■ ぺっと ■




 その日の天蓬元帥は、異常なまでの上機嫌だった。
 それはもう、彼の部下などが見たら気味悪がるどころの話ではなく、真剣に精神状態を心配した挙句、医療部に相談をして入院手続きまで取ってしまうくらいに、その日の天蓬元帥は上機嫌だったのだ。
 しかしそれも、彼を良く知るものならば『障らぬ神に祟りなし』とばかりに見ない振りをしてその場を立ち去る程度のことでしかない。
 何故ならばそれは、天蓬元帥が1匹のペットを手に入れてからというもの、日常茶飯事になってしまった事象なのだから………


 最近、天界ではとあるブームが吹き荒れている。
 人工生命体を使った文書配送システムというものが開発されたのだ。
 『郵便配達王(キングポストマン)』と呼ばれる中枢システムを中心に、飛脚よりも尚早いスピードと絶対の正確性を誇る自走端末機『配達夫(ポストマン)』シリーズが天界中を所狭しと駆け巡り、重要文書から恋文までを迅速にお届けするという、これまでになかった画期的なシステム。
 それはまずテストケースとして、軍部を中心とした天界上層部に敷かれた。
 何しろ軍部における書類の量は尋常ではない。それを一々伝令係に託そうとすると、単に時間が掛かるだけでなく、伝令係自体が不足してしまうのだ。
 それを打開してくれるというこのシステム。多少胡散臭くても、喜ばない者はいないだろう。
 だが、何よりもこのシステムが受け入れられたのは……極、私的な文書を配送させる時にのみ使われる、『ぺっと』と呼ばれる簡易端末に他ならなかった。
 『配達夫』と同じく人工生命体である『ぺっと』は、何故か幼児と小動物を合成させた容姿を持つ。一説によると、動物の遺伝子を組み込むことにより、主人への絶対的な忠誠心を植え付けているのだというのだが……確かに、見られては拙い私的文書を油断ならない人物に届けさせたいなどという奇特な人間はいないだろう。
 勿論、購入時に細かい設定と容姿へのカスタマイズは可能だ。自分好みの性格と容姿を持ち合わせた、文字通りの『ぺっと』。
 これが受けない筈もなかろうと製作者が思ったかは……誰にも判らない。


 さて、前置きが長くなってしまったが、軍部に籍を置く者の嗜みとして、天蓬元帥も当然のように『ぺっと』を持たされることとなった。
 通常、『ぺっと』というのは5〜10歳児程度の体格を持ち合わせているのだが、天蓬元帥は最初にこれを断った。日常生活の殆どを仕事と読書に費やす彼が、小さい子供の面倒を見れるとは彼自身も思っていなかった。だからこそ『ぺっと』ではなく『配達夫』を支給してくれと返したのだ。
 だが、配達夫のシリーズは全ての端末が電脳を共有している為に、個人所有が認められていなかった。しかし『ぺっと』を持っていなければシステム自体使うことが出来ない。告げられた状況に悩み抜いた末に、天蓬元帥は自分と同年代の容姿を持つ『ぺっと』を開発するように、と開発部に通達したのだった。
 そして今、天蓬元帥の目の前にいる人物こそが、彼の『ぺっと』……黒猫タイプの『捲簾』なのである。

「け〜んれん?」
 にっこりと笑顔付きで呼ばれる己の名前に、捲簾は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 体内に埋め込まれたブラックボックス『大好き回路』がガッチリ働いているにも拘わらず、捲簾はこの場から逃げ出したい衝動に支配される。
 巫山戯た名称にも思えるこの『大好き回路』。主人を盲信的に慕うというシステムらしいのだが、ブラックボックスだけあって謎は多い。しかし、これが組み込まれているからこそ『ぺっと』たちは主人に尽くすことを至上の幸福とし、己の使命を果たす為に日夜頑張る……はずなのだが。
「捲簾?どうしました?」
「うぅ……なんでもない。何か用か?」
