― BLIND ―



「ご・じょ・お♪」
 上機嫌な声音で、八戒が呼び掛ける。
 昨夜も午前様で帰ってきた悟浄は、まだ寝不足でダルイ身体をベッドに横たたまま、眉間に皺を寄せてにこやかに歩み寄る八戒に目を向けた。
「なんだよ」
 憮然とした声が出るのも無理はない。
 八戒がこんなに上機嫌だった日には、ロクな事がないのだ。
「ちょっとね、お願いがあるんですけど」
「あぁ?」
 聞きたくない。悟浄は心底そう思いながらも、目が全く笑っていない八戒にそれを言う勇気は残念ながらなかった。
 うっかり飲みすぎて、油断したとはいえ朝帰り。
 たとえ女と一夜を明かしていないと言っても、八戒がそれを信じる筈もなく、また信じてもらえたためしもない。
(俺ってば、マジに信用されてねぇよなぁ・・・)
 『アナタって、ワタシのコトちっとも信じてくれないのね!』なんて涙目で訴えてみたら・・・寒いな、そりゃ。
 悟浄は一つ溜息を零すと、サイドテーブルの煙草に手を伸ばす為に身体を起こした。
「で?一体何を考えついたんだよ」
 いささか投げやりになりながらも、八戒の次の言葉を促してしまうのは既に習慣のようなものだ。というか、ここで素直に訊いておかないと、酷い目に合わされる。そらもう、他人様の前では口にも出せないような、酷い目に。
「あのですねぇ、ちょっとした実験を試してみたいんです」
 そう言いながら伸びてきた手を、咥えた煙草に火を点けようとしていた悟浄には避ける術もなかった。


(意外と鬱陶しいな)
 比較的冷静に、悟浄は現状の感想を声に出さずに呟いた。
 あれよあれよと言う間に、悟浄は額のバンダナをずらされ、今は視界を遮られた状態にある。
 八戒によってベッドの縁に腰掛けさせられ、その両足は床の上に下ろされていた。
 いつもはバンダナによって上げられた前髪が、抑えを失って頬を擽る。
(ってか、どういうつもりなんだか)
 気配で探れば、八戒は悟浄の目の前に立っているに違いないなかった。
 だが、それ以上どうこうする訳でもなく、ただこちらを・・・・・・見ているだけ。
 実際にその姿が見えるわけでもないのに、八戒がどんな表情で自分を見ているのかが、何故か判る。
(いや〜ん、愛の賜物?)
 おちゃらけてみても虚しさは益々深まるばかり。
「なぁ、八戒」
 悟浄はこれ以上の沈黙に耐えきれず、右手を八戒へと差し出した。
「目隠しなんてして、これからどうしようって言うんだよ」
 せめて声を聞かせて欲しい。
 普段なら八戒と一緒にいる空間ってやつは、居心地のイイものだけど。
 あの深緑の瞳が俺の方を向いているってだけで、すごく逃げ出したい気持ちに駆られる。
 触られるのはキライじゃない。
 八戒の手は男のくせして気持ちがイイし、百戦錬磨だと思っていた俺が落ちそうになる程にキスも上手い。
 気持ちイイコトに滅法弱い俺としては、男に押し倒される事に抵抗を感じないわけでもないけど・・・・・・八戒とヤるのは、キライじゃない。
(許しちゃってるよなぁ)
 だからこうして、八戒のやる事に大人しく付き合ってやってるのに。
「八戒っ!」
 焦れた様に声を荒げ、悟浄は八戒の名を呼ぶ。
 すると、差し出していた悟浄の手を、ほんの少し冷たい手が包んだ。
 反射的に引っ込めようとする動きを完全に封じ、その手は悟浄の手を確かめるように、触れてくる。
 目が見えなくても、判る。
 掌から伝わる体温と、指先の硬さ。
 指の一本一本を辿る様にその手は動き、時折爪が皮膚を掠める。
 その、微妙な感触に背筋が粟立ち、どうにか逃れたくて悟浄は口を開いた。
「はっか・・・っ」
 その瞬間。ちゅ、と音を立てて手の甲に接吻けられ、悟浄は息を飲んだ。
「なっ・・・なにすんだよ!」
 一気に顔が熱くなる。きっと、耳まで真赤になっているのが自分でも判る。
 止めさせたくて、焦って手を引こうとしても、相変わらず八戒の両手によって拘束された右手は、逃れる事を許されない。
「八戒ぃ」
 情けないとは思いつつも、悟浄は逃れたい一心で八戒の名を呼ぶ。
 だが、そんな悟浄に構うことなく、今度は湿った感触が悟浄の手を刺激した。
 手よりも、口唇よりも熱い舌先が、悟浄の手をゆっくりと辿る。
 指骨を滑り、関節毎に止まっては、甘噛みをする。
(うわ・・・)
 指の付け根の、皮膚の薄いところをねっとりと舐め上げられ、全身が総毛立つ。
(サイアク)
 悟浄は目が見えないからこそ、その八戒の舌の動きをリアルに感じていた。
 見ていないのに、八戒の舌が淫らに絡みつく様を、脳裏に描き出す。
(八戒の変態変態変態〜〜〜っ!)
 頭の中で喚いてみても、最早何の効果もない。
「っう・・・・・・・・・」
 ただ、手を舐められているだけなのに、ここまで過敏に感じている自分が信じられない。
 それでも八戒の舌の動きは止まることなく、悟浄の熱を煽り続ける。
「八戒ぃ・・・も、焦らすなよぉ」
 悟浄は鳴きそうな声を搾り出し、このじれったいまでの快楽を与え続ける男に訴えた。
 手だけじゃイヤだ。
 もっと熱い刺激が、身体中に欲しい。
 こんなコトじゃ、全然足りない。
「はっかいぃ」
 声を聞かせて。
 名前を呼んで。
 いつもみたいに、アツくさせるコトバを投げて。
 見るなって言うなら、それでもいいから。
 五感のうちのたった一感。欲しいのなら、くれてやるから。
 残りの全部で、お前をカンジさせろよ・・・・・・・・・!

