『 独 人 遊 戯 』 ひ と り あ そ び



 暗がりに、熱が篭る。
 部屋の照明は落とされ、然程大きくもないテーブルランプが唯一の光源だった。
 吐き出される息は熱を伴い、珠の汗が頬を伝う。
 緩やかに、そして時には性急に蠢く指先は、的確に悟浄を追い上げて行く。
 その淫靡な様が暴かれる程度には、ほの明るい部屋……。

「はぁっ……」
 耐え兼ねたように零れる吐息が、やけに耳に付く。
 荒い息も衣擦れの音も、この狭い密室の中で生み出される『音』は全て、己が作り出している。
……いや、唯一の例外が、目の前に……
 悟浄は薄らと瞼を押し上げた。
 視線の先には、サイドテーブルに乗せられたテーブルランプ。
 そして、その明かりを受けて朧気に存在を主張する……八戒の姿。
 気紛れに悟浄が買い求めたアンティーク調の椅子に揺ったりと腰掛け、肘掛についた手で片頬を支えている。その口元には薄い笑いが貼り付き、細められた目は、あたかも悟浄の媚態を『鑑賞』しているようであった。
「……んくっ」
 その冷めた視線に、ゾクリとした。
 今の八戒にとって、悟浄は平素彼が囁く『愛する者』ではなく……。
「あ…んっ……」
 悟浄は視界が滲むのを不思議に思いながら、再び瞼を落とす。
 その涙が、快楽による生理的な物なのか、それとも見世物にされているという屈辱による物なのか。
(もう、どっちでもいいや……)
 瞼を閉じてしまえば、世界は闇に閉ざされる。
 その中で、自分は独り、快楽だけを追えばイイ。
 そうすれば、全てが終わりに出来る。
 この無意味な時間に、終止符を……。
「ダメですよ」
 その時、八戒の声が静寂を引き裂いた。
「っ!」
 悟浄は八戒が立ち上がる気配に、ビクリと身体を竦ませた。
「これは、『お仕置き』なんですから。そう簡単に終わらせられたら、つまらないでしょ?」
 そう言いながら、八戒の手が悟浄の下腹に触れる。
 熱を持った身体には、凍えるほどに冷たい指先。
 それが触れた瞬間に、燃えるような熱さが悟浄を襲った。
「ヤっ…………!」
「ここにね、羊矢というツボがあるんですよ」
 ツ…と、八戒の指が悟浄の脚の付け根を滑る。
「…ア……」
「そこを僕の気孔で刺激してあげるとね……」
「アァ…ふっ……ん……」
 悟浄は身体を丸め、強烈な感覚を耐えようと必死に息を殺す。
 白くなる頭の片隅で、八戒の忍び笑いを聞いた気がした。


 噛み締めたシーツから、声が漏れる。
 悟浄は我を忘れたように、己の手を自身に絡める。
 さっき…八戒の手が触れてから、どれだけこうして自分を慰め続けたのだろう。だが一向に、最後の高み到達する事が出来ない。
「ふぅ…んくぅ……」
 悟浄の涙と、先端から零れ落ちた蜜がシーツに淫らな染みを作る。
 それを見て、八戒の眼が満足そうに細められた。
「悟浄」
「ん…ぁあ……」
 シーツを離した悟浄の口から、紅い舌が覗く。
 八戒はそれを霞めるように舐め、次いで親指でその頬を拭う。
「っ!」
「そのままでは、いつまで経ってもイけませんよ?」
 耳に落とし込まれる言葉が、悟浄を更に熱くさせる。
 そう。交わされた『約束』では1回、八戒の見ている前で自身を慰めればイイだけ。
 それくらいで八戒の勘気が解けるならと、挑発に乗ったのは悟浄だ。
 だから……。
「足りないでしょう?」
 八戒の手が、悟浄の手首を掴む。
 …気が付いていた。
「な……」
「前だけじゃ、足りないのでしょう?」
 その声が嘲笑を含んでいるように聞こえるのは、気のせいか。
「見せて下さい」
 八戒の手が離れ、今度は額に貼りついた髪を払った。
「貴方の、一番綺麗な姿を……」
 脚を開いて、全てを曝け出して。
 貴方を、貴方自身の指で暴いて……。
「ばっか…やろ…………」
 悟浄は掠れる息の下から、悪態をつく。
 罠に嵌められた気がする。
 結局、八戒がやらせたかったのはこれなんじゃねぇのか?
 怒ってみせたのも、全てはこの為の布石で。
 あ〜もう、挑発に乗っちまった俺が、軽率だったよ。こうなりゃ、自棄だ。
 てめぇの希望通り、何だってやってやる。
 前立腺マッサージでもキめりゃ、一発だってんだろ!

 腹を決めれば己のペースが戻ってきた。
 ゆっくりと焦らすように、脚を広げ指先を滑らす。
 身体の奥はしとどに濡れて、指を潜らすのに何の抵抗も感じさせない。
「ん……」
 見せ付けるような、媚態。
 薄く開いた口唇から零れる、熱い吐息。
 潤む瞳を、物欲しげに八戒へと向ける。
 場数だけなら踏んできた。
 身の内を掻き回す湿った音と、微かに毀れる嬌声。
 八戒のあの、取り澄ました顔を崩せるのなら、理性なんて要らない。
「は…っかいぃ……」
 計算し尽くされた嬌態。
 でも、それが本当なのか嘘なのかは、自分でも判らない。
 いつだって快楽には正直に生きてきた。
 でも、この時ばかりは……
「悟浄……」
「あ……っ」
 その肩に八戒の手が触れた時、悟浄は確かに『勝った』と感じた……。



「僕も、大概甘いですよねぇ……」
 八戒は意識を手放し眠る悟浄の傍らで呟いた。
 本当は、途中から悟浄がわざと挑発していたのも知っている。
 知った上でノってやったのだ。…多分、悟浄は気付かなかったろうが。
「でもね、怒っていたのは本当ですからね」
 だから、せめてもの意趣返しに、少々手荒く扱わせてもらったのだが…その結果が横で潰れている。
ふぅ……
 八戒は溜息を一つ吐くと、悟浄の乱れた髪を丁寧に整えてやる。
 その口元には優しい笑みが浮かべられていた。
「今日のところは悟浄の可愛い姿に免じて赦してあげますけどね…本当に、反省して下さいよ?」
 無駄とは思いながらもついつい愚痴のように毀れてしまう。
 ふと、投げられた視線の先には、クッションが一つ転がっていた。その中央に、それは見事な煙草の焼け焦げがひとつ。
「寝煙草はあれほど止めて下さいって、言ったのに…。あのクッション、気に入っていたんですよ?」


…未消化ですね。久し振りの裏物は、結構きつかったです(苦笑)
でも、このネタはちょっと書きたかったので、半分だけは満足。
バカ話で申し訳ない…(--;)




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