 ぺひん、と長い尻尾を床に打ち付け、捲簾は己の主人に目を移した。
 分厚い眼鏡に隠されて入るものの、その奥にある優しげな表情は『美人』と呼ぶのに相応しい物で、初めて引き合わされたときには少なからず胸が高鳴ったものだ。自分が彼の為だけに作られた『ぺっと』だというのにも関らず、心密かに己の幸運を喜んでしまった捲簾である。だが、その主人がこんな人物だとは、きっと開発者も知らなかったに違いない。
「お使いをね、お願いしたいんですよ」
「手紙か?」
「えぇ」
 真っ黒な耳をぴくりと動かし、捲簾は漸く重い腰をあげ、天蓬へと近付いた。
 確かに天蓬の手の中には、一通の白い封筒ある。印章も押されているところをみると、後は自分が配達するだけに違いない。
 だが、しかし。
 開いている筈のもう片方の手に握られた、黒い皮製の物体は何なのか。
 捲簾は伏せ気味になりそうな耳を奮い立たせ、なるべくその手元を見ないように自分の手を差し出した。
 手紙を奪い取って玄関まで走ってしまえば、こっちのもんだ。私的な文書の少ない天蓬のこと。届け先は十中八九、金蝉の筈だ。万が一違ったとしても、家を出てから封書の表書きを確かめれば良い。
 けれども次の瞬間捲簾の手に触れたのは馴染んだ紙の感触などではなく……意識したくもなかった革の感触だった。
「おいっ!」
 見れば差し出した手首にしっかりと、黒革のベルトが巻き付いている。カチリと金属音が響けば、軽い拘束感が捲簾を支配した。どう贔屓目に見積もっても、それはアクセサリーの類ではなく、れっきとした拘束具と呼ばれるものに違いない。それはやけに強度のありそうな材質と、あからさまに鎖でも繋ぐとしか思えない金具が雄弁に物語っていた。
 今からお使いに行く筈の自分が、何故こんなものを着けなくてはならないのか。
 焦った声を天蓬に投げかけるが、当の主人は全く意に介さずに鼻歌交じりでもう片方の手首に同じ物を装着させている。
「天蓬っ!」
「はいはい、何ですか?」
 気の抜けるような返事に、イラつきを隠さぬ捲簾の尻尾が勢いよく床を叩く。
「お使いに行かすって言ってんのに、何でこんなもん着けてんだよ!」
「え〜?お使いの準備じゃないですか」
 言ってる間にも、両の手はフックで一纏めにされてしまう。
 力任せに引っ張ったって容易に破壊できそうにない、強固な金属。
「準備って何だよ!準備って!!」
 カチャカチャと響く金属音に益々苛立ちが募るが、自分一人じゃどうあっても外せそうにない。しかし諦め切ることも出来ずに腕を捩ったり引っ張ったりしていると、不意に肘を抑えられた。
 いくら猫型とは言え、捲簾とて身体は人間と同じ。そのままグイっと肘を押されれば、両手は頭上で固定されてしまい動かすことも侭ならない。おまけに天蓬は捲簾の膝を掬い上げると、そのままベッドへと押し倒したのだ。
「てっ…てんぽう?」
 思わず漢字も忘れるくらいに不穏な雰囲気に飲まれ、捲簾の咽喉が鳴る。
 だが、天蓬はそれはそれは綺麗に……『顔だけは』微笑んで囁いたのだ。
「勿論、貴方が寄り道などせず真っ直ぐにお使いから帰って来られるようにする為の、準備ですよ」
 その口唇が、捲簾の開いた上着を擦り抜け、鎖骨へと触れる。
「首輪は地味目のレザーにしましょうね。それくらいは他のぺっとでも着けてますから。後はなるべく、表からは見えないものを……」
「天蓬っ!」
 思案するような言葉と共に、天蓬の手がするりと捲簾の胸元を滑る。それを身を捩ることで逃れようとするのだが、腹を抑える天蓬の膝が許してくれない。
 理不尽なまでの扱いに焦れた捲簾が怒鳴れば怒鳴るほど、天蓬の笑みは深くなっていく。
「あぁ、そんなに心配しなくても…捲簾にも選ばせてあげますよ」
 壮絶なまでに毒を含んだ微笑。この主人が、己以外の誰にも見せたことのないその笑顔に、捲簾は血の気が引いていくのを感じた。
