● 純白の絵柄 ●
八戒の誕生日が近い。
それが解っていて気分が落ち込むのを止められない。別にヤローの誕生日を祝うのが嫌っていうのじゃなくって・・・何をあげたらイイか・・・それが分かんなくて困る。女なら簡単。ちょっとお洒落なアクセサリーに甘い言葉。そして綺麗な花。香水やスカーフなんかもイイ。ほら・・・女にあげるなんて簡単。でもさ・・・ヤローなんかの誕生日を祝うなんて・・・冗談じゃないぜ・・・。
溜息と共に悟浄はブラブラと町を歩く。さして大きくもない町はゆっくり歩いても数刻で中心部を抜けてしまい後は住居が建ち並ぶだけになってしまう。
「どう・・・しよっか・・・」
祝わないと怖い。別におめでとうだけでも良いんだけど・・・それだけだとなんか中途半端な気がして後味悪いし・・・貰っちゃってるからね・・・俺が。
特別な記念としての豪華な手料理とプレゼント。それは一緒に暮らし初めてからごく自然に行われてきた。
「生まれた日なんて・・・厄日以外のなにもんでもないんだけどなぁ〜。」
それでも居てくれる事が嬉しいですからと優しい翠の瞳が暖かい色を宿す。そういうヤツだから・・・やっぱり祝ってやんなきゃって思う。
「だぁけどさぁ〜・・・欲しいもんってあるんか?」
無欲な振りしてすっげー我が儘で強欲なんだけど・・・モノとして形が残るものが欲しいとかは聞いたことない。
「いっそリボン買って・・・俺あげる〜って・・・やっぱ止めよう。」
冗談にならないから駄目だ。直ぐさま想像を打ち消す。冗談でじゃれる程度で済むならそれでもOKだけど・・・絶対洒落になんないし・・・そんな怖い事出来ない。絶対に腰が立たなくなるしそれこそ朝までフル回転ってか?
「お?」
店の連なる場所から離れた住宅街にポツンとショーウィンドウが夕日の照り返しを受けて輝く。なにげなしに近寄れば中には可愛らしく、そして真っ白なレース等が所狭しと飾られていた。
「すっげ〜綺麗。」
女性の細やかな感性とでも言うのだろうか、細い糸が絡み合う様にして文様を織り上げている。花のように蝶のように白という一色しか無いにも関わらず鮮やかで優しい。
「・・・・・・・・」
子供が履くのであろうか、まるで人形の靴のように小さなそれはふんわりとリボンで結ばれている。重なるように覆っているのは・・・何故か一枚のエプロン。周りがレースなのにそれだけシンプルな作り。だからこそなのか妙に目を惹く。
「・・・あはは・・・ヤダな〜俺って何考えてんだろう。」
幾ら綺麗だからってこんなのあげても仕方ないじゃんと思うけど目が離せない。
「んん〜・・・八戒って料理作るし・・・使うかなぁ・・・」
別に特別丈夫なワケじゃないだろうしきっと直ぐに汚れてしまうだろう。だけど・・・コレに決めた。
「すみません〜。」
「・・・・・・買ってしまった。」
茶色の袋の中には薄い白の生地で包んだ例のエプロンが入っている。店に入ったら珍しさも手伝ってか白いレースのリボンまでつけて貰っちゃった。いや・・・別に何かに使うってワケじゃないけど・・・何となく嬉しいじゃん。
「なんて言って渡そう・・・」
まだもうちょっと先の事だけど・・・何も言わずに渡したらきっと複雑そうに笑って・・・誤解するだろうし。
そこでハッと恐ろしいことを考えついてしまった自分があまりにも情け無くて思わずしゃがみ込む。
「あぁ・・・これで裸エプロンですか?」
にーっこりと笑顔つきで・・・最低・・・。
「理由理由っと・・・」
八戒を頭から追い出してうんうんと悩み出す。でも頭の中をまわってるのはやろぉ〜の誕生日ってやっぱ嫌すぎ。
当日
「はよ〜」
隣のベットでまだ眠っている八戒を揺さぶり起こす。うん、なんかイイカンジ〜♪俺が起こすなんてそれこそ1年に1回あったら良い方かもしんない。勿論朝の場合だけど。
「・・・なんです?」
まだぼぉ〜っとしてる八戒が時計に目を向けると俺の満面の笑みを完膚なまでに無視して背を向けると更に深く潜り込む。
