機嫌そうである。
 ちなみに先程のもの凄い音は、この子供が椅子から転がり落ちた時のモノらしい。推測するに、始め寝かされていた椅子から降りようとして、バランスを崩した椅子もろともに床に倒れた、というところだろう。
(しっかしこれは、どう見ても・・・・)
 どう否定的に見ても、この子供の容姿ときたら
(悟浄にそっくりなんですよねぇ)
 そう、子供の髪も瞳も、悟浄と瓜二つの紅色。
 只の子供ならいざ知らず、この彩を受け継いでいるということは『禁忌の子』の証明でもある。
 『禁忌の子』・・・妖怪と人間の間に産まれた、在らざるべき生命。その烙印とでもいうように、深紅の髪と瞳を持つ、稀なる存在。
「でも、悟浄も『禁忌の子』ですから、母親が『どちら』でもクォーターってことですねぇ」
 多少ずれたところに感心しながら、八戒はすりおろしたリンゴをスプーンで子供の口に運ぶ。
「あ〜♪」
 子供は大きな口を開けると、そのスプーンをくわえこむ。
「はぁ・・・貴方のお父さんはどこに行っちゃったんでしょうね?」
 すっかり子供の父親を悟浄と決め込んでいる八戒である。
 まぁ、自分に気付かれずにこの子を置いていけるのは、悟浄くらいなものだ。
 だからこそ、この子供は悟浄関係であるのは疑いようもない。
 八戒は改めて子供を眺める。
 ふくよかな頬。大きな瞳。子供の割には整った顔立ち。
 その頬に傷こそないが、基本的な造りがまさに、悟浄が幼い頃はこうであっただろうという顔立ちなのだ。
「悟浄、このまま貴方をここで育てるつもりなんでしょうか・・・」
 子供は嫌いではない。寧ろ好きな方である。
 ただし、それも『他人の子供』という制限付き。これが本当に悟浄の子供だというのなら、あまり宜しくない。いや、気分的には全くと言っていいほど宜しくない。
「本当、どうするつもりなんでしょうねぇ」
「うきゃぁ?」
 なんの悩みの無さそうなお子様は、無邪気な笑顔を向けてくる。
(可愛いんですけどねぇ・・・)
 八戒はぷくぷくとして血色の良い、ピンク色の頬を何気なくつつく。
「うきゅ〜」
 子供は眉間にしわを寄せながら、文句の声を上げるが、その様が何とも愛らしい。
ぷにぷにぷに・・・
「うきゅうきゅうきゅ〜」
(か・・・かわいい・・・・)
 ツボに入った八戒が何度もつつくと、それに合わせて子供が鳴く。
 ほっぺの感触もなめらかで、本当に触り心地がよい。
(母親がいないなら、ここで育ててもいいかも・・・)
 子供の可愛さに惑わされて、先程の思考はどこ吹く風、といった模様の八戒である。
「僕が育てたら、もう少しまともな人に成長しそうですよね」
 言いながら子供の頬に接吻けをする。
「きゃぁ♪」
 くすぐったそうにしながらも、子供は歓声を上げる。
 八戒は子供の笑顔につられたように、二度三度と左右の頬に接吻けていく。
(本当、可愛いですよねぇ)
 子供の頬を両手で挟んだまま、八戒は子供の顔を改めて覗き込む。
 大きな瞳は吸い込まれるような透明度で八戒を捉える。
 写し込まれた自分が、そのまま深紅の海に綴じ込まれるような錯覚。
 悟浄とよく似た・・・同じ彩を持つ、瞳。
 不意にその瞳が僅かに細められ、笑みの形を取ったことで八戒は沈みそうになった思考を現実に引き戻した。
「う〜」
 子供は両手を八戒へと伸ばし、その顔を僅かに持ち上げている。
(真似・・・したいんでしょうか?)
 子供特有の行動。
 どうやら先程の接吻けを、自分からもしたいらしい。
「はいはい」
 八戒は微笑みながら子供の要望に添うように、体を少しだけ屈める。
「あきゃぁ♪」
 子供は上機嫌で八戒の右頬にその唇を押し付けた。
 ほのかに暖かい感触。
「ん〜」
 子供は一度唇を離すと、再び八戒に口付ける。
 今度は八戒の唇へ。
(・・・まぁ、これも悟浄の子供ってことですかねぇ)
 そんなことを思いながら、八戒は子供の接吻を受ける。
 その様は微笑ましい以外の何物でもない。
 八戒は目を細め、子供の気が済むようにしてやる。
 だが、僅かに差し出された子供の舌が八戒の唇を掠めたとき、異変は起こった。
「!?」
 不意に目眩が八戒を襲い、危うく崩しかけた体を必死に支える。
「な・・・?」
 合わされた唇から、力が抜けた。
 いや、子供に『吸収』されたと言った方が正しいだろう。
(もしかして、『力』を直接喰らう?)
 妖怪には食物を体外摂取する代わりに、直接『力』を吸収するタイプもいる。
 もしやこの子供もそういう妖怪だとしたら・・・人間と共に暮らすことは不可能である。
(だから・・・)
 悟浄はこの子供を家に連れてきたのか。
 そう考えて、子供を見やる。すると・・・
「え・・・えええ!?」
 八戒は驚愕のあまり、滅多にない驚きの声を発していた。
 それまで3歳児程度の大きさしかなかった子供が、ビデオの早回しを観るようにその肢体を延ばし、急激な成長を遂げていたのである。
(悟浄〜〜、この子って、一体どうなっているんですか〜〜〜)
 八戒は泣きが入りながらも子供の成長が治まるのを待つしかなかった。