 伏せた耳を撫でる細い指先も、いつもならば咽喉を鳴らして喜ぶのに。
「ちょっと待っていて下さいね」
 この場から逃げたら食い殺すと言わんばかりの眼光を残してベッドを降りる天蓬の姿を、捲簾はただ見詰めていた……。


「さてと」
 天蓬は意気揚々と目の前の大きな箱に手を掛けた。
 ギィ…と僅かに軋んだ音を立てて開いたのは、何を隠そう捲簾の『宝物箱』だ。
 これは通常、ぺっとがお使いに行った際に相手先から戴いたり拾ってきたりした『宝物』を入れておく為の箱なのだ。ちなみにぺっとの私物が多々入っている為、一部では『お道具箱』とも呼ばれている……のだが。
「どれがいいですかねぇ」
 緊張感など無縁という声音と共に、天蓬はその箱の中を覗き込み、無造作に中の物をベッドの上へと放り投げていく。
 宝物箱がベッドの真横にあったのが不運なのか、そもそもこの主人の手の届くところに宝物箱があったのが間違いなのか。
「おい……なんで俺の宝物箱に、そんなもんが入ってんだよっ!!」
 捲簾の宝物箱から取り出されたその数々の品は、彼の入れた覚えのないものばかり。
 首輪はまだしも手錠に始まる手枷・足枷・口枷の拘束具からミニローター、大小どころか形まで様々なバイブや捲簾にとっては用途不明な小道具まで、ありとあらゆる『オトナのオモチャ』と呼ばれるものが次々と取り出されているのだ。
 怒りに紅潮しながら怒鳴りつければ、天蓬は真っ赤なロープ片手に小首を傾げた。
「だって、アナタが使うものなんですよ?アナタのお道具箱に入れておくのは当然じゃないですか」
「なっ……っ……!!」
「あ〜、でもこのロープは……縛り方は限定されますけど、使えないこともないですよねぇ。捲簾、どうします?」
 あまりの言い様に言葉も出せずに口をパクパクさせている捲簾を余所に、天蓬はロープを手にしたまま再びベッドへと近付いた。
「好きなの選んで良いんですよ?僕、これでも貴方の意思を尊重してますから」
 尊重してるなら、こんなもん最初から着けようなんて思わないで欲しい……そんな儚い願いは、届く筈もないのだが。
「あのさ、天蓬…?」
「はい?」
「俺としては早くお仕事に行きたいな〜なんて思ってるわけなんですけど」
「はい♪捲簾は見かけに寄らず、お仕事熱心ですよねぇ」
 お前は一言多いんだよ、と捲簾は言えない言葉の代わりに尻尾でベッドマットを叩く。そもそも自分達が作られたのは仕事をする為だ。仕事が嫌いなぺっとなど存在するものか。
「んじゃ、とっととコレ外して、さっきの手紙頂戴?」
「貴方がこの中からいくつか選んで身に付けてくれたら、喜んで」
「……………」
 『いくつか』。それは複数を意味する言葉だ。そんなことは今更確認しなくても捲簾にも理解はできる。だが、目の前に置かれた物を複数選ばなくてはいけないという事実を認めたくはない。
「とりあえず、首輪はどれにします?」
「………右から2番目」
 チリリ、と僅かな音を響かせて並べられた数本の首輪の中から、一番飾りっ気のない無難な物を指名する。
「あ、やっぱり。僕もこれが一番捲簾らしいと思ってたんですよね〜」
 天蓬は楽しそうにその首輪を捲簾の首に着け、残りはサイドテーブルに乗せる。ここまではいい。多少首輪が苦しいのくらいは我慢しよう。だがその先は…。
「ねぇ捲簾。小さいのと大きいの、どっちが良いですか?」
 小首を傾げながら覗き込む瞳は、愉しそうに歪んでいる。
 そんなもの、訊かれるまでもなく答えは『どちらも要らない』だ。しかしそう答えようとした時、天蓬の手にしたものが目に入った。
「おい、ソレ…」
「可愛い色でしょ?最近は便利になりましたよねぇ。開けやすいように蓋がプッシュアップ式になってるんですよ。ポンプ式はどうも衛生面が気になるし、やっぱりこっちの方がイイと思いません?」
(思いません。まったく完全にこれっぽっちも思いませんっ!)
