―人為らざる者・序―
天使を拾った。
(こういう種族でも、こんなところで死んでしまうんですね)
雨の日の路地裏で、ボロ雑巾のように転がっているその人物を見た時の感想は、そんなものだった。
何しろ髪も羽根も血で濡れた様に真赤で、雨に濡れた地面にその赤が滲んでいたから、てっきり出血多量か何かで死にかけているものだと思ったのだ。
己の職業柄(というよりは生まれの方だろうか)、天使なんかとは係わり合いになりたくなく、はっきり言って無視しようと決めていた。
『面倒』―――この言葉が一番正しいかもしれない。
えてしてこういった種族は人間の可視範囲には含まれておらず、幸いにして人間に擬態して暮らしている僕には『気付かなかったフリ』というのが適用できた。
(本当、天使ってヤツは実力ない割にプライド高くて高飛車で、人の迷惑顧みない面倒な種族ですよねぇ)
厄介事に首を突っ込むつもりもない。
僕はここでの生活にそこそこ満足していたし、当分それを捨てるつもりもなかった。
だから、『いつものように』無視して立ち去ろうとした。
その瞳が、僕の姿を捉えるまでは・・・。
―――――†―――――
水音に彼が目を覚ますかと少し心配したが、運良く彼の意識が戻る気配はなかった。
(ま、気が付きそうになったら、強制的にでも眠ってもらえばいい事ですし)
物騒な事を考えながら、少々浅めに湯を張ったバスタブに彼の身体を納める。
シャワーの温度を自分の手で確認してから、『彼』の身体を慎重に洗い清めて行く。
(やっぱり・・・)
外傷は殆どない。
洗い流されて行くのは泥ばかりで、水面に漂う彼の髪はその鮮烈さを取り戻しただけだ。
見間違いなどではない。
あの時こちらを見据えた彼の瞳も、今、目の前にある髪と翼も、この世にあらざる禁忌の色だ。
(面白いですねぇ)
目を細め、その肢体を検分する。
噂には聞いていたが、実物を目にする日が来ようとは、思ってもみなかった。
色素の薄い天使族の中で、ただ1人その彩を纏う者。
(あれ?でも・・・)
伝え聞いた限りでは、その翼は白かった筈だ。
『魔族の返り血で、その翼まで赤く染めた者』
中々に見物だった、と薄く笑いながら言ったのは誰だったか。
頬に走る2本の傷跡が、彼が件の天使である事を証明しているのに・・・。
「―――――あぁ」
目を凝らして、次いで納得の声を上げる。
不可視のものまで捕らえる瞳は、その背に掛けられた封印の存在を告げていた。ただ、それも綻びた為に効力を失っていたが。
「やっぱり、これが彼の本当の翼なんですね。封印の修復は簡単ですが・・・それじゃぁ面白くありませんよねぇ」
口角を上げ、術を掛け直すために指先に気を集める。
見掛けは前と同じ、彼の翼をただの天使のそれと同じに見せる物を。そして巧妙に、自分にしか解呪できない仕掛けを施す。
自分が術を掛けた事が彼にバレれば、ゲームオーバー。そこで術は途切れ、彼は本来の姿に戻る。喩えそれがどのような状況下であろうとも。
そして彼が術に気が付かなければ、術は彼に心因的な操作を加え続ける。とは言っても、それほど深刻なものではない。ただ単に、この場所から出て行こうと思わないだけだ。
自らに掛けられた封印と術の存在に気が付かなければ、永久に籠の鳥。
暇潰しの簡単なゲーム。
ただ、相手がこの人物だというだけで、自分の血が騒ぐのが判る。
もう永遠に熱くなる事もないと思っていた、『悪魔』という種族の血が。
あの時垣間見た、強い光を放つ瞳。
彼が術の存在に気が付いたその時、一体どんな光を宿して僕を見詰めるだろうか。
挑むように、憎むように・・・それとも、拒むように?
どんな色に染まろうとも、彼の緋色の瞳は美しいだろう。
だから、貴方が僕を見てくれるように。
ゲームをしよう。
楽しい愉しい、命さえ掛けるようなゲームを。
ただの『天使』と『悪魔』に戻った時、貴方はどうする?
八戒は、まだ閉じられたままの瞼の上に優しく接吻け、夢見る様に吐息だけで囁いた。
「さぁ、目を覚ましてください」
まだ名も知らぬ、愛しい貴方。
どうかその血色の瞳で、僕だけを見詰めて―――――。
『序章』です。って、本編があるかは判らないのですが(苦笑)。
2万HITキリリク小説(天使悟浄と悪魔八戒)の、補足説明小説ってところです。
キリリク小説の前に読んで頂ければ、より理解頂けるのではないかと・・・思ったのですが、ムリかなぁ(爆)