You are my・・・



『コンコン』
 軽いノック音に、天蓬元帥は顔を上げた。
 ここは昼なお暗い、天蓬元帥の執務室・・・とは名ばかりの物置、もとい書庫である。
 天井近くまで積み上げられた書物の山は、まるで異世界のようだ。うっかり何も知らずに踏みこめば、冗談抜きで遭難しかねない。
 そんな場所に好んで足を運ぼうという人間は、天界広しと言えども極限られていた。
 まず1人はこの部屋の主でもある天蓬元帥その人。この異次元をせっせと作り上げている張本人である。
 次に、天蓬元帥の部下である西方軍の兵士たち。
 彼等の名誉のために言っておくが、何も好き好んで彼等がこの部屋に足を踏み入れているわけではない。一重に彼等の上司がこの部屋から出て来ない為に、仕方なく訪れているに過ぎないのだ。ちなみに彼等のもう1人の上司は、見付ける事すら困難である。
 そして最後の1人―――。
 天蓬は溜息と共に手にしていた本を閉じると、その人物の為に重い腰を上げた。
 向かう先は扉とは逆の方向―――この部屋唯一の窓。
「捲簾」
「よう」
 その窓の外に、西方軍大将・捲簾はいた。
「今日はどうしたんですか?」
 両開きの窓を押し開けば、捲簾は窓枠越しに笑みと布袋を投げて来た。
 天蓬は危なげなくその袋を片手で受け留めた。が、結構な重みに取り落としそうになり、慌てて両手で支えなおす。
「何ですか、これ?」
 カチカチと金属音が微かに漏れる、その割には嵩の大きな袋。
 自分に渡したという事は、中を見てもいいのだろう。と、勝手に解釈した天蓬は、袋の口を開けて中を覗きこみ・・・絶句した。
「捲簾・・・・・・」
「ん?」
「僕、こんなもので遊ぶ趣味はもうないですよ」
「誰がお前にやるって言ったよ」
 開いた片手を支えに窓枠を乗り越え侵入を果たした捲簾は、もう一方の手に持っていた籠を積み重ねられた本の上に置く。
 室内をほんのりと甘い匂いが満たして行くところをみると、籠の中身は焼き菓子の類いだろう。
 そして天蓬の手にあるのは、どうみても子供の玩具―――の、山。
 どう考えても自分には不似合いで、捲簾が自分にこんなものを持ってくる理由が解からずに天蓬は表情に出さずに困惑した。
 そんな天蓬を眺めると、捲簾は呆れも交えた表情を見せながら天蓬の手から袋を取り上げる。
「こ〜れ〜は、小猿ちゃんにやろうと思ったの!」
「小猿・・・あぁ、悟空ですか」
 ならば得心が行く。
 金蝉に引き取られた金胎子は、小さい身体に似合わず好奇心旺盛で食欲過多であった。
「そ。この間室内野球やったら、保護者さんに怒られちゃっただろ?だから代わりの遊び道具持って行ってやろうと思ってさ」
 悟空がどこからか探し出して来たバットとボールによって金蝉の執務室の窓を割った事実は、まだ記憶に新しい。今更誰に怒られるという事もなかったが、意外なまでに金蝉から文句の槍玉に挙げられるのもまた事実。
(それにしてもあんなにしつこい性格だったとは・・・・・・)
 顔を合わせる度に繰り返される小言に辟易しながらも、感情を顕わにし始めた知己には笑いが零れる。
(随分と変わりましたよねぇ、あの人も)
「天蓬?」
 不意に笑みを浮かべた天蓬に、捲簾は怪訝な顔を向ける。
 その瞳に曖昧な笑みを返しながら、天蓬は側に置かれた藤籠を人差し指で突付いた。
「随分と悟空を気に入ったみたいですね」
(変わったのは、この人も・・・)
 そして自分も。
 悟空の影響力はすごいものだ。
 『天』とは名ばかりのこの世界に、突如投げ込まれた太陽のように、周囲の人間の心を照らす。それが良きにせよ悪しきにせよ、変わる事がないと思われたこの世界を、人を、塗り替えて行く。
「だってさ、『弟』ってあんなカンジじゃねぇか?」
「おや?兄貴風を吹かしてみたくなりましたか」
 笑いながら言ってやれば、捲簾は口を尖らせ『お前だって』と天蓬の後ろを指し示す。
 その先には、悟空の為にと選んだ本の山があった。
 天蓬と捲簾は、一瞬だけ顔を見合わせ、次いで糸が切れたように笑い出した。
「せめて、保護者さんに怒られない程度に色々教えて上げませんとね」
「あぁ、お父さんは大変だわ」
 『未婚の父〜』と捲簾が苦しい息の下から言えば、互いに立っていられないほどに笑い崩れる。

<You are my only sunshine.>

 あぁ、正に。
 金蝉とって悟空はそういった存在なのだろう。
 あの無愛想で何事にも興味のなかった男が、名前まで付けてやって。
 ほんの少し前までは、大声上げている姿なんて想像も出来なかったのに。
「じゃぁ、早く悟空のところに行ってあげましょうか」
「そうだな。折角の菓子が冷め切っちまう前に行かねぇと、作ってくれた女官の姉ちゃんに悪いしな」
 ただ一つの太陽。
 人は誰しも、そういう『出会うべき人物』が1人くらいはいるのかもしれない。
 そして彼等は出会ったのだろう。
 天数と宿業の輪に縛られたこの天界で。
(捲簾・・・・・・)
 天蓬は開け放たれたままだった窓を、そっと閉めながら声にならない声で語りかけた。

(願わくば、貴方にとって僕が―――)


ZIN様よりリクエスト頂きました18281HIT記念SSです。
Gファンタジー4月号に掲載され『外伝ノ外伝』の後日談・・・のハズですが
はたしてこれで良いものかどうか(汗)。とりあえず受け取ってくださいませ(^^;)
あ、ちなみに捲簾が持っていた玩具は、彼自身が昔使っていたベーゴマや
メンコなどという設定でした(こんなところで言うか・・・)


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