 天蓬が取り出したのは、パステルピンクのローションだ。確かに色は可愛いかもしれないが、はっきり言って目の前の男には似合わない。ってか、半透明なクリーム系の色が変に生々しくって気色悪い。これならまだ毒々しい蛍光ピンクの方が許せる……使われるのはゴメンだが。
 しかし捲簾の思いも虚しく、ボトリと確かな質量を持ってローションが下腹部に落とされた。
「ひぁっ!」
 その冷たさに、悲鳴じみた声が零れる。
 肉付きの悪い腹の上を、ゲル状のローションは緩やかに流れた。呼吸をする度に左右に揺れ、捲簾の体熱を奪いながら。
「ちょっと冷たかったですか?まぁ、直ぐに気にならなくなりますよ。さ〜て、どれにしようかなぁ…」
 視界の隅で、天蓬の髪が揺れる。天蓬が次に何をするつもりなのか、捲簾は気になるがそちらを窺うことも出来ない。僅かでも身動げば、腹の上のローションは流れ落ち、敷布を汚すだろう。それを見た時、この主は『捲簾が故意に落とした』として嬲る口実にするに違いないことは想像に難くなく……そう思うだけで捲簾の背には冷たい汗が伝う。
「捲簾?どうしたんですか、そんなに耳に力を入れて」
 クスリ、と笑いながら天蓬が悪戯に耳を撫でれば、捲簾はその目をうっすらと開けた。それが、悪かった。
「ほら、これなんて面白そうでしょう?」
 不意に目の前に翳された巨大な異物に、捲簾の目が見開かれる。グロテスクなそれは男性器を模倣してはいるが、はたして原型を留めているのかどうか判断付きかねるほどにゴテゴテと装飾されていた。歪にしゃくれた頭部から瘤の隆起した側面が十分な長さを持って伸び、見るからに樹脂特有のぬめっとした感触を視覚からも伝える。そしてここばかりは硬そうな印象を与える根元のプラスチック部分には銀色のリングが付いていた。それを、天蓬は捲簾に見えるように指し示す。
「ここが開いて中にローションとかを入れられるようになってるんですよ。それでここの先端についてる弁がこのリモコンからの操作で開閉できるという業物で」
 一々説明してみせる天蓬の愉しそうなこと。
「しかもタイマーつきなんです。動きは5段階調節で、ランダム機能まで付いているという優れ物。昨今の商品としては一・二を争う出来だと思いますよ?」
 使ってみます?と薄く微笑んだ天蓬は、動くことも出来ない捲簾の様子に拒絶の意がないものと解釈し、リング部分を回して手近のボトルから中身を移し変えた。そして、それを捲簾の胸の上に放ると、腹の上で震えるローションを掬い取る。
「流石にイキナリ突っ込むわけにはいきませんよねぇ」
「っ!」
 呟きながら無造作に潜り込まされた指に、咽喉が引き攣った音を立てた。しかし人とは違うソコは痛みを訴えることもなく、容易に天蓬の指を飲み込んでいく。寧ろ慣れた刺激に奥へと誘い込むような蠕動さえみせた。
 顔は何かに耐えるように辛そうな表情を見せるくせに。
 この矛盾した反応を示す捲簾の姿が、天蓬は好きだった。
 押さえ込まれた時に見せる抵抗と不安を綯い混ぜた瞳も、咥え込ませた指を蠢かせた時に震える睫から零される涙の雫も。伏せられた耳が小刻みに揺れ、長い漆黒の尾が制止する力もないのに天蓬の腕を絡める。そんな、快楽に身を委ね切れずにもがく捲簾の姿を、愛していた。
「可愛い……」
 小さな呟きと共に耳を根元から舐め上げれば、捲簾の背筋が震えた。休む事無く聞こえる濡れた音に混じるように、口唇から熱い吐息が漏れる。瞳は己の胸の上にある異物を避けるように彷徨い、伏せられた。その媚態に己を抑えきれなくなる前に、天蓬は捲簾の身体から離れる。