「お休みなさい。」
コロンと再び眠りに入る。
「だぁあ!起きろよぉ!この、俺が起こしてんだから!」
ユサユサユサ・・・
「まだ、早いでしょう?どうせ昨日寝てなかった悟浄と違って僕は忙しいのですから・・・少しは寝かして下さい。」
普段朝まで無理矢理ってヤツが何寝惚けたこと言ってんだろ。でも疲れてると言われてしまえば無理に起こしてしまうのは忍びなくてしょうがなく諦める。それでも一番先に言いたくて、眠ってしまったらきっと俺より先に三蔵や悟空を起こすだろうから・・・一番じゃ無くなってしまうわけで・・・。
「ん、お休み。・・・でもってお誕生日おめでとう、八戒。」
背を向けてシーツにくるまっている八戒の髪の毛に軽く口付けて傍を離れる。なんかプレゼント渡すって雰囲気でも無いし相手にして貰えなかった寂しさってのが一応あってその場にいるのも落ち着かないからそのまま外に出る。
「きれーな朝焼け。」
ほんのりって言う感じで色づいている空。秋もコレから本番って言うんだろうなーってらしくないことを考えつつブラブラと歩き始める。八戒が起きるまで散歩して、ご飯が出来た頃に戻って笑ってもう一度おめでとうって言うんだ。そうしていつもの様に「お早うございます」って・・・。
「あ・・・っと・・・ちょっと寝過ごしてしまいましたね。」
ん〜と身体を伸ばすとパキパキと乾いた音が鳴る。
「嫌ですねぇ。」
年寄りみたいとクスクス笑いながら起きあがる。ふと隣のベットに目をやれば眠っていない為綺麗なままのシーツが目に入る。
「もう・・・遊んでばかりなのですから・・・」
心配ばかりかけて・・・と思いつつもポンと置かれている茶色の小さな袋が目に入る。
「なんでしょうかね?」
首を傾げながらもきっと開けたりしたらどういう風にしたらいいのか困ったような色を目に浮かべたまま無表情になる・・・そんな悟浄を見たくはないので気にはなりつつも手は出さない。
「さてと、ご飯の支度して三蔵と悟空を起こさないと・・・それで悟浄を探して・・・って戻ってくるでしょうし。」
ドアをくぐりながら何にしましょうかね?と献立を考えつつ宿の調理場へ向かう。
「おっはよ〜♪八戒」
「お早うございます。」
三蔵が起きていてくれてた所為か悟空を起こしに行くまでもなく起きてきてくれて・・・ってやっぱり匂いがするのでしょうか?ちらりと卓上に並べた朝食を見ると悟空が嬉しそうに席に着く。
「あっ、そうだ♪八戒」
「なんです?」
最後にお茶をと4つの湯飲みに注いでいると悟空が話しかけてくるので振り向くとそれこそ太陽のような笑みを向けられる。
「おたんじょーびおめでとぉ〜♪」
まるで自分の事のように嬉しそうに言ってくるので思わず頬が綻ぶ。
「えぇ、そうでしたね。ありがとうございます。」
「なぁ♪俺一番?」
三蔵がおめでとうって言うハズないし悟浄居ないじゃん。だから一番?って聞くのでそうですよ・・・と答えようとした。その時ふと浮かび上がるヴィジョン。
「・・・ごめんなさい。悟浄が先なんですよ。」
心地よい眠りの中を邪魔されて素っ気なくあしらってしまった。夢と現実の狭間で夢に縋り付いていたくて・・・その眠りを邪魔されたくなくて・・・大切な人を追い払ってしまった。
「おめでとう・・・と言ってくれたのですね。」
聞こうともしなかった言葉。とてもとても大切な、何よりも大切な言葉なのに・・・きっとあの人は哀しそうな色をその瞳に溶かし込んで出ていったに違いない。
そのたった一つの言葉を言うためだけに眠らずに起きていたのだろうか?あの茶色の袋は・・・もしかしなくても僕の為なのだろうか・・・。
「すみません。三蔵と先に食べていて下さい。」
慌ただしく宿の外へ出ていく。探さなくては・・・、きっとあの人は何事も無かったように笑って戻ってくる。そしてもう一度おめでとうと言ってくれる。だけど・・・それでは駄目なんです。あの人の優しさを踏みにじってしまったから。誰よりもその口から聞きたかったはずの言葉・・・それを聞かずにしてまで夢に縛られていたかった・・・その言い訳を聞いて欲しい。
