† 美女と野獣と †
真夜中。
濃紺なはずの天は紺灰色だった。
月光のせいだ。
三蔵が目覚めると、月は酷く美しく、そして禍々しい程の明るい光で天上を支配していた。
ドアの向こうで争う物音がしていた。
夜中であることをはばかってか、圧し殺した声ではあったが、目覚める前から三蔵にはそれが誰のものであるかは解っていた。
どん、とドアにぶつかる音。
ぶつかって、意図なく開かれただろうドアから、転がるように現れたのは悟浄だった。
「何をしている、貴様ら…」
形式的に悟浄をとがめながらも、三蔵の心中は不思議な程平静だった。
突然起こされた怒りも不快感も何もなく、頭のどこかが麻痺したような錯覚さえ、あった。
白い、月の光のせいかもしれない。
目の前に一枚の紗がかぶせられているような錯覚がある。
まるで夢の中にいるような…。
「三、蔵…」
青ざめた、悟浄の表情。
平素の余裕を醸す笑みはなく、むき出しの動揺が伝わってくる。悟浄がここまでの顔をさらすとは…三蔵は微かな笑いを滲ませ、目を眇めて悟浄を眺めた。
「八戒が…変だ…」
扉の向こうの暗がりから、八戒がゆらり姿を見せる。
退路を断つように悟浄の後ろに立ち、自分に視線を投げてよこす、笑みらしきものを形づくるその顔。
たぶん、今の自分も、同じような顔をしているのだろう。
八戒と視線をあわせる。驚いたようだったが、すぐにより深い笑みへとその表情を変えてきた。
「がっつきやがって…人に見られたら、どうする気だ?」
「構いませんよ」
三蔵の部屋に入り込んで、八戒は後ろ手に錠を降ろした。
絶望的に冷たい、その断絶の金属音。
八戒の手が後ろから悟浄を強く羽交い締めると、強引に顎を捕らえ、唇を奪う。無理な体勢に、悟浄の喉が苦しげに鳴る。
「はっかい…!」
悟浄は強く、八戒を突き飛ばした。
本気の抵抗ではあったが、無意識の躊躇いが威力を弱めていた。
「何を…ッ」
悲鳴に似た悟浄の声。
八戒の意図することが、解らないはずもないだろうに。
紅い双眸を見開く悟浄の表情は、まだ何か理由を、希望を求めている。
信じられない、信じたくないと、全身が訴えている。
三蔵は意識して、薄く笑みを浮かべた。
そして八戒にのみ意識を集中させていた悟浄を後ろから捕らえ、床に突き倒す。
驚愕に見開かれる紅い瞳が、美しいと、思った。
「八戒」
「お手伝い、しますか?」
「……ああ」
微かに三蔵が頷くと、八戒はゆるく笑った。
「三蔵っ、おまえ…も…?」
絶望に飲まれた悟浄の声を、二人はどこか夢の中のもののように感じていた。
布の引き裂かれる音と、押し殺すことを強いられた、悟浄の泣き声が部屋の空気を震わせている。
うつ伏せに倒れた悟浄は月明かりに照らされ、日焼けして浅黒いはずの肌が、いやに白く白く浮かび上がっていた。
引き裂かれた衣服が絡み付き、白い肌の上に黒い影を落としている。
白と黒と…そして紅の、淫猥なコントラストに目を奪われる。
荒々しく、暴かれた下肢。
乱暴で一方的な愛撫にも、浅ましく吐息を荒げる悟浄を眼下に、三蔵は薄く笑った。
「三蔵…っ」
起き上がり、上体を返そうとして…八戒に捕らえられる悟浄の声に、煽られる。
悟浄の心臓が、早鐘のように脈を打っているのを胸をなぶる掌で感じる。
強ばる四肢をうつ伏せ、獣のように四に這わせた悟浄の腰を引き、高く掲げさせた。
おびえて固く強ばった肉は、三蔵を拒んで小刻みに震えている。
「やめろ、やめ……っ三蔵!」
既に固く起立した自身を、気休め程度に解しただけのそこに、突き立てた。
悟浄の瞳がブレる。
迸る悲鳴を、八戒の手が遮るのを、三蔵は無感動に眺めた。
「く……狭い…な…」
だが、そのきつい締め付けが三蔵を酔わせる。異物を排除しようと蠢く濡肉が、ますます欲を高ぶらせていく。
構わず、三蔵は動きだした。
狭いそこは、三蔵を拒んで血を流す。
動く度、悟浄が切れ切れの悲鳴を上げる。
だが、それもいつしか、断続的な嬌声へと変化していく。
熱い肉は悟浄の意志を裏切って快楽に震えだす。
「あぁ…っ、は…あ……痛…ぇよ…痛…よぅ…」
啜り泣くような声。だが悟浄の頬は濡れていない。
「嫌そうには…見えんな…」
好い身体だ、と、三蔵は思う。
決して、自分のものにはならない、この存在。
焦がれて欲して、どんなに求めても、手には入らない。
上体を押さえつける、八戒を伺う。
八戒はいったい、この行為をどんな想いをもって見ているのだろう?
