砂塵に煙る、ある街で



『キュンッ!』
 甲高い音と共に、弾丸が顔の横、数センチのところを掠めて行った。
 ガシャガシャと無粋な音を立てて、店の中は破壊の限りを尽くされて行く。
 ここは西部のとある街の、酒場。
 その奥まったところにあるテーブルの一つで、二人の男が向かい合っていた。
「チェンジ」
 モノクルを掛けた、温厚そうな男がカードを一枚差し出す。
「俺も、2枚だ」
 深紅の髪を無造作に縛った若者が、口端を吊り上げて応じる。
 勝負は五分と五分。
 ・・・と、思っているのは紅髪の青年――悟浄位のものだろう。
 二人の前に置かれたコインの枚数は、確実にモノクルの男――八戒が勝っていた。
「コール」
 自信たっぷりに悟浄が宣言をする。
 その手元で、ウィスキーを入れたグラスが砕けた。
「あ、僕もです」
 八戒は手札をロクに見もしないでにっこりと笑う。
「・・・勝負だっ!」
 勢いをつけて立ち上がった悟浄の椅子に、銃弾が食い込んだ。
「フラッシュ」
 パシッ!とイイ音を立ててカードがテーブルに叩き付けられる。
 どうだ、と言わんばかりに悟浄は八戒を見下ろしていたが、その瞳に失意の色が宿るのに、そう時間は掛からなかった。
「すみません。フルハウスです」
「だ〜〜っっ!!またかよっ!」
 悟浄は手元のグラスを呷ろうとして、それが既に砕けていることにはじめて気が付くと、横にあったボトルをそのまま口に運ぶ。
「もう一回だ」
 手早く札を集め、シャッフルし始めた悟浄に苦笑をもらすと、八戒もまたグラスを空ける。
 すい、と僅かに頭を揺らしたのは、跳んできた弾丸を避ける為だ。
「いい加減にしませんか?」
 もう、大分遅い時間ですし。
 八戒は欠伸を噛殺しながら言うが、それが演技だということは悟浄にもバレている。
「勝ち逃げは許さねぇ」
 にやりと笑い、再びカードを互いの前に配り始める悟浄に、仕方のない人ですねぇと苦笑する。
 そんな八戒の横を、投げ飛ばされた男が滑り、壁に激突した。
「おやおや、大丈夫ですか〜?」
 なんとものんびりとした声を男に掛けるが、助け起こそうという気は全くないらしい。
「うらっ!」
 なにやら訳の解からない気合と共に、悟浄は手札を捲る。
 まったく・・・そう零しながらも八戒が手元のカードに手を伸ばした、その時だった。
ガターーンッ!!
あぁーーっ!!
 何とも派手な、テーブルの倒れる音と悟浄の声が重なった。
 見れば先程と同じく投げ飛ばされた男が、今度は悟浄たちのテーブルに激突したらしい。
 八戒は両手を持ち上げると、やれやれと言った感じに溜息をつく。
「どうやらこれで、お開きのようですね」
 確かに悟浄の手にあるカード以外は全て床に散らばり、処によっては酒浸しになっている。これではもう、使い物にならないだろう。
 尚且つ、賭けていたコインも床に散乱しているから、勝負自体も御破算と言うわけだ。
「ちっ・・・・きしょ〜〜〜〜」
 低く唸りつつ、眼下に転がる男を睨み付けた悟浄が、立ち上がりざまに思いっきりその男を蹴り付けた。
「おっまっえっの!せいで〜〜〜っ!!」
 スタッカート付きでげしげしと蹴りを入れながら、悟浄の怒りは頂点に達しようとしていた。
「あの〜、その辺にしてあげません?」
 八戒が見るに見かねて控えめな静止の声を出した・・・が、時は既に遅く、悟浄の怒りの対象は遥か後方の乱闘の中心にまで向いていた。
「てめぇら!人が大事な勝負してるって時に、無駄な喧嘩なんざぁしてんじゃねぇ!!」
 勢いのままに腰の銃を取り出すと、無差別に撃ちまくる。
 ただ、腕の方は確かなので、幸いな事に死人だけは出ないで済みそうなのが救いかもしれない。
「相変わらず見事な腕ですねぇ」
 これまたのんびりと、椅子から立ちもしないで八戒が拍手などしている。こちらは一人、高みの見物に徹する気である。
 そうして5分も経過す頃には、酒場の中で立っている人間は、たった2人になっていたのだった。