「ふ・・・う」
 ようやく成長が止まると、目の前の人物は軽く息を吐き出す。
 肩先まで伸びた深紅の髪。
 細くしなやかな四肢。
 見た目は十を過ぎた頃か。
 そして何よりも八戒を驚愕させたのは・・・
「ご・・・じょう?」
 その頬に走る、2本の傷跡であった。
「あ〜・・・わりい。やっちまったみてぇだな」
 決まりの悪そうな顔をして、謝る姿は幼いながらも悟浄そのものである。
「悟浄、ですよね?」
「こんな男前が俺以外のどこにいるってんだ」
 不遜なまでの物言い。恥ずかしげもなくこんな事を言ってのけるのは、悟浄しかいない。
 だが、目の前の人物はどう見ても少年の域を脱しないのである。
「だって・・・・・・ええ?じゃ、さっきの子供も悟浄だったってことですか?!」
「だから、他に誰がいるってんだよ」
 悟浄は呆れ口調でそう言うが、八戒にとっては理解不能の嵐だ。
「だって、今もまだ何だか小さいですし・・・」
「妖力が足んねぇから、こんな事になってんだよ」
「さっきまでは頬の傷もなかったですし」
「俺の場合は特殊なんだよ」
「てっきり僕は悟浄が子供を連れてきたんだと」
「俺はそんなヘマはしねぇ!」
「・・・どうだか」
「なにぃっ!」
 つい、本音を滑らせてしまうほど、八戒は激しく動揺していた。
 もう、何が何だか解らない心境だったのだ。
「悟浄〜」
「だから、今説明してやるから」
 少し落ち着け。そう言って小首を傾げる様は・・・
(やっぱり、悟浄なんですよねぇ)
 そう思わずにはいられない八戒だった。

