・・・ 初日の出 ・・・
「八戒、朝日を見に行こう。」
ウダウダと怠慢な態度で年始を迎えた悟浄が突如として言い出す。
「は?」
聞き返す間もあれば・・・ですねー。と八戒は視線だけで自分の用意を済ませている悟浄を眺める。
「早く」
楽しそうに急かすので嫌がる理由がなくなった。
僕たちは慌ただしく朝日を見るために闇の中を旅立った。
「急にどうしたんです。」
ジープは快適に目的地に向かってひた走る。
「なんかさー、俺も良く解らんねーけど・・・見たくなったんだ。」
理由は単純。だけど・・・らしいので許せてしまう。
「で、何で砂漠なんです?」
返事が返ってこないので横を見ると苦労して煙草に火を付けていた。この風の中である、ライターの火はいとも容易くさらわれ何度も堅い音を鳴らす。
「ふぅー・・・あぁ、本当はさ、海が良かったんだけど無いじゃん。」
「何故海を?」
朝日を見るなら山でも良いはずである、何よりも手近に山があったにも関わらず、海を選ぶのか聞きたかった。
「んー、ありきたりってのはなんかさー・・・ヤじゃん。」
「・・・嫌ですか?」
朝日が見れたらそれで良いって言う人かと思ってましたよ。声に出さずに呟くと
「それにさー、人居るの嫌だからね。」
と付け足すので僕は納得いったように頷く。
「あぁ、僕と二人で居たかったんですねー。いやぁ、光栄ですね。」
「・・・聞かなかったことにして置いてやるよ。」
何故か脱力したようにシートにもたれる悟浄を後目に八戒はアクセルを更に踏み込む。残された時間は後僅か。
「もうすぐですね。」
ギリギリ間に合いましたとホッとしたように呟く八戒を置いて悟浄は明るくなりつつある空の下に身を躍らせる。
「・・こうやって誰もいない所に立つとこの世界で俺たちだけって気分だよな。」
振り返った悟浄の背後からゆっくりと光が射し込む。なんて幻想的な光景。そして・・・なんて綺麗なんだろう・・・。
八戒は知らず知らず息を飲む。
「綺麗だね。」
囁くような悟浄の声が殊更遠くに聞こえる。これは触れてはならないもの、汚してはならないもの。
「八戒?」
捕まれた腕が現実に引き戻す。
「ふふん♪あてられちゃった?綺麗だもんね。・・・海も良かったけど砂漠も良いね。なぁ、砂漠って別の呼び方が出来るんだぜ・・・砂の海ってな・・・」
砂丘が波打つように見えるだろっと楽しそうに朝日の中にとけ込んでいく。
話をする悟浄を抱きしめてその存在を確かめたくて仕方がないのに指1本として動かすことが出来ない。
「八戒、俺は此処にいるよ。」
サラッとした感触が頬を撫でる。それが悟浄のだと気付いたときには抱きしめられていた。安堵するような優しさに包まれてようやく悟浄の身体に腕をまわす。
「貴方が何処かへ行ってしまいそうでした。でも僕は貴方を追いかけられないのです。」
「此処には何もないから・・・だから際立った美しさだけしか無いから。だからそう感じてしまうんだよ。俺は此処にいる。」
宥めるように囁かれる言葉に次第に落ち着いてくるのを感じた。・・・取り乱したようで恥ずかしい。だけど拭おうと思っても拭えない孤独感に狂わされそうになる。
「解っていても怖いんです。」
弱音を吐いてしまう。だけど悟浄を失うことが何よりも怖いからそれさえもさらけ出して繋ぎ止めようとしてしまう。
「畏怖って言うだろうな。絶対に敵わないと解っているんだろうね。だからこそ美しい、何者も手に入れられないから・・・だからだろーな、初日ってのは願い事が叶うって言われるんだぜ。」
「・・・はい?」
急にふざけたような口調になって思わず愁傷になっていたのが消え去る。
「初日の出を見に行くってのは願い事をするためでもあるんだぜ?ちゃんとしたか?」
「・・・知らないですよそんなこと・・・でも、したかも知れませんね。」
ニヤニヤと悪戯っ子がするような笑みは確かに悟浄であることを嫌でも解らせてくれる。
「んじゃ、戻ろっか・・・早く帰らないと三蔵に怒られちゃうからねー。」
先程までの美しさはどこへ行ったんですかと思わず聞いてしまいそうになる。だけど手に入れていたいからあのような美しさはいらない、八戒は複雑な心境を抱えながら促されるようにジープでもと来た道を駆ける。
「昇ってしまえば・・・何時もと変わりませんねー。」
呟きは悟浄の爆笑を誘っただけだった。
「当たり前じゃんか、あの一瞬だけが・・・あの一瞬を見るためだからこそ価値があるってもんだぜ。」
「・・・そう言うものですかねー。でも僕はもう嫌ですからね。」
「なんでー?綺麗だったじゃんかー。」
悟浄が手に入らなくなりそうだから・・・なんて死んでも言えませんよねぇ。