 そして、先程の玩具を取り上げると、捲簾へと宛がった。
「っ!!!ぁ…はぁっ……っ……」
 これまでとは比べ物にならない質量に貫かれる衝撃に、捲簾は必死に呼気を逃そうと咽喉を開き、喘ぐ。その表情を逃さぬかのように天蓬の視線は捲簾に据えられたまま、呼吸が整うのを待った。
 そして捲簾が落ち着くと、天蓬は用意してあったベルトでたった今埋めた玩具を固定した。キツめに絞められた黒革のベルトは捲簾の素肌に食い込み、十分な硬度をみせ始めていた捲簾自身をも圧迫する。ベルトが決して捲簾の欲を解放しないことを確かめるように指で辿れば、捲簾は再び喘いだ。
「て…んぽ……はずし………」
「捲簾」
 苦しげに訴えられる言葉を遮るように、天蓬は呼びかける。
 繋いであった金具を外し、捲簾の手を自由にしながら。
「…んやっ……てん……」
「ちゃんと僕の言ったこと、覚えてますよね?」
 手にしたリモコンのメモリを最小に入れれば、捲簾はもどかしげに身を捩る。
「ふ……ん…っぁ……」
「捲簾?ほら、起きて下さい。この手紙を届けてくれるんでしょう?」
「くぁ……む…り………」
 落とされる優しい声音に捲簾は頭を振り、解放を望む。しかし次に投げられた言葉が、霞みそうになった理性を瞬時に覚醒させた。
「仕事、できないんですか?」
「っ!!」
 その言葉は、ぺっとにとって恐怖の衝動を与える。
「ちが…っ」
 冷水を浴びせられたように、捲簾から血の気が引く。仕事の出来ないぺっとは廃棄処分にされる。その恐怖が、捲簾を押し包む。
「行く…行くから……」
 自分が泣き出しそうな瞳をしていることに、捲簾は気付いていない。縋るように天蓬を見上げ、震える指先が手紙を捉えた。
「そうですよね。捲簾が仕事熱心なのは、僕も十分に理解してますよ。だからこれを金蝉の所に届けて…早く戻って来て下さいね」
 捲簾は頷く。自分がぺっとである限り、主の命令に逆らうことは許されない。だが、それでも……。
 俯いた視線の先にあるリモコンのタイマーが残り30分を切っていることに気付き、捲簾は驚きの表情で天蓬を振り仰いだ。
「どうしました、捲簾?」
 その視線を受けても、天蓬は何でもないことのように微笑む。
 事実、天蓬にとってはどうでもいいことなのかもしれない。金蝉の家に着く前に、タイマーが切れようとも。そして金蝉はおろか彼のぺっとである悟空にまで、自分の浅ましい姿を知られようとも。
 捲簾はその先を考えまいと首を振り、衣服を整え始めた。
 行かなくてはいけない。強迫観念にも近い、命令が捲簾を支配する。
 ベッドから降り足を踏み出せば膝が震えたが、そんなことにも構ってはいられない。
 今はただ、この手紙を届けて戻ってくることだけを考える。
 捲簾の手が、ドアノブを掴んだ時。
「行ってらっしゃい」
 愉しげな笑いを含んだ天蓬の声が、その背を貫いた。






最初ギャグのつもりが、何故か最後にはダーク系に…。やはり書き始めから時間が経ちすぎたのが敗因でしょうか。それでもこれを書く切っ掛けを下さった鎖骨様に捧げてしまいます。……こんなもんで本当に良かったのでしょうかね?
やっぱり金蝉に同情される捲簾さんという、ギャグ落ちにすればよかったかも……(遠い目)<今更。



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