・・・ 水 浴 ・・・



「暑い〜〜〜」
 ダレ切った悟浄の声が床を這うようにして八戒に届く。
 今日、何度聞いたか判らないこの言葉に、八戒は溜息を吐きながら氷を浮かべたグラスを置いた。
「はい、悟浄」
「んぁ。さんきゅ」
 差し出されたグラスの中身は八戒特製水出しコーヒー。
 だけれど悟浄の涼を取り戻すには至らないらしく、手にしたグラスを離せないまま、悟浄は相変わらずソファに伸びている。
「悟浄、飲まないならせめてグラスをテーブルに置いてください。零したらどうするんですか」
「う〜ん・・・」
 文句を言いながらも暑さにだれる悟浄があまりにも辛そうで、いっそ氷枕でも持ってこようかと八戒が思案していると、ついに悟浄はその動きを止めた。
 3分・・・5分・・・。
「・・・悟浄?」
 死んだように動かない悟浄が心配になって、恐る恐る八戒が声を掛けると、僅かに手だけが上がり返事を返した。
「も〜、本当に大丈夫ですか?」
 悟浄の手からグラスを取り上げ、八戒は苦笑を浮かべながらも『せめて・・・』とばかりに団扇を手にする。甘やかしている自覚は有るのだが、悟浄に掛かるとどうにも歯止めが利かない。猫のように気紛れな悟浄が、こんなに無防備な姿を曝しているのが自分だけと思うと、とことん尽くしたくなってしまうのだ。
「いっそ水浴びでもしますか?」
 ゆったりと団扇を左右に振り、風を送りながら汗で貼りついた額の髪を退けてやる。
「ミズ・・・」
 すると悟浄が僅かに反応を返した。
「みず・・・裏手に川があったよなぁ」
「だめですよ」
 まるでうわ言のように呟く悟浄に皆まで言わせず、八戒はぴしりとその考えを却下する。
 あまりに速い八戒の反応に、悟浄はやっとのことで頭を擡げ、その顔を見た。
「なんで?『水浴び』って最初に言ったの、お前の方だろ」
 不満顔を隠しもせずにそう言えば、八戒は眉根を寄せ、即答した。
「悟浄、自分が泳げない事忘れたんですか?」
「う・・・」
 そう。悟浄は泳げなかった。
 別に普段はわざわざ泳ごうなんて思いもしないのだから、気付いた人間は皆無に近いが、悟浄は全くと言ってイイほどの金鎚だった。
 本当に偶然、川の中で足を滑らした悟浄を発見した時、八戒は本気で心臓が止まるかと思ったものだった。何しろ悟浄が真剣に溺れているのに対し、川の水位はどう深く見積もっても膝下だったのである。
「そんな状態で川に行くなんて、自殺行為もイイところです」
「そこまで言わなくても・・・」
 畳みかけるように言われれば、悟浄が上目遣いで見上げて来るが、八戒にとっては悟浄の安全が第1である。
「とにかくだめですからね」
 お前は俺の母親か〜っ!と叫びたくなる悟浄であったが、最早叫ぶ気力もない。
 もしも今、悟浄の頭に獣耳が生えていたら、確実に項垂れ伏せられていただろう。
 そう思えるほどに、悟浄は自分の名案が却下された事に失意していた。
 さて、そんな悟浄の姿を黙って見ていられる八戒であろうか。答えは歴然。
「川じゃなく、家の中でならイイですよ」
 笑顔と共に、用意されていた妥協案を提示するのだった。


「で、水風呂なワケね」
「何か御不満でも?」
「いぃえ〜」
 浅目に水を張ったバスタブに浸かりながら、悟浄は首を傾けた。
 シャワーから流れる水が首筋に当たり、それがなんとも心地好い。
 勿論、シャワーのノズルを持っているのは八戒だ。
 何しろ一歩も動きたくない悟浄に代わって引き摺るようにして風呂場に運び、服まで脱がせてくれる手の焼きようである。至れり尽せり、という感じでなんとも気恥ずかしいものがあるが、今の悟浄には夏の暑さの方が勝ってしまったので、何も言えない。
「少しは気分、良くなりました?」
 バスタブの縁に腰掛け、八戒は空いた方の手で悟浄の濡れて張りつく前髪をかきあげた。
「あ〜、うん。すっげキモチイイ」
 首筋を流れる水が、カラダの内から熱を奪い去って行く。
 水に浸され末端からも熱が引き、時折風に晒されて、汗もすっかり引いてしまった。
 しかし熱が退けるにつれ、今度は理性の方が戻って来る。
(・・・そういや俺、オールヌードなんですけど・・・)
 八戒が腰掛けているのはバスタブの縁。つまり顔の位置は当然悟浄よりもはるか上方にあり・・・
「あのぅ〜、八戒さん?」
「はい?」
 にっこりと微笑まれて、一瞬言葉に詰まる。
 しかしどう状況を省みても八戒の体勢は悟浄の全身を見るにはベストな位置で。
「・・・・・・眺めてんじゃねぇよ」
 膝を抱き寄せ身体を隠せば、八戒の瞳が心外そうな色を浮かべた。
「今更隠す事もないでしょ。始めて見る訳でなし」
 それでも視線を外そうとしないところが八戒である。
「そりゃそうかも知れねぇけどよ・・・気持ちの問題なの!」
「可愛いコト言いますねぇ」
 笑みを深める八戒に、悟浄は顔を赤くして益々縮こまる。そんな反応こそが八戒の微笑を誘うのに、本人は全く意識してないところが救いようがない。
 シャワーのノズルを握ったまま、にこにこと悟浄に水を掛け続ける八戒は一向にその場を動く気配はなく、よって悟浄も動くに動けない状況だ。
「おい・・・上がるから、出てけよ」
 耐えきれずに悟浄がそう言えば、
「こんな楽しいコト、早々止められますか」
 しれっと応える。
「お前さぁ、益々イイ性格になったんじゃない?」
「お褒めに預かり光栄至極」
「誰も褒めちゃいねぇって」
 言葉の応酬も意に介せず、八戒はバスタブの縁から動かない。
 悟浄は暫く思案すると、意を決して両手を胸の前で組んだ。
「カラダ冷えてきちゃった。このままじゃ風邪ひいちゃうから、退いて?」
 可愛く小首を傾げる演技付き。身長184cmの男がやる事じゃない。
 が、如何せん相手が悪かった。
「夏風邪は性質が悪いって言いますしねぇ・・・もしもひいたら、手厚く看護してあげますよ」

 八戒が極上の笑みで微笑むのと、悟浄の足が八戒をバスタブの縁から蹴り落とすのが同時だったコトは言うまでもない。



あけもり様よりリクエスト頂きました、25000HIT記念。テーマは『水風呂』です。
さすがにお風呂ゑっちには雪崩れるコトが出来ませんでした(爆)が、きっと行間で八戒さんが触り捲くったりしている事でしょう<マテ
久々なので甘目の二人になってしまいましたが・・・あけもり様、謹んで捧げますので受け取って下さいね(^^;)



+ Back +