― Beautiful Dream ―



 微笑う・カオが・静止画像・ミタイニ……。

 視界が白くなって、眩しくて、目が覚めた。厚手のカーテンの間から漏れる細い真っ白な光が、真直ぐに自分の目の上に落ちてきているコトが、あの夢の終りかと思うと、少しだけ肩透かしな気分になって、可笑しかった。
 見ていた夢が、幸せなものだったのか、と問われれば、答えに窮するようなものであった、気がする。夢の内容を考えなくても胸がきりりと痛んでいる己を自覚する。けれど。それは酷くキレイな夢であった事だけは確かで。
 夢の中、あの人は、とても、キレイで。なら、きっと、あれは、幸せな夢。
 光から目を逸らして、寝返りを打つ。のんびりと朝寝と洒落込んでみようか。尤も、自分が朝寝など楽しんでいれば、どうしたのかと様子を窺いに来る人の顔が脳裏に浮ぶ。
 心配、させるワケにはいきませんよねえ…。
 本当は、少し心配して欲しかったりもするのだけれど。心配されると、愛されているような気になるから。
 カーテンの隙間から、零れ落ちる朝の光は、益々白く明るくなっていって、こんな風に少しだけの光を楽しんでいるのは勿体無い気分になってくる。これでは、のんびり朝寝などしていられるわけもなく。そんな自分の気性がほんの少し可笑しくて、また笑う。良く晴れた日に、早起きしては、家の中の雑事を片付けて、まだベッドの中でまどろんでいるあの人を起こしに行くのが楽しみだった。頬に触れて、瞼に口付けを落として、ふんわりと微笑む口許に、そっと触れて。それが1番の幸せを感じる事が出来る時間だった。
 ベッドから身を起こして、カーテンを一気に引き開く。部屋の中に満ちる、朝日。窓を開ければ、清浄な空気が流れ込んで来て、ほぅっと息を吐く。全ては過去だ。まだ生々しい存在感をもって、そこに存在を主張していても。
 正直、過去形で、幸せだった、と言う日も、言える日も…来るなんて、思ってもいなかったんですけどねえ…。
 窓の外、綺羅羅と光る、露をつけた緑の葉。もう少し経ったら、この光景は赤や黄色に染まっていく。この季節が生まれ月である自分に、この光景が似合っている、と言ったのは誰だったろう。実り、恵み。そんなものを齎す、この秋と言う季節が自分に似合いだといって微笑んだのは、確かあの人だった。
 『アナタの誕生日が来るって事は、私も一つ年をとるのよね。』
 そう言ってフクザツそうに笑った貴女。生まれる前の時間を共有した自分達。育った環境はまるで違って、出会って、愛して。……そして、喪って。
 葉に付いた露は、夜露だけでなく、夕べ降った雨のせい。胸に降る、ぎりりとした痛みを齎す、赤い雨。

 泣き顔が・静止画像・ミタイニ。

 雨に混じって、涙になって。眠れない時間が来ると思ったのに、雨の日でもゆっくり眠れるようになって。その眠りに導いてくれたのは、その身を自ら血の赤で呪縛するあの人。口許に皮肉な笑みを浮かべ、優しい眼差しで見詰めてくれるヒト。この手に触れて、貴女と同じように、けれど、全く違う意味合いで、綺麗だと言ってくれたヒト。
「さて!行きますかね。いつまでだらだらしてたら、怒られちゃいますものね。」
 ねえ?誕生日だから、とか言って、甘やかしてなんてくれませんよねえ?あの人達は。そんな貴女と違うところが愛しいのだと言ったら、貴女はどんな顔をします?あの静止画像みたいな微笑とは違う笑顔を見せてくれるでしょうか。
「こんな旅のど真ん中で、誕生日なんて暢気なコト言ってられませんし。」
 漏れるコトバは、夢に出てきた貴女への言葉。ねえ、貴女。貴女は僕の誕生日、覚えてますか?僕の貴女の大切な日。僕達が同じ存在から、違う存在へと分かれた日。この日よりも大切な日が出来た僕は、これから貴女を想いながら、違う時間を生きていく。
 身支度を整えて扉を開けると、ドアの外に見慣れた人の影。
「…よ。」
「おはよう御座います、悟浄。どうしたんです、早いですねえ。」
 いつもなら、一番ギリギリまで眠っていたがる人なのに。昨夜は姿が見えなかったけれど、この時間にここにいる、と言う事は思いの外早めに戻ってきたってコトなんでしょうか?
「うんにゃ…べっつにぃ…。」
 歯切れの悪い言葉。無愛想に反らされた視線。いつだって笑っている人にしては珍しい無表情。何を思い煩っているのやら。
 いきなり手首を掴まれて、手の中に何か握り込まされる。かさりと音を発てるそれは綺麗に飾られた包装のもの。何事かと目を見張っているうちに背を向けてすたすたと歩き出す。
「悟浄?」
「……んだよ?」
「これって…?」
 無愛想なままに振り返った悟浄の頬には、幽かな赤み。もしかして、ちゃんと覚えていてくれた?昨夜いなかったのは、これのため、だなんて、自惚れてもいいんでしょうか。
「……有難う御座います。」
 にっこりと笑ってそれを告げれば、俯いてしまった悟浄の、真紅の髪から幽かに覗く耳朶すらが赤くて。蚊の鳴くような声で告げられたのは、誕生を祝う言葉。他の何より、それがとても嬉しくて。
「有難う御座います、悟浄。」
 殊更にもう1度繰り返す。
「…寝るッ!ギリギリまで起こすんじゃねーぞッ!」
 照れ隠しなのか、乱暴にそれだけ言い放って、悟浄はすぐ脇を抜けてつい先刻まで八戒が使っていた部屋に入り込むと、ベッドに潜り込んでしまった。
 ……シングルで、部屋があるのに…。
 部屋に入るとベッドから僅かに覗く赤い髪。まだ眠りには落ちていないだろうその人の髪をそっと梳く。好きだと、綺麗だと言ってくれたこの手がいつまでも貴方に触れている事が出来ますように。
「今年も1年、イイ事が多いといいですねえ…。」
 呟く声に答えるように、夜具の中から服を握り締めてくる、大きな手。1年を生きると言うのは、かつて起こった様々な事を1年過去にすると言う事。貴方の側でそれが出来れば。

 貴方がいる。それが1番の僥倖。
 静止画像の夢は、見ないようになれる日が、来る。




深海様より奪い・・・もとい、戴きました八戒さん誕生日記念小説です。
プレゼント渡す為に、うっかり徹夜してしまう勢いの悟浄が可愛い・・・(笑)
実はセットでイラストもあるので、そちらもご覧になってくださいね(^^)



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