 その後、掻い摘んでされた説明はというと、悟浄は半妖の為か新月期には妖力が極端に弱まること。それに合わせて体が退行すること。そして、妖力を補うために他人から『力』を少しずつ頂いていたこと位だった。
「ま、ベッドになだれ込んだついでに貰うのが、一番てっとり早い上に気付かれにくいんだけどな」
 多少縮んでも誤魔化せるし。
 悟浄はそう言って悪びれずに笑う。
 悟浄の話に寄れば、人間の生気であっても妖力として変換できるらしい。だから、普段からこまめに補給して新月期に備えていたというわけだ。
「悟浄の女好きも、一応理由があったんですねぇ」
 変に感心する八戒を見やり、悟浄は苦笑する。
「今回はちょっと補給を忘れてて、小さくなりすぎちまったけどな」
 そのせいで、八戒は直接『妖力』を吸われたのだという。
「ま、自我が保てねぇくらいちっこくなっちまうと、手っ取り早く元に戻るために直接力を吸収しようとするみたいだな」
 滅多にないことだから、災難だったと思って許せ。
 そう言って悟浄は笑った。
「不可抗力・・・ってことですか」
「そんなとこ」
 これからはちゃんと考えて補給してくるから。
 付け足された言葉に、八戒は少しだけ不愉快になる。
 悟浄にとっては単なる『食事』に近い行為でも、女性のもとに通うことを黙認するのは面白くない。
 しかしその感情を上手く表現できる言葉が見付からず、八戒は暫し沈黙する。
 そんな八戒をいぶかしむ様に眺めていた悟浄であったが、不意に悪戯を思い付いたときのような笑みを浮かべると、そのまま八戒の方へと近づいた。
「で・・・悟浄。話の途中かと思うんですけど・・・何やってんですか?」
「え〜?もう話すことないじゃん」
 悟浄の右手は八戒の膝に乗せられ、軽く体重をかけられている。
 そして左手は八戒のベルトへと伸ばされていた。
「ほら、俺まだこんななりだし」
 言いながらベルトを外す。
「ホントはばらすつもりもなかったんだけどさ。あんま、格好よくないっしょ?弱ってるトコを見られんのやだし」
「悟浄・・・・・・って、だからどうしてそうなるんですか!」
 ちょっとしんみりしてしまった自分に後悔しながら、シャツを引っぱり出そうとする悟浄の手を捕まえようとするが上手くいかない。
「でも、ばれちゃったら責任もって協力して貰おうかな〜なんて思ってるんですけど」
「悟浄っ!」
 焦ってはみても、悟浄の手は着実に下着を潜り、八戒に触れようとしている。
「だいじょーぶ♪今度は直接妖力を貰うような真似はしないから。まぁ、この分だと最低3回は覚悟して貰わないとかな」
 楽しそうな悟浄の口調に、3回って、どっから出た数字なんですか〜っ!などと、どうでもいいことが頭に浮かんでしまう。
「悟浄〜〜〜、まずいですって」
 当惑と混乱が仲良くスキップしているような顔で、八戒が必死に訴える。
「なにが?」
 とりあえず悟浄の動きが止まったことに安堵しながら、八戒は何とか逃げをうとうとする。
「ほら、僕も一応子供達を教える立場にあった人間ですし」
「あぁ、そうだったな」
「いくら中味が悟浄と判っていても、やっぱり良心が痛むんですよね、ビジュアル的に」
(く・・・苦しいかも)
 さすがに自分でもそう思ったが、どうあってもこのサイズの悟浄とやるのだけは避けたい。冗談抜きで傍目から見たら淫行罪である。
 しかし・・・
「へーきへーき。俺気にしないから」
 あぁ、無情。悟浄は再び行動を開始する。
「僕が構うんですってば〜〜っ!」
 若干泣きが入りそうな八戒の言葉にも、悟浄はものともしない。
「さすがにこのサイズだと本番はきついから、始めは口な♪」
「だから、やめましょうよぅ〜〜」
「任せとけって。俺は上手いぜ〜。なんせプロだから」
「プロってなんですか、プロって〜〜〜」
「まぁ、細かいことは気にすんな」
「悟浄〜〜」


 冗談みたいなこの攻防の結末は、あっさりと八戒が打ち負かされ、悟浄が元の姿に戻るまで協力を余儀なくさせられたことで終始したという。
 ちなみに悟浄が本来の姿に戻るのには、翌朝までたっぷりかかったそうな(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・劇終!


花詠さんからのお題は「勘違い野郎の八戒で、八×浄」だったんですが・・・難しかったです(T-T)
かろうじて『慌てる八戒が見たい』というご要望にだけはお応えできた・・・と思いたいんですが・・・如何でしょう?
とにかく謹んで花詠さんに捧げさせて頂きたいと思います。受け取って下さいね(^^;)




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