・・・ 影法師 ・・・



  影法師を送りましょう。
  太陽に背を向けて、十を数えて影を見る。
  瞼を落として上を向き、そっと空を見上げたなら。
  青い空には2人きり、アナタとワタシの白い影。
  影法師を送りましょう。
  2人の影をあの空に、封じ込めてしまいましょう―――



「何をしているんですか?」
「ん〜・・・」
 ジープのボンネットに腰掛け、一定の間隔で地面と空とを交互に眺める悟浄に、八戒は訝しげに声を掛けた。
 何しろそうやってかれこれ30分近くも単調な行動を繰り返しているのである。
 足元には数本の煙草が転がり、それもまた彼の心情を表している様で、八戒はいつもなら言う筈の小言も押し殺し吸殻を拾い集めた。
「悪ぃ・・・」
 無言で自分の吸殻を片付ける八戒に、呆けていた悟浄も流石にバツが悪くなり慌ててジープから降りようとするが、八戒によってやわりと押し留められる。
「いいですよ、これくらい。それよりも・・・考え事ですか?」
 悪い癖だと思いながらも、八戒は口を開く。
 弱みを見せるコトを殊更嫌うこの人に、自分はただ口煩いだけだろう。
 それでも彼が許すのならば、全てを共有したいという思いは止められない。
 纏めた吸殻を簡単に掘った穴に埋め、八戒は軽く手を叩きながら立ち上がった。
「いや、そんな上等なもんじゃねぇよ」
 彼特有の皮肉げな笑顔を貼り付かせ、悟浄は再び空を見た。
「それじゃぁ・・・」
「影送り」
「え?」
 八戒の言葉を遮る様に、悟浄が呟く。
「あんまりイイ天気なんで、影送りをしていたの」
 笑ってもイイぜ?柄にもねぇだろ。
 そう言いながらも、悟浄は空を見続ける。
 八戒は悟浄の隣りに腰掛けると、同じように空を見上げた。
 しかしその視線の先には、雲一つない秋晴れの空しか存在しない。
 自分には悟浄と同じ物を見るコトは・・・出来ない。
 八戒は目を閉じ、振り切るように一つ息を吐き出すと、いつもの顔を取り繕った。
「影送りって、どうやるんですか?」
 優しく笑って目を細めて、偽りに塗り固めた顔で悟浄を覗き込む。
「僕、言葉は聞いたことあっても、実際にやったことないんですよ」
 その言葉に、悟浄の目が見開かれた。
「意外・・・・・・」
「なんですか、それは」
 悟浄の思いがけない幼い表情に、今度は作り物ではない小さな笑いが零れた。
「いやさ、お前って何でも知ってそうじゃん?俺が知ってる事で、お前が知らないことがあるなんて、すっごく意外」
「そぉですか?」
「そぉだって。いやなんっつ〜か・・・・・・カシコクなった気分?」
 ケラケラと笑いながら、悟浄はそのままボンネットに仰向けに転がる。
 照り付ける太陽を遮る様に右手を空に伸ばし、目を細めた。
「俺もさ、兄貴がいなかったら知らないままだったから、あんま偉いコトは言えねーけど」
 言いながら、悟浄の目は空ではないところを見詰める。
「何の時だったか忘れたけど、兄貴が背負ってくれてさ。十数える間、影を見てろって言うわけ。そんで言う通りにして、目を閉じて・・・最後に空を見るんだ」
 視線の先には、今はない幼い兄弟の姿。
 赤い瞳の奥まで染みる、2人の影。
 地面に落ちた小さな影が、大きくなって空に昇り、いつまでもいつまでも消えることなく悟浄の心に焼き付いている。
「悟浄・・・」
 それを消してしまうコトは、八戒には出来ないけど。
「うわっ!」
 八戒は悟浄の襟首を掴み、勢いをつけて悟浄の上半身を引き起こした。
 反動でずり落ちそうになった悟浄が慌ててしがみ付くのを助ける様に――否、その体を逃さぬ様に、しっかりと腰に手を回す。
「っぶねぇなぁ。何すんだよ、急に」
 不満の声は聞こえないフリ。
 八戒は眼下に落ちる影を見詰める。
「悟浄、せっかくだから試させてくださいね」
「はぁ?」
「影送りですよ。せっかく教わったからには、悟浄と2人で試してみたいんですよ」
 ほら、と促がせば仕方がねぇとぼやきつつも悟浄も視線を移す。
 その先には、寄り添うような影が一つ。
「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・・・・」
 ゆっくりと数える声が重なる。
「ここのつ、とお」
 静かに目を閉じて。
 悟浄の脳裏に焼き付いた白い影が、これから見る2人の影に塗り替えられてしまえばイイのにと願いながら、八戒は青い空を見上げた・・・。




八雪様よりリクエスト頂きました30303HIT記念、お題は『影』です。
影そのものよりは・・・と悩んだ結果『影法師』→『影送り』という連想ゲーム状態で(爆)
心の狭〜い八戒さんをお楽しみ頂けたら幸いかと(滝汗)
八雪様、受け取ってくださいましね(^^;)


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