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「おい、タチの悪い冗談か?」
そう訊いちまったのも無理はねぇだろ。
悟浄は一向に笑ったまま・・・いや、よく見ればその眼だけは笑っていなかった。
「いや、結構マジ」
顔だけは笑ったまま、続ける。
「まぁ、旦那が嫌じゃなければの話だけど?宿代変わりってコトで、どう?」
「・・・・・・・・」
じっと目を見る。
悟浄の目は本気だ。だがしかし、本当にそれは必要なことなのか?
「だめ?」
大の男が小首を傾げるな!
そう叫びたかったが、何となく場の雰囲気にのまれて言葉は出てこない。
はぁ・・・思いっきり溜息が出る。
「本気、だな?」
念を押すと、ヤツの目が、やっと笑う。
何だか罠にはまった感じだが、深くは追求しないことにしておこう。
さっきも指摘されたばかりじゃねぇか。「女子供にゃ、弱い」と。
「後悔、するなよ」
「上等」
悟浄の腕が、俺に向かって伸ばされた。
「ん・・・」
少しずらされた唇から漏れる、甘い声。
絡み合う、舌と舌。
伏せられた睫毛の長さが、印象的だ。
「・・・はっ・・・あ・・・」
鎖骨を軽く噛む。脇腹を掠める。
その度に、悟浄の身体が跳ねる。
過剰なまでの反応。無理に、溺れようとしているような・・・
「あんまり跳ばしてると、あとで起きれねぇぞ」
口調だけは軽く囁くと、悟浄はうっすらと目を開ける。
「・・・イイ・・・」
再び瞼を下ろし、そのまま俺の首筋に顔を埋める。
「何にも、考えたくねぇから・・・それで、いい・・・」
「・・・そうか」
俺にはもう、それ以上の言葉は思い浮かばなかった。
言葉の代わりに、舌を這わす。
「やっ・・・!」
激しくなる、愛撫と嬌声。
獣のように,、乱れる意識。
縋り付く、白い腕。
「痛っ!」
不意に悟浄が肩口に歯を立てた
「おい」
「ん・・・」
痛みに眉をしかめながら、皮膚を食い破る前に離させようと声を掛ければ、ヤツは意外なほどあっさりと口を開け、そのまま舌で舐めあげる。
ぴちゃり・・・
舌が蠢く度に湿った音を立てる。
舌で舐め、甘噛みをする。
猫科の獣を思わせるその様に、苦笑いが漏れる。
甘えるような仕草は、昔から変わらない。
下肢に手を這わせれば、せがむように腰を寄せる。
「や・・・爾燕・・・」
小声で囁かれた名前は、あの頃のままだった。
「くぅ〜〜っ!腰が痛てぇ・・・」
「ったりめーだろ、あんだけやりゃぁ」
すっきりした顔しやがって、昨日の不安定さはどこ吹く風ってもんだ。
「声も何か掠れてるし」
「叫びすぎだ」
「いやぁ〜、旦那以外と上手いし」
ぼふっ!
ちっ・・・思いっきりベッドに顔から突っ込んじまったじゃねぇか。
「おい・・・」
これ以上放って置くと何を言われるか判ったもんじゃねぇ。
そう危ぶんで黙らせようとすれば、くるりと自分の身体を見回したヤツが
「旦那って紳士だねぇ。跡が付いてないじゃん」
と、俺の気力を根こそぎ奪っていきやがった。
「あ、俺、歯形つけちまったみたいだな。まぁ、旦那は暫くここにいるんだろ?王子様にゃぁ、バレないか」
もう、顔を上げることさえ出来ねぇ・・・
「となると、問題は俺の方かぁ。変に勘がいいからなぁ、あいつ」
バレたときは一蓮托生な、と笑う声を聞きつつ、どこか安心している自分に苦笑する。
「にゃぁ!」
「おっ!ちびも起きたか」
すっかり忘れてた。
猫は一眠りをしてまた腹が減ったのか、しきりに悟浄にすり寄っている。
昨日の残りを猫にやる悟浄を眺めながら、ふと嫌な予感がした。
「おい、その猫どうするつもりだ?」
こいつらの旅に、こんな仔猫を連れていけるはずもない。当てはあるのか、と聞けば、しれっとした顔をして
「旦那に預けるつもりだったんだけど」
と来たもんだ。
「おい」
「だって、連れて帰ったら、うちの欠食児童に喰われちゃいそうだし」
旦那、面倒見が良さそうだし。
そう言って、猫の頭をひとつ撫でる。
「可愛がって貰うんだぞ〜」
「んにゃ〜」
・・・そこで勝手に意志の疎通を図るんじゃねぇ。
ま、しょうがねぇか。こいつを拾ったときに、少しだけは覚悟していたようなもんだからな。
そんなことをつらつら考えているうちに、いつの間にか悟浄は身支度を整えていた。
「んじゃ、俺そろそろ帰るわ」
世話になったな、と付け足すヤツに少しだけ慌てる。
「もう帰るのか?」
正直言って、もう少し話たかった。
俺が姿を消してから、ヤツがどう過ごしてきたのか聞いてみたかった。
護りきれなかった俺が、聞けた義理ではないかもしれねぇが。
だが、悟浄は口の端を持ち上げた独特の笑みを見せると、
「あいつらが待ってるから」
またな。そう言って扉を抜けた。
「ふぅ・・・」
少なくともあいつも一人じゃないらしい。
俺は近寄ってきた猫を摘み上げ、顔の側まで持ってくる。
押し付けられたとはいえ、紅への土産もできてしまった。
「それじゃ、予定を繰り上げて、もう1人の弟へ土産を届けてやることにするか」
猫を拾った経緯をどうでっちあげようか悩みながら、晴れ上がった空を睨み付けた。