「職務、御苦労様でした」
 八戒ににこやかに言われれば、思わず『自分は立派に職務を全うしたんだなぁ』と勘違いしそうになる。
「保安官も大変ですよねぇ」
「・・・思い出したように言うんじゃねぇ」
 悟浄は眉間に皺を寄せ、八戒を睨み付けた。が、直ぐに表情を和ませる。
「もう、行くんだろ?」
 外はもう、白み始めている。遠くでは気の早い鶏の声まで聞こえていた。
「はい」
 ゆったりと立ちあがり八戒は改めて悟浄の前に立った。
「また、お会いできると良いですね」
「そんときゃ、決着つけてやるから覚悟しとけよ」
 パシリ、悟浄が繰り出した拳を、八戒が受け止める。
「えぇ。でも、今度は別の勝負にしませんか?」
「カードじゃねぇとなると・・・ビリヤードか飲み比べか?」
「それも良いですねぇ」
 口端を吊り上げて笑う悟浄に、くすくすと八戒が応じる。
 気心の知れた、親友。そんな言葉が相応しい2人にも、別れの時が近づく。
「では・・・」
「おう。元気でな」
 会釈をする八戒に、悟浄は軽く手を挙げる。
 そして、八戒は店の扉を抜け、何処とも知れない旅に出る。
 悟浄は懐から煙草を取り出し、深く煙を吸いこんだ。
 そして全てを吐き出すかのように、細く長く、紫煙を空に上らせた。
「・・・・・・あの・・・」
「ん?」
 恐る恐る声を掛けてきたのは、補佐官の若者だった。どうやらやっと、昨夜の騒ぎの首謀者たち(保安官を除く)を留置所に押し込む事に成功したようだ。
「先程の方は、保安官殿の御友人で?」
「ん〜〜」
 友人・・・なのだろうか。
「あいつが言う分には、命の恩人って事らしいけど・・・」
『貴方には返しきれない借りがありますから』
 いつか返すまでは、お互い無事でいましょう、と笑ったあいつ。
(貸しなんざ、とっくの昔にチャラになってるって)
「ま、どうでもい〜じゃん?」
「そんなもんですか?」
「そんなモンだって」
 悟浄は一つ伸びをすると、咥えていた煙草を放り捨てる。
「さ〜て、俺も荷造りするかぁ」
 誰に言うともなく、悟浄は踵を返すと保安官事務所へと歩き出した。
「へ?荷造りって・・・ちょっ・・・保安官殿?どちらかへお出かけになるんですか?」
 慌てて悟浄の後を追う青年に、後ろ向きのままひらひらと手を振り、
「あ、俺、今日中にこの街を出るから〜」
 と、大した事でもないように言い放つ。
「今日って・・・」
「だって、ターゲットが行っちゃったんじゃ、追いかけなきゃじゃん?一応俺、連邦保安官だし」
「連邦って・・・俺、初耳ですよ?!」
「だろうね。俺も言った覚えないもん」
 あっけらかんと言う悟浄に、青年の頭の中は大パニックだ。
「でも、ターゲットって」
「それ、あいつのこと。結構な賞金首だよ?」
 手配書貼ってあっただろ?
 そう言われれば、何処かで見た顔だったと今更ながらに青年は思い出す。
 あまりに温厚そうな顔立ちに、今までピンと来なかったのが原因だ。
「おまえさ、実は向いてないんじゃない?」
「う・・・言わないで下さい」
 ちょっとどころじゃなく、青年は落ち込み中だ。なにしろ、その手配書は彼の机の真正面に貼ってあったのだから。
「ま、俺の後任が来るまで頑張って」
 苦笑しながら悟浄は言うが、それもあまり慰めになっていない。
「でも、それなら何で、保安官殿はあの人物と親しげにしていたんですか?」
 もっともな疑問を青年が口に出す。本来ならば狩る者と狩られる者。なのに、昨夜の2人の様子はどう控えめに見ても、そういう気配はなかった。
「ん〜?あいつ、ああ見えても強いしねぇ。結構気が合うし、死ぬのも痛いのも御免だから、お互い面倒な事は止めておこうって、話したのよ」
 快活に笑う悟浄に、青年は頭を抱える。
 果たして法の番人がこんな事で良いのだろうか・・・。
 しかし、そんな思いは悟浄には通じないらしい。
 と、先を歩いていた悟浄が立ち止まり、青年の両肩に手を置いて、神妙な顔で覗きこむ。
「じゃ、お前の最初の仕事は昨夜の報告書の作成だから。しっかり頑張ってくれよ」
 滅多に見せた事のない真面目な顔で、そう悟浄に言われれば、青年は内容を理解してなくても頷いてしまう。
 そんな青年に一抹の不安を覚えながらも、悟浄は八戒の走り去った方向を見やる。
 抜けるような晴天が姿を現しているところを見ると、今日も良い天気なのだろう。
(旅立ち日より、ってヤツ?)
 少ない荷物を片付けて、さっさとあいつを追いかけよう。
 昼過ぎに出れば、多分次か、その次辺りの街で捕まえられるに違いない。
 そうしたら、また勝負を持ちかけよう。
 気の合う親友みたいに。いつまでも、いつまでも。
「首を洗って、待ってろよ」
 砂塵の吹く荒野のその先に、あいつが笑っているのが見えた気がした。



END

鎖国様に捧げます、壱萬HIT記念小説です。
お題は『西部劇』だったのですが・・・いかんせん管理人が西部劇には疎く、しかも『男の友情』なんて
言われた日には『拳と拳で語り合う〜』位しか思いつけない発想の貧困さ(苦笑)
一応の参考資料は『OK牧場の決斗』です。ワイアット・アープ=悟浄、ドク・ハリウッド=八戒だったの
ですが・・・やはり無理があったようです(笑) こんな物で申し訳ありませんが、受け取って下さいね(^^;)


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