・・・ ネ ム リ ・・・


「うりゃっ。」
 小さな、謎の気合と共に真紅の髪が八戒の視界を横切り、悟浄の身体が倒れ込んでくる。そう広くはない部屋でベッドに並んで座りただ下らない事を話している最中だったが、普段の彼がこんな風に話に腰を折ってまでじゃれ付いてくる事はない。太腿の上でもそもそと…どうやら頭の据わりのいい位置を探しているようだったが…悟浄が動く。
「なにやってんですか、悟浄?」
「……硬い。」
「当たり前でしょう。」
 使う事によってそれなりに鍛え上げられてしまった男の足が柔らかな感触であろうはずがない。
「寝るんならちゃんとベッド使った方が寝心地いいですよ?」
 そもそも、座った姿勢から上半身だけを八戒の足の上に倒してきているのだから、折り曲げられた身体は酷く窮屈そうだ。足がぷらぷらと空を蹴るのはその窮屈の姿勢を楽にしようとする、身体の機械的な反応。
「う〜ん…。」
 別に、寝るつもりなワケじゃないんだけど。こんな宵の口じゃ。
「う〜。」
 愚図る子供のように小さく唸ると、悟浄の身体に僅かに力が篭って、腹筋の力だけで悟浄の背中は浮き上がる。長い、すんなりとした腕がまっすぐに八戒の首に伸ばされて、頭の後ろで手が組まれたかと思うと、体重が八戒の体に預けられる。
「なんですか、ほんとに。」
「えいっ。」
 苦笑を浮かべ、八戒が問い掛けるが早いか、やはり小さな、ふざけたような声と共に肩にかけられた肘と胸に預けられた頭によってそのまま八戒の体は後ろに倒されてしまう。
 狭いベッドに倒された上半身の上をごろりと悟浄の頭が動く。ついさっきの太腿の上と同じく居心地のいい位置を探っているように見えた。
「う〜ん…?」
「物足りない、とか言ったら怒りますよぅ?」
 何か言いたげな悟浄の声に笑いながら八戒が混ぜ返す。
「物足りなくはないけどぉ…やっぱ、硬い…。」
「はいはい。」
 身体つき自体、自分達はあまり変わらないのだ。どちらかと言えばお互いに華奢な部類に入るだろう。そもそも、男の身体で、柔らかかったら怖いではないか。
 だけど。それなら女性のところへ…なぁんて言えやしないんですよねえ…。
 内心苦笑して八戒は悟浄のさらりとした緋色の髪を梳き上げる。滑らかな絹の糸は少し指に擽ったくて、けれどなぜか酷く馴染む。
 いつのまにか落ち着くところを見つけたのか、悟浄の頭は横向きで八戒の胸の上にじっとしていた。ごついブーツの先だけがぴょこんとベッドの外に投げ出されている。体勢的にはお互い辛いものではないけれども。
「悟浄。このまま寝ないで下さいね。」
「うん。……ああ、しんぞーのおとだ…。」
 言われて気付く。悟浄の耳は左胸に押し付けられるような形になっていて。顔の向きのせいで表情は見えないけれど、うっとりとしたような声音は心地よさそうで。誘われるように無防備な頭を撫で、髪を梳く。
「きもちいー…。」
 言葉の通り、陽だまりの猫のように悟浄の身体からは一切の余計な力は抜け落ちて。
「こうされるの、好き?」
「うん。」
「じゃ、いつでもやってあげますよ。」
 過去に言葉にして求められた事はないけれども、悟浄が欲しいと思うのは優しい時間と優しい手。判っているから。欲しいと求められれば、それが言葉であれ、態度であれ、いつでも与えてあげるから。
「……たまぁーにでいいんだよ、こーゆーのは。」
 つか、たまに甘やかしてよ。甘ったれるからさ。
 薄く薄く微笑みながら向けられた顔に言い様もない愛おしさを見て。
 愛しいと思って、思われて。胸に浮かぶのは慈しみにも近い想い。今まで誰にも抱いた事のない、高純度の想い。
「だから……一緒にいよう?」
「ずっとね。」
 ああ、このままでいたら眠ってしまうな。
 そう思いながら目を閉じる。刹那に近い、永遠にも似た、酷く穏やかな沈黙が二人を満たした。




深海さんのサイトより強奪してまいりました、悟浄のお誕生日記念小説です。八浄だけ奪ってくる正直な私をお許し下さい(爆)
らぶらぶで甘〜い甘〜いお二人さんが、すっごく幸せに浸らせてくれます。
深海さん、幸せをありがとうございます♪


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