・・・ 願 い 星 ・・・



「まったひっとつ〜♪」
 奇妙な節付きの歌が、八戒の横で陽気に流れる。
「見た?なぁ、流れ星!また流れたよぉ?」
 見事なまでに上機嫌の悟浄が、にひゃにひゃと笑いながら八戒に語りかける。
 その姿は、どっからどう見ても立派な酔っ払いだ。
 悟浄と八戒は並んでジープに背を預けて座っていた。
 いつもと同じ、旅の途中の野宿で、いつもと違う星空を眺めている。
 体内に入ったアルコールだけが、ここまで悟浄を陽気にしているわけではないのだろう。
 だから八戒も、やんわりと笑うだけで何も言わずに悟浄が手渡すビールの缶を受け取った。
「おばちゃんに聞いた通り、すっげぇ流れるなぁ」
「何しろ、数百年に一度の流星雨だそうですからね。極大までに数日あるとは言え、普段とは比べ物にならないでしょ」
 先日寄った街では、この流星雨に託けて祭りがあるらしかった。
 お祭り好きの悟空と悟浄は残念がっていたが、三蔵に『先を急ぐ』と言われてしまえば反論できる筈も無い。せめて行く先でもそういった街があることを心密かに願ってもいたのだが・・・世の中そこまで甘くはないようで、あの街以来人家の一つも見ていない。
 だからこそ、こんな風に空を眺める事も出来るのかもしれないが・・・。
「ほらほら、ちゃんと見てるかぁ?」
 ぼんやりと上を見ていたら、突然視界が悟浄の顔で埋め尽くされ、空なんて欠片も見えなくなる。たかだかビールの5・6本で酔っ払うとも思えないのに、悟浄はすっかり出来上がっている様子だ。
「はいはい。ちゃんと見てましたよ」
 おざなりな返事に悟浄がむくれて見せるが、そんな顔も可愛いと思ってしまう辺り、自分も結構キてるという自覚はある。
(だからと言って、どうするつもりもないですしね)
 手に持っていた缶の最後の一口を呷り、八戒は地面にそれを置いた。
 風が吹けばカラカラと転がっていってしまいそうな缶を僅かに気にしながら、一つだけ倒れないように地面に浅く埋める。
 そうしてまだこちらを覗きこんでいる悟浄の懐から、煙草の箱を抜き取った。
「あ、何するんだよ」
「イイじゃないですか。一本ください」
 手早く、慣れた仕草で火を点ければ、珍しい物を見たような表情で悟浄がこちらを見ていた。
「何ですか?」
「いや、珍しいと思って・・・お前、俺達の前で吸った事なかったじゃん?」
 言われて思い返せば、確かに旅をするようになってから喫煙をした記憶は無い。
 ただでさえヘビースモーカーな三蔵とチェーンスモーカーな悟浄のいる中、自分まで煙草に手を出しては悟空が可愛そうだと思った・・・・・・わけでもないが。
 ただ何となく、日常の忙しさに忘れていただけだ。
「そうですね。嫌いなわけじゃないですよ」
 吐き出す紫煙がカラダの奥底に溜まった、ドロドロとしたものを溶かしてくれるようで、好んで吸っていた時期もあった。
 自分の酷く汚れた中身が、大気に薄れて行くようで、なんだか気持ちが良かった。
 そんなことで変わるわけもないのに・・・・・・。
 八戒は一つ吸いこみ、長く細く煙を吐き出す。
 薄い煙は空へと立ち昇り、ほんの僅かだが視線の先を曇らせる。
 自分と空の間に薄い膜が掛かり、ますます遠い存在になる。
(僕はもう、あの空へは還れない・・・・・・)
 不意に思ったその言葉が、可笑しいくらいに胸に染み込んだ。
 本当に笑いたくなって、口元が緩んだ。
 何故だか泣きたくなったのも、ワケのわからない可笑しさのせいと、久し振りの煙草の煙が目に入ったからだと思った。
 だから、咥えていた煙草が抜き取られるのに、一瞬反応が出来なかった。
「そんな顔、すんなよ」
「悟浄?」
 視界の隅で、煙草が空き缶の口に押し付けられるのが一瞬だけ見え、次には視界の全てが悟浄の胸で覆われた。
 ぎゅっと抱き締められ、幼子をあやすように背中を軽く叩かれる。
「折角流れ星見てるんだから、願い事言えるくらい貪欲になっとけよ」
 お前はいつだって1人で溜め込むんだから。
 額に落とされる口唇は、癒す優しさを惜しげもなく与えてくれる。
(こんなことされたら、余計に泣きたくなるじゃないですか)
 それでも悟浄が泣くなというなら、僕は平気な顔で笑って見せよう。
「僕をそんなに甘やかして、どうしようっていうんですか」
 笑いながら軽口を叩いて貴方が安心するなら、僕はいつだってそうやって側にいよう。
「イイんだよ。今日は特別なんだろ?流れ星にお願いしとけよ」
「悟浄に甘やかさせてください、って?」
「そうそう。優しい俺が、お星様の代わりに願い事を聴いてやるからさ」
 大サービスだよな〜と笑いながらも、悟浄は八戒に回した腕を緩めようとはしなかった。
 瞼に、頬に、髪に。いくつもいくつも飽きることなく接吻けられて、優しさで身体が満たされて行く。
「流れ星に願掛けするより、叶う確率は断然上だぜ」
 だから言ってみろよ。
 額を合わせ、夜目にも赤い瞳が問いかける。
「なんだか・・・」
「ん?」
「僕達、らぶらぶっぽいですねぇ」
 澄んだ瞳に耐えきれなくて、茶化すようにそう言えば、悟浄は怒った風もなく目を細めた。
「いいんだよ。さんぞーもごくーも、寝ちまってるんだから。滅多にないチャンスだろ?」
 くすくす笑って触れるだけのバードキス。
 らしくない、可愛い仕草で繰り返す。
「ほら、言っちまえよ」
「それじゃぁ・・・・・・」


―――貴方の隣りの場所を、僕にください―――



しのぶ様に捧げます、19000HIT記念。お題は『流れ星』です。
時間軸的には、6巻描き下ろし部分の後日って事で宜しくお願いします。
いや、そうでないと八戒さん流れ星見た事ない筈なんで・・・(苦笑)
言い訳はい〜っぱいあるのですが、とりあえずらぶらぶな2人、受け取ってやって下さいませ(^^;)



+ Back +