† 鬱陶しい髪 †




 重い瞼を押し上げれば、視界に赤い物が入ってきた。
 それが何なのか暫く悩んで・・・漸く自分の髪だという事に気が付く。
 髪は元々長い方だった。あの頃は肩甲骨辺りまで伸ばして、前髪は邪魔にならないようにバンダナで押し上げていた。それが似合うと思っていたし、実際女共の受けも良かった。
 だが、流石にこれは限度を越えている。
 額から落ち掛かる一房を掴めば、ぞろりと床を這う。
 試しに立ってみれば、長さ千丈というカンジに地に蟠っている。
 それを見て悟浄は、軽く溜息を吐いた。
「鬱陶しい・・・・・・」
 ポツリと呟き、悟浄は傍らに座っていた八戒を見遣った。
「なぁ、髪・・・・・・切ってくんねぇ?邪魔でしょうがねぇんだけどさぁ」
 片手で後ろに流しながらそう言えば、八戒がくすりと笑う。
 そして悟浄の髪を掬い上げ、軽く接吻ける。
「イヤですよ。僕は悟浄の髪を気に入っているんです」
 それに・・・。
 言葉を続ける八戒の口元には酷薄な笑いが貼り付き、悟浄は眉根を寄せた。
「どうせここから動かないんだから、関係ないじゃないですか」
 動かないんじゃなくって、動けないんだよ。
 そうは思っても口には出せずに、悟浄はうっそりと嘲笑う口唇から目を逸らす。 
 逸らした視線のその先で光る、鈍色の鎖の冷たさが己の現状を知らしめる事に・・・また、悟浄は眉を顰めた。