「ごっ・・じょ・・・う・・・」
サラリと乾いた秋の風にまるで野山を染めるような紅の色が流れる。
切なくなるほどの美しい絵。それを壊したい。手が伸ばせない風景の一つでなくこの腕に抱きしめるために。
「はよ〜、よく眠れた?」
なんとも無いように笑う悟浄に何故だか泣きたくなるほどの優しさが見える。
「ごめんなさい・・・そしてありがとうございます。」
ゆっくりと近付いて抱きしめる。抵抗無く収まる身体を強く抱きしめて存在を確かめる。この優しさも温もりも・・・夢であるかのようで・・・もしかしたら僕はまだ夢の中にいるのかもしれない・・・。
「なに?もしかして気にしてる?べっつにたいしたことじゃないじゃん。疲れてて事故るほうが俺嫌だぜ」
明るく言う悟浄に「たいしたことなんです」と告げる。誰よりも何よりも大切になってしまっている貴方。どうか僕の不相応な我が儘を聞いて下さい。祈りに似た気持ち。これをどう伝えればいいのでしょう・・・どうしたらわかって貰えるのでしょう。
「そう?でもイイじゃん。誕生日ぐらいゆっくりするってのも〜♪だってさ!唯一我が儘しほうだいの日だぜ。」
ニッと不敵に笑う悟浄につられるように微笑む。
「ちょっと違うような気もしますけど、言葉に甘えさせていただきますね。」
クスクスと笑う八戒に多少嫌な予感がしないでも無いけどよっぽど怒る時以外は周りを気にしすぎるほど気にするからそういうのが無い日も有って良いかも知れない。
「んじゃさ〜、取り敢えず戻らない?」
悟空じゃないけど腹減った。と言うと益々笑みを深める。そこで思いだした例の袋。
「あっと・・・その八戒」
「悟浄あのベットの上に・・・」
二人で同時に口を開いて同時に閉ざして一瞬後笑い出す。言葉を紡ぎだしたのも一緒なら止めたのも一緒。でもって内容も一緒?これで笑わないわけないじゃん。
「そ・・・あれプレゼント。ちょっと驚くだろうけど。」
「悟浄がくれるんでしたらなんでも嬉しいですよ。」
僕の為だけに僕のことだけを考えて選んでくれたものが嬉しく思わないハズがないでしょう?と告げればパッと目を見張るほどに顔を朱に染めて隠すように向きを変える。・・・本当に照れ屋さんなのですから。
「さぁ、戻りましょう。」
手を差しのべれば迷うことなく添えられる。
緩やかに握りしめ子供のように一緒に歩き出す。寄り添うような距離が嬉しい。
「なんです?これ?」
渡された袋から出てきた白の包みを開けて悟浄の前にかざす。
「エプロン」
それ以外に見える?と悟浄は憎たらしいほど可愛らしく首を傾げる。
「見えませんね。」
「綺麗だろそれ。」
ニコニコと満面の笑みで言う悟浄に思わず溜息を付く。何故エプロンなのかを聞きたいんですけどと言えば悟浄はちょっと考え込んで実はあんまり深くは考えなかったんだ。と気まずそうに告げる。
「何を買ってイイか解らなかったんだよ。でブラブラ歩いてたときそれ見付けてさ綺麗だなって思って。ほら八戒料理するから有ると便利かなって思って。」
そんだけとあっけらかんと言う悟浄が更に言葉を繋げる。
「あ・・・でもお揃い買っとけば良かったな。そうしたら一緒に・・・」
「心配いりませんよ。コレを貸して上げますね。」
「でもそれ八戒に・・・」
「僕は汚さず調理する方ですから。」
クスッと爽やかな笑顔・・・その背後には・・・
「いい!遠慮します!!」
その後悟浄が調理されたのは言うまでもない。
エプロン?勿論使い物にならなくなったのは言うまでもないでしょう・・・しかし八戒の荷物の中にはしっかりと収められているのであった。
ちゃんちゃん♪
花詠様より戴いてまいりました、八戒さんお誕生日記念小説です。
心密かに調理されてる悟浄を見たい(読みたい)と思うワタクシは正直者・・・(爆)
花詠様、ありがとうございました(^^)