 投げ出されていた左手の指先が、馴染んだ繊維に触れた時、悟浄は声にならない思いの全てをその手を握る力に込めた。




「悟浄、大丈夫ですか?」
「大丈夫に見えるかよ」
 ぐったりとベッドに身体を投げ出したまま、悟浄は恨みを込めた目で八戒を睨んだ。
 あの後はもう、なし崩し的だった。
『悟浄―――』
 そう呼ばれ、八戒の声に安心したのも束の間。
 後ろへ押し倒され、八戒の口唇と手が、性急に悟浄を追い詰めた。
 その間中、目が見えないのがこれほど不自由なのかと、悟浄は痛感していた。
 なにしろ八戒の次の行動が予想できない。
 あらぬところに受ける刺激にカンジまくって、一体どれだけイかされたことか。
 身も世もなく泣かされて、責苦にも近い快楽の渦から開放されるまで、八戒はバンダナを取る事を許してくれなかった。
 イイ性格をしているのは知っていたけれど、こんなに性格が悪かったとは・・・再認識する必要がありそうだ。
「なんであんなコト考えたんだか知らねぇけど、も〜ぜってぇにゴメンだからな」
 不貞腐れてバンダナを乱暴に握り締めれば、それは汗と涙でぐっしょりと塗れていた。
(ったく、どうしてくれるんだよ、これ)
 このままでは使い物にならない。
(って、使いモノになんねぇのは俺も一緒か)
 ホントに、サイアク。
 八戒がこういうコトに関してしつこいのは百も承知だったが、今日は頓にしつこかった。もう当分、八戒のお相手はゴメンだ。
 眉間に皺を寄せてぶつぶつと文句を言う悟浄の髪を、八戒はそっと撫でた。
「だって、あんまり貴方が余所見するから」
「はぁ?!」
 突然何を言われたか判らずに、悟浄は大仰な声を上げる。
「僕の方だけを見てくれないのなら、いっそ全部見えなくしてしまえば・・・と、思ったんですけどねぇ」
 見えない方が、沢山僕を感じられたでしょ?
 そうにこやかに返答した八戒の姿を前に、悟浄の背筋は凍りそうなほどの寒さを感じた。
(コイツ、マジ怖ぇ・・・・・・)
「でも、悟浄の瞳を見れないのはちょっと寂しかったんで、とりあえずその考えは却下する事にしました」
「・・・頼むからそうして」
 自分の目玉も抉り出した八戒のこと、思い詰めたら本気でやりそうなのが冗談抜きで怖い。
(俺、こいつと一緒にいて五体満足でいられるかしら?)
 洒落にもならない想像に、背筋がぞくぞくする。
(やっぱさぁ、選択間違えた?)
 絶対に口には出せないけど、物凄い後悔に囚われそうになって、悟浄は頭を振る。
 だから、八戒の手が悟浄の髪を軽く引いて顔を上げさせるのに逆らう事は出来なかった。
「痛っ!なにする・・・・・・」
 ちゅ。
 今度は口唇に接吻けられ、悟浄は再び顔を真赤に染めた。
 そんな悟浄を八戒は楽しそうに眺めると、
「悟浄の瞳と髪の色は、僕の一番のお気に入りなんですから」
 満面の笑みと共に告げられた言葉に、悟浄は顔を上げる事も出来ないくらいに赤面し、ベッドに埋没する。
「も・・・・・・好きにして」
「はい♪」
(あぁ、もう・・・・・・)
 晴れやかに笑う八戒の顔に見事なまでにノックアウトされながら、悟浄は諦めにも似た溜息を吐き出した。
(コイツにだけは、敵わねぇ)
 朧気な視界の中から見える八戒の深緑の瞳の色が一番好きだと告げたら、一体どんな顔をするのか。
 二度と目隠しなんてしようと思わなくなるだろうけど。
 それを告げるのはまだ早いと思うから。
(せいぜい空回りしちまえ)
 ほんの少しの意地悪心に溜飲を下げる、小市民な悟浄であった。



みず乃様へ捧げます、18000HIT記念SSでございます。
お題は『目隠しH』・・・すみません。肝腎のHが殆どなくて(涙)
も〜、返品可!お気に召さなかったら違う題材でチャレンジさせて頂きます〜〜(T-T)
ってことで、一応受け取ってやって下さいませ(ぺこり)




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