 朝が来て夜が来る。
 そんな当然の時間感覚さえ狂わせるこの部屋に閉じ込められてから、どれだけの年月が経ったのだろうか。
 訪れる者といえば唯一人。
 悟浄をこの部屋に閉じ込めた張本人―――猪八戒のみ。
 一定の間隔で食事を持って来ては悟浄に食べさせ、気が向けばそのままここにいる。
 そんなことばかり繰り返して何が楽しいのか。
 考えても判らないから、悟浄は早々に考える事を放棄していた。
 八戒から与えられるのは生きる為に必要な栄養と、快楽。そして憂鬱。
(ナンか、すごく簡単じゃない?)
 たった3つの言葉が、自分を支配している。
 イキモノなんて大概が3つの言葉で事足りてしまうコトに、今更ながらに悟浄は気付き、自嘲った。
 食って寝て、快楽を貪る。
 今までの人生と何ら変わりがないような、この生活。
 ちょっと違う事といえば、この部屋から出られないコトと・・・快楽を与えてくれるのが八戒一人だというコトだけ。
(それと、コレか・・・)
「んっ・・・」
 胸元を這う冷やりとした感覚に声を漏らせば、衣擦れの音を追う様にヂャラリと鎖が鳴いた。
 ここに連れ込まれ、いつもの様に抱かれて・・・気を失うまで犯られて。それでまた同じ生活に戻ると思っていたのに、目が覚めたらそれまでの“フツウ”が一変していた。
 薄暗い部屋には申し訳程度の家財。床のコンクリに直接穿たれた杭と、それに繋がれた長い鎖が床を這う。
 冷たい鉄枷が足を食み、僅かな動きでも鎖が鳴った。
 着ていた衣服は跡形もなく、その身に纏わされているのは白い着物。
 まるで死に装束のような・・・白い着物。
「はぁ・・・っ・・・」
 するりと八戒の手が滑り、襟元を寛げた。それを追う様に舌が這い、悟浄の身体がぴくりと震える。
 胸骨の先端から鎖骨の窪みまで。
 ぞろりと熱い舌で舐め上げられれば、慣れた吐息が口を突く。
 どうせ同じ。いつもと同じ。
 ただ、この無為な時間を示すかの様に、髪だけが鬱陶しく伸びて行く。
 伸し掛かる重みに逆らわずに後ろへと倒れれば、冷たい床の感触の変わりに己の髪が敷き込まれた。
 引っ張られる痛みに眉を顰めながらも、悟浄は冷たいよりはマシかと思い直す。
 少なくとも着物と髪のおかげで、背中に擦過傷を作る機会は減った。
 それを素直に喜ぶ事は出来ないけれど。
「ぁ・・・」
 裾を割って、八戒の手が内股を滑る。
 際どいところを掠めて腸骨陵まで辿れば、望まぬ期待に腰が跳ねた。
 それを嘲笑うかの様に手が引かれる。
「はっか・・・・・・」
 離れた手を追い首をもたげれば、肌蹴られた胸元と下肢が目に入り、無意識のまま脚が閉じようと動いた。
 だが、間に入った八戒の身体と、鳴り響く鎖の音がその脚を止める。
「まだ、慣れないんですか」
 揶揄う声音が落とされれば、悟浄の頬に朱が走る。
 しかし抗議の声を上げる前に、その口は固く閉ざされた。
 一体。
 一体何に慣れろというのか。
 理性で切り捨てられるものなら、とうに捨てた。
 恥辱に塗れ、それを甘受して生きることも。
 身体を裂かれる痛みにも、煩わしい鎖にも。
「ぅぐっ!」
「ねぇ、まだ慣れないんですか・・・?」
 乾いたままの指先が秘穴を割り開く苦痛に、悟浄の咽喉が鳴る。
「な・・・に・・・・・・」
 体内で蠢く指に息が上がり、切れ切れになる声で問い掛けても、八戒は薄く笑うばかり。
 何度問うても応えが返るコトはないのに、悟浄はこの問答をいつも繰り返してしまう。
 繰り返されれば繰り返されるほど、その真意が見えなくて。
「あぁ・・・んぅ・・・・・・」
 探る様に八戒を見れば、親指で幹を撫でられ顎が上がる。
 そのまま性急に前と後ろを同時に攻められ、悟浄の口からは止まる事のない喘ぎが溢れた。
 そして。
 いっそう甲高い声と共に、どろりと己の腹に吐き出される精液の生温かさ。
 それをなする様に動く、八戒の手。
 荒い息を吐きながら、悟浄はぼんやりとそれを感じる。
 八戒の僅かに固い指先が、下腹から咽喉元までを滑って首裏に回された。
 その冷たさを心地好く思いながら、悟浄は自分の帯が解かれていたコトに漸く気が付く。
 全裸の肢体は無防備に、八戒の眼下に曝される。
「綺麗・・・ですよね」
 また。
「本当に、こうしている悟浄は綺麗で・・・」
 八戒は同じ言葉を繰り返す。
「アナタの真赤な髪が広がって・・・」
 首を切られた死体みたいに・・・
「ずっと・・・」
 ずっと・・・・・・
 飽くことなく撫でられる首筋。
 その下には、脈打つ血潮。
「・・・なら」
「はい?」
 いっそ―――――
 ひゅぅっ!
 その瞬間、前触れもなく八戒の欲望を突き立てられ、悟浄の咽喉が笛のような音を立てた。
「あ・・・あぁ・・・あ・・・ぁぁあ・・・・・・・」
 衝撃さえ去らぬというのに悟浄の身体はガクガクと揺すられる。
 焦点の合わない瞳を天井に向けている悟浄を、八戒は満足げに見ると、優しく笑った。
「ダメですよ。まだ」
 揺れる視界と意識の底で、悟浄はただ、鎖の音が耳障りだと思った。



「なぁ」
 悟浄は上体を起こし、片膝を立てて座っている。
 その視線は左の足首を捕らえていた。
「はい?」
 鉄枷に擦られたのだろう。足首からは僅かながらも血が流れている。
 手当てを・・・と立ち上がった八戒の視界に、俯いた悟浄の白い首筋が目に入った。
「髪、切ってくんねぇ?うざくって仕方がねぇ」
 床を這うほどに伸びた赤髪が悟浄の表情を隠して、彼がどんな顔をしているか八戒には見えない。
 八戒はそれでいいと思った。
「ダメですよ」
 目が、首筋から離せない。
 その白さが、残虐な衝動を誘う。
「言ったでしょう?僕、悟浄の髪を気に入っているんです。それに・・・」
 間違えて悟浄の首まで切ってしまいそうですし。
 冗談めかして言って、八戒は部屋を出る。
 だから、その後に続いた悟浄の言葉は聞こえなかったフリをした。
 別にそれでもイイのにと、何の感情も込められていない悟浄の言葉を・・・。

 そして二人の間には、冷たい鎖の音だけが残った。





はい、久々の地下倉庫モノで御座います。イキナリ監禁モノ。って割りにH度低くて申し訳ない。
今回のコンセプトは『八戒に髪を切ってくれと言う悟浄』です。本当にそれだけの話なの(^^;;)
あ〜・・・精進します(ぺこり)




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