・・・ 好きだとか、愛しているとか ・・・



[ 問1.『好き』ってどういうことですか? ]


「八戒〜」
「はい?」
「好き。」
「はいはい」
 日常茶飯事な、会話とも言えない会話。
 この数日間、幾度となく繰り返されたやりとり。
 悟浄がどんなシチュエーションで言おうとも、八戒の返事はただ一つ。気の無いそぶりで相槌を返すだけ。
 あまりにも同じ反応しかしない八戒に、とうとう悟浄も切れかけた。
「なぁ、もしかして俺のこと、キライ?」
 爆弾発言投下。
 本当に嫌われてたらどうするつもりなんだ、と心の底で思いながらも発せられた言葉は戻らない。
 それでも八戒が驚いた様に目を見開いて悟浄を見詰めて来たから、ほんの少しだけ安心した。
「僕が悟浄を嫌う訳ないじゃないですか。ヘビースモーカーだしゴミの日も覚えてないし基本的にだらしないし、どうしようもない人だと呆れる事はあっても、嫌いになった事なんて一度もありませんよ」
 それはそれで救いようの無い言われ方をしている気がするのだが、とりあえず最悪の事態は避けられたようだ。
 それでも今までの反応には納得がいかない。
 死なば諸共、毒を食らわば皿まで。いっそ玉砕する事になってもイイかという、投げやりな気持ちが湧いて来る。
 悟浄はなるべく八戒の顔を見ないですむように、己の腕の中に顔を埋め、口を開いた。
「ならさ、俺に言われるのが・・・キライ?」
 らしくない悟浄の態度に、八戒は溜息を一つ吐くと、その真向かいの席に腰掛けた。
「一体どうしたんですか、急に」
 溜息一つ、小首を傾げて悟浄の顔を覗きこむ。
「最近変ですよ?何かあったんですか?」
 幼い子供にするように、八戒の手が頭を撫でる。
 その感触を心地好く思いながらも、有耶無耶にしてしまう訳にもいかない。
 相も変わらず顔を伏せたまま、悟浄はぽつぽつと小さな声で言葉を落とす。
「だってさ、いっくら言ってもお前はまともに取り合ってくれないし、いっつもおざなりな返事しかしてくれないし・・・」
(って、もしかしなくても俺ってものすご〜く恥ずかしいコト言ってないか?)
 相手にされないからって駄々こねて、拗ねて、頭まで撫でられている。もうまるっきりガキじゃないか!
 ぼそぼそと喋っている内にうっかり冷静さを取り戻してしまった悟浄は、羞恥で顔が熱くなるのを感じ、顔を伏せていたコトを心の底から感謝した。
 だが、僅かに覗く項や耳朶が赤く染まっているコトに、悟浄は気が付いていなかった。
 そしてそれを発見した八戒の口元が、実に意地悪く歪められていたコトにも。
「悟浄?」
 八戒が優しく呼ぶけれど、それに応えて顔を上げるコトも出来ない。
「いや、だからさ・・・別にそ〜いうワケじゃなくって・・・え〜っと・・・」
 最早自分でも何を言っているのか判らない。
 ただもごもごと、何とかこの場を逃れる言い訳を探して悟浄はうろたえていた。
 八戒はくすりと笑いを零すと、再び悟浄の頭に置いた手をゆっくりと動かす。
「僕が悟浄に『好き』と言われて、嬉しくない訳ないじゃないですか」
「ならっ・・・!」
 反動でガバリと顔を上げかけ、己の状態を思い出して慌てて伏せる悟浄に、八戒は笑いを殺しきれずに吹き出した。
 頭上で響く笑い声に、悟浄は更に真赤になる。
(うぅうぅぅ・・・・・・)
 唸ってみても状況は変わらない。
 バカバカバカバカ俺のバカ〜〜っ!と百回言っても足りないくらいに悟浄は心の中で己のバカさ加減を嘆いた。
「でもね」
 だがその思考も、八戒の言葉で遮られてしまう。
「悟浄ってば誰にでも直ぐ『愛してるぜ』とか言って口説いてるでしょ?そういう人の言葉って、信憑性が足りないと思いません?」
「ぐ・・・」
 御尤もでございます。その件に関しては俺が悪うございました。あぁ、やっぱり俺ってバカ・・・・・・。
 どんなに後悔しても、過ぎ去った時間を取り戻せる筈もなく。
「だから僕が返事の仕様が無かったとしても、仕方がないと思いませんか?」
「その通りかも・・・」
 力なく項垂れるコトしか、今の悟浄に出来る事はなかった。
(でもさ、あぁいうのって挨拶みたいなもんじゃん?大体昔からお世話になってるから、おミズ系の姉ちゃん達には弱いのよ)
 悪行の数々もあれど、それだけでは済まされない過去もある。優し〜い姉ちゃんたちがいたからこそ、今の悟浄があるわけで、一概にそれを否定してしまう訳にもいかない。
 軽いジレンマに陥る悟浄に、更に追い討ちを掛けるように八戒は言う。
「そもそも悟浄って、そういう言葉に意味を持たせない人だと思っていましたから」
「う゛・・・」