一見同質のように見えて、実は正反対の魂をもつ、悟浄と八戒。だからこそ、お互いがお互いを必要とし、二つで一つの対のように、ぴたりと噛み合う、その二人のありよう。
自分がどんなに悟浄を想っても、結局二人の間に割ってはいれないことは解っていた。
だから、これで終わりにする。
「…悟浄…」
背後から抱き締めた。
激痛に震える身体を慰撫するように手を這わせると、うなじが震え、打ち振られる深紅の髪。
鼻先で髪を割り、三蔵は香る首筋に唇を舌を這わせて、甘咬みした。
目の前で舞い、妖しく誘う、紅。
「ぅ……ぁ…」
柔優の色彩だ。いとおしさがこみ上げる。
三蔵は放ってあった悟浄自身に指を絡め、強く、そして不規則に刺激していく。
無意識なのか淫らな動きを始める悟浄に、三蔵はさらに深く強く悟浄を求めていった。
つう、と月が雲に陰り、室内は漆黒の闇に包まれた。
空気を支配するのは、悟浄のひきつった吐息。
他には何の、言葉もなく。
呆然と四肢を投げだした悟浄の上に、今度は八戒が覆いかぶさった。
「…お…まえも…?」
何故、と悟浄の目が揺れ…力など入りはしない腕を、必死に振り回す。
「ヤ…」
その手を三蔵が軽々と束ね、押さえつけた。
拒むその身体を、慰めるかのように緩く、八戒は溶き解していった。
八戒の手の柔らかさに悟浄の身体は安堵したように弛緩していったが、手が下肢に伸びたとき再び激痛を思い出したのか、強ばった。
「嫌だ…やめてく……ヒッ」
悟浄の脚が大きく広げられ、窮屈に折り畳まれる。構わず八戒は悟浄の内側へ割り込んだ。
「…っ! …あ、ぁ…」
既に三蔵との行為で濡らされ、慣らされたそこは、傷つきながらも八戒を容易に受け入れた。ずるり、肉の擦れる音が聞こえるようだ。
「…ごじょう……もう少し、力抜いて…」
熱い。
とろけるように熱い媚肉が、八戒にぴたりと食いついてくる。
その感触を味わうようにしていると、無意識に媚肉を細かく震わせ、奥へと誘い込もうとする。
好い身体だ、と思う。
だが押さえつけられた悟浄の喉は、痛みにか、ひくりひくりと反り返る。
そのなだらかなラインに、八戒は思わず歯をたてていた。
そのまま、引き裂きたい衝動にかられる。
だがそれは出来ない。
その権利は自分には与えられていない。
決して、自分のものにはならない、この存在。
焦がれて欲して、どんなに求めても、手には入らない。
三蔵はいったい、この行為をどんな想いをもって見ているのだろう?
まるで正反対のように見えて、実は同質の魂を持つ、三蔵と悟浄。対照な位置にあり、だからこそ理解し合える、お互いに刺激しあいながら前へと進んでいける、二人の結びつき。
自分がどんなに悟浄を想っていても、結局二人の邪魔をしているだけなのは解っていた。
だから、これで終わりにする。
「悟浄」
呼びかければ薄く悟浄の瞳が開かれた。
泣いてはいない。
だが熱に潤んで、甘く誘う、深紅。
「…う……ァあッ!」
嗜虐の色彩だ。凶暴な欲が首をもたげる。
きしり、と八戒は悟浄の鎖骨を強く咬んだ。そして血の滲むそこを、獣が餌をほふるかのように嘗めしゃぶった。
痛みにか、餌にされる恐怖にか、震える悟浄の内壁は収縮し、八戒を強く刺激する。
八戒は眼下で悶える悟浄の肩を強く押さえつけると、激しく悟浄を責めたてていった。
何度も気を失わされ…何度も目覚めさせられて、その度に絶望に支配される。
悟浄は声にならない声で叫んでいた。
『何で?』
「何故だか…お前には、わからないだろう?」
「貴方にはわからないから…こうするんです」
わからない、と悟浄は叫んでいた。
蹂躙する、二人。
背後から三蔵に貫かれ、八戒に自身を咥えこまれていた。
「ア……はァ……ッ」
三蔵に強く突き上げられ、身体が跳ねる。
絡み付く八戒の舌に、膝が震える。
「…かんね…よ」
波打つ四肢。快楽に支配されながら、悟浄が叫ぶのは疑問の声。
自分は憎まれているのか、とさえ悟浄は思う。
強引に下肢を割られ、乱暴に快楽を享受させられる。
八戒が咥えていた悟浄の自身を強く刺激すると…悟浄は八戒の口内で、弾けた。同時に最奥を犯していた三蔵が、悟浄の最奥で熱を滾らせる。
「…ぁ…う……」
悟浄は呻いた。
じんわりと内側に広がる、何度目かの三蔵の熱の感触が嫌だった。
ぐったりしている悟浄の唇を、八戒が奪う。舌を絡められ、唾液を呑みこませられる。
二人の体液が悟浄の中に滲みいる。
染め上げられる感覚に、悟浄は震えた。
二人は何も言わない。
言わずに…ただ悲しげな、諦めた目で悟浄を見、抱いている。
二人ともだ。
二人とも、それ以上の手を伸ばしてくることはなかった。
勝手に求めて勝手に諦めて…端から、悟浄に選択権は与えられていない。
「言われなきゃ…わかんね…」
――何で、好きだって、愛してるって、言ってくれないんだ…?
「何で…?」
悟浄は何度目か、絶頂の波間に意識を沈ませていった。
絶望に飲まれた二人の声を、悟浄はどこか遠くから聞こえてくるような気がしていた。
「愛してるといえば、あなたは僕を選びますか?」
「好きだといえば、お前は俺を選ぶのか?」
『選ばねえよ…どっちも。二人とも好きだから』
だから、やめてくれ。
お前達が傷つけあうのだけは。
俺が居なければ、おまえたちは尊敬しあえる友同士でいられたのにな。
ごめん。ごめん。ごめんなさい。
俺なんか、どうなってもいいから…
「もう…やめてくれ……」
掠れた悟浄の声は、二人の耳には届かなかった。
(鎖骨様よりコメント)
これ以上進めると、悟浄どっか行っちゃう…。