 そりゃ、確かに挨拶代わりに言ってる言葉に意味なんか持たせるわけないじゃん。だけどさ、その場のノリとか雰囲気とかで全然違うじゃねぇか。少なくとも俺、八戒に言う時は・・・・・・
「あれ?」
 そこまで考えて、悟浄は今までのシチュエーションを反芻してみる。
 それは実にさりげなく、日常の中で交わされる会話の中でしかなく・・・・・・。
(もしかしなくても、本気にして貰えてなかったってワケね・・・・・・やっぱバカかも)
 今更気付いても遅すぎやしないだろうか。
 しかしここでめげていても仕方がない。
 悟浄は気を取り直すと、これまでの人生の中で一番真面目じゃないだろうかという顔を作った。
「じゃぁさ、真面目に言ったら、ちゃんと応えてくれるか?」
「ちゃんと真剣に言って下さるんなら、応えますよ?」
 くすくすと笑いながら、『ただし』と八戒は条件をつける。
「“好き”という言葉を使わないで下さい」
「えぇ?!」
「難しいコトじゃないでしょ?僕にどうして欲しいのか、言葉にすればイイだけなんですから」
(それが難しいんじゃねぇかよ・・・)
 悟浄は頭を抱えて、テーブルに突っ伏した。つまりはまた、逆戻り。
「え〜と、う〜と・・・・・・」
「ほらほら、頑張ってくださいね」
(教師根性出して楽しんでんじゃねぇよ)
 恨み言を言っても、良い案なんて浮かんで来る筈も無い。
 よく解からない感情だからこそ、あぁいう短い言葉で表現しているのだと思うのだが・・・。
「だからなぁ〜」
「はい」
(俺が八戒に望んでいるコト?八戒にして欲しいコト・・・俺が八戒にしたいコト・・・)
「っ!!」
 突如悟浄は飛び起き、その勢いの凄まじさに八戒も僅かに目を見開く。
 だが、悟浄はそのまま逡巡を繰り返し・・・漸く口を開いたのは2分も過ぎようという頃だった。
「・・・『ずっと一緒にいたい』ってのは・・・・・・?」
「・・・・・・・・・くくっ」
(大の男が顔を真赤にして、散々悩んだ挙句に選んだ言葉がそれですか)
 悟浄に関してはかなり笑わさせてもらったが、これほど笑いを抑えるコトが不可能な出来事も無いのではないか。
 そう思えるほどに八戒はテーブルに突っ伏して笑っていた。
「オイ、人が真面目に言ってんのに笑ってんじゃねぇよ」
 憮然とした表情で訴える悟浄の顔は、依然として赤い。
「はは・・・こ・・・呼吸困難になっちゃうかと思いましたよぉ」
 息も絶え絶えに顔を上げた八戒の目元には、涙まで滲んでいる。
「仕方ねぇだろ!他に思い付かなかったんだから!!で、応えは?」
 羞恥のあまり逃げ出したいけれど、これを聞かないコトには今までの努力も水の泡。
 悟浄はそっぽを向いてぶっきらぼうに問いかける。
 八戒は目元を拭うと、深呼吸をして息を整えにっこりと満面の笑みを湛えた。
「最後に疑問符がついていたんで、マイナス20点♪」
ガタガタガタっ!
「なんだよ、それ〜〜」
「おや、御不満で?」
 ずり落ちた椅子の下から恨めしそうな声を出す悟浄を、八戒は実に愉しそうに眺める。
「不満も何も、答えになってねぇじゃんかよ」
 ずりずりと這うようにして悟浄が椅子に戻るを待ってから、八戒はお茶を淹れる為に席を立った。
「“好き”の意味もよく解かっていない人にしては、上出来の解答ですよ」
(バレてる・・・)
 バツの悪そうな顔をする悟浄に、八戒はにっこり笑う。
「悟浄の“好き”は、嫌われない為の保険でしょ。ちゃんとした恋愛感情の“好き”が解かるまでは、僕の応えはオアズケです」
 しっかりバレてる上に、釘まで刺された。
「あぁ〜あ。俺、肉体派だから難しいコト解かんないのよねぇ」
「まぁまぁ、精進してください」
 くすくすと笑い続ける八戒と、天井を仰いで嘆く悟浄。
 その悟浄の後ろに周り込むと、八戒はその口元に軽く接吻けた。
「〜〜っ!?」
 そのまま椅子ごと後ろに倒れそうになる悟浄を押し戻すと、八戒は素早く踵を返し。
『とりあえず、ご褒美ですよ』とだけ残して、台所へ向った。



・・・バカっプル(爆)
あ、いやいや。栄えある3万HIT獲得者・水無月ユキコ様からのリクエストです。
お題は『八戒のコトを好きだと自覚する悟浄』或いは『八戒に好きだと伝える悟浄』・・・・・・あれ?なんかお題とずれているような(汗)
どうにも私の書く悟浄には恋愛感情というものが存在しないみたいでして・・・って、実は八戒も恋愛感情無いんですよね。友情以上・恋人未満な2人が、どうしてバカっプルになるのか・・・それはこの世のみすてりぃ(核爆)
え〜っと、散々お待たせしたのに申し訳ない。こんなものでも宜しかったら、受け取ってやってくださいませ <(